日豪サッカー新時代(NAT)第85回「稀有」

日豪サッカー新時代

第85回 稀有
文・植松久隆 Text: Taka Uematsu

コーチするチームの試合をベンチから鋭い視線を送りながら見守る。将来はGKコーチにとどまらず、チーム全体を指揮する日もやって来るのだろうか(写真=本人提供)
コーチするチームの試合をベンチから鋭い視線を送りながら見守る。将来はGKコーチにとどまらず、チーム全体を指揮する日もやって来るのだろうか(写真=本人提供)

日豪両国のフットボール周辺事象を長年追う中で、現役・引退を問わず、国内最高峰のAリーグ、各州/地域リーグを通算して相当数の日本人選手の活躍を当コラムで切り取ってきた。

「選手」でなく「指導者」はと言えば、ほとんど取り上げていない。理由は至って簡単で、そもそも豪州で「指導者」という立場にある日本人の絶対数が少ない。セミプロの日本人選手が所属クラブでジュニア・チームのコーチをするケースは多いが、専業は限られる。その意味で、今回の主役・伊藤瑞希(29)は稀有な存在だ。

「2016年4月19日の午前11時」。いつ来豪したかの問いへの伊藤の答えがふるっている。ここまで微細にわたって答えたのは、後にも先にも彼しかいない。来豪の理由を聞けば「コーチングで必要な英語力をきっちり身に着けたい」ときっぱり。何を聞いても理路整然とした答えが返ってくる。「学究肌だな」と直観。聞けば、筑波大学修士卒とのこと、さもありなん。

話してみて分かった。この男、良い意味で直情的なのだ。確固たる意見を持ち、それをきちんとプレゼンして周囲を納得させる、しかも英語で。日本から来るマジョリティーの若者にはできない芸当だ。その意味でも、伊藤のキャラクターは日本人としては稀有な存在だ。夢を実現させるには確固たるビジョンとそれを形にしていく実行力が不可欠。彼はそれらをしっかりと持ち、ブレない。

小学校6年生からGK一筋でプレーしてきた伊藤は、中学校3年生のころには将来は教員となりサッカー部顧問として指導に携わりたいというビジョンを持った。それが、大学3年生時には「プロ・サッカー・コーチ」に変わる。そして、その決意から7年を経た今、実際に異国・豪州の地で育成世代のコーチングに携わっている。Aリーグ有数のビッグ・クラブ、シドニーFCの下部組織で育成世代のGKを統括的に見るGKコーチを務める伊藤は、アジア有数の“GK大国”で、未来の豪州代表GKを発掘・育成するというやり甲斐のある大きなタスクに挑んでいる。

お互い多忙な中での1時間1本勝負となった今回のインタビュー。かなり“濃い”ものになった。「さて、どうまとめたものか」と思案に暮れながら、ボール・バッグを背負いコーチングの現場に急ぐ後ろ姿を見送った。この男なら自らの理想のコーチ像を具現化して、更なる高みに上って行くだろうとの確信と共に。


【うえまつの独り言】
日豪戦に臨むサッカルーズ23人が発表された。けがの回復がしきれずに、キャプテンのイェディナクが外れたが、自ら辞退を監督に申し入れたと聞く。いまだかつてないレベルのガチンコ勝負になると見込まれる日豪戦の現地に飛ぶ。その興奮を何らかの形で当コラムの読者とも分かち合えればと考えている。

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