日豪サッカー新時代(QLD)第100回特別版「QLD蹴球鼎談・前編」

祝・連載100回記念 特別版

QLD蹴球鼎談(ていだん)・前編
文・植松久隆 Text: Taka Uematsu

左:卜部太郎氏(エイト・フットボール・マネジメント)、右:三上隣一氏(Go Zamurai)
左:卜部太郎氏(エイト・フットボール・マネジメント)、右:三上隣一氏(Go Zamurai)

 足掛け8年4カ月積み重ねてきた本紙コラム「日豪サッカー新時代」がついに連載100回の大台に達した。QLD版とシドニーを中心に配布されている全国版とでは毎回内容が異なるため、その実、連載は累計200回を数えることになる。

 QLD版での連載100回に限り、その足跡を振り返ってみた時、特に協力を仰いだ2人の人物の顔が頭に浮かんだ。彼らの協力がなければ、ネタが100回のうちの3分の1はそろわなかったろう。その2人とは、元JリーガーでQLD州リーグでプレーした後に現役を引退、その後、日系選手のマネジメント会社を立ち上げ今に至るエイト・フットボール・マネジメントの卜部(うらべ)太郎氏(41)、そして、日本でのプレーを経て豪州に渡り、今も現役でありながら、選手マネジメント業や育成年代のスクール運営、指導に注力するなど多岐にわたり活動するGo Zamuraiの三上隣一氏(37)の両氏。過去の記事では、本人たちだけでなく、彼らがマネジメントする選手も多く取り上げてきた。

 そう考えると、彼らの活躍とQLD版の本連載は共に歩んできた“同志”とも言え、100回記念に無理を言って2人との鼎談を実現できたのはとても感慨深い。

 1時間半を超える長丁場となった興味深いQLDフットボール談義の摘録を今月号と次号の前後編で連載100回記念特別版としてお届けする。読者諸兄には、ぜひお付き合いのほどを。

今年の話題とQLD州でのリアリティー

植松久隆(以下、植松):今日はお時間頂きありがとうございます。お陰様で本連載も今年で9年目。その間にいろいろなことがありました。今年はやはり「本田圭佑」、あとは「ボルト騒動」でしょうか。現場で日々お仕事をされているお2人には、これらタイムリーな話題によってどのような影響がありましたか。

卜部太郎(以下、卜部):あまり話題にはなってないというのが正直なところかなと。「何かテレビでインタビューされているよな」ってくらいの感覚で、ブリスベンに関してはそんなに話題になっているって感覚はないです。オーストラリアに来てくれて、それはすごく良いことではあるのですが、(本田の来豪が決まってから)何か(日本からの引き合いとかが)増えたとかはないですね。

8月にメルボルン・ビクトリーに加入した本田圭佑。QLD州のサッカーへの影響はいまだ限定的(写真=原田糾)
8月にメルボルン・ビクトリーに加入した本田圭佑。QLD州のサッカーへの影響はいまだ限定的(写真=原田糾)

三上隣一(以下、三上):僕も同じです。(本田サイドが)メルボルンで提携している(ハイデルブルグの)サッカー・スクールの関係者や現地の日系のビジネス、日本人会のトップなどには、彼がメルボルンに来ることでの“うま味”みたいなのがあるかもしれませんが、ブリスベンやQLD州周辺で活動する身にしてみれば、そんなにリアリティーを感じられていないですね。
 ボルトの件も同じで、今まであまりAリーグを観てこなかった層の人が興味あるんだろうなと感じます。生粋のサッカー・ファンは、ローカル・リーグで自分たちがやっていることに精いっぱいで、そこまで関心がないのかなという気がします。
 多分、タカさん(筆者)が、記事を書く取材対象として彼らを見ていてすごくリアリティーを感じているのとは違い、現場、特にローカルの選手たちは違う捉え方をしていますね。

植松:ボルトに関しては、実力が明らかに足りない中で、もし契約に至っていたら貴重な国内の選手枠を1つ取られるわけで、あまり快いものじゃないですよね。ああいうトライアルも含め、今回の件で選手のモチベーションに悪影響とかはないですか。

卜部:選手としては、それはないでしょうね。セントラル・コースト(・マリナーズ)はとても小さな町だけど、今回の露出はすごかったから、会社の戦略上は間違っていないと思います。開幕後まで引っ張って、結局、契約はしませんっていうのは、会社としても一番おいしかったはず。でも、マリナーズ、まだ結果が出ていませんが(笑)。

植松:出来レースだったのかな、やっぱり……(苦笑)。ということは、本田もボルトもQLD州のローカル・フットボール界にとっては、あまりリアリティーを持って話せるトピックではなかったということですね。では、本田とボルトからは離れましょう(笑)。

QLD州サッカー界を取り巻く変化

植松:連載を続けてきたこの8年半、QLD州のサッカー界、そして、その中の日系のサッカー・コミュニティーはどう変わってきましたか。

三上:(卜部)太郎さんは、僕なんかより10年以上先に来豪しているので、もっと違うものを見てきたと思いますが、僕が来たころはまさに過渡期。育成もチームによってバラバラで、どの世代でも一番きちんとしていたのが太郎さんのいたロッチデール。他はトップ・チームの強化とその結果が第一みたいな印象でした。でも、ここ数年でNPL(ナショナル・プレミア・リーグという州1部に参加するクラブが一貫した育成システムを整備する)をトップとしたヒエラルキーが機能してきて、育成のシステムがだいぶ出来上がってきた感じはあります。

卜部:ここ5年位で、QLD州サッカー協会(FQ)がやっときちんと動き出して、指導者のライセンスなどを整備するようになってから、レベルはとても上がっている実感があります。育成の現場にはしばらくいませんが、ツアーで日本に連れていく育成世代の選手のレベルがかなり上がってきてるのには、指導者のレベル向上も必ず関係しているはずです。実際、若くて良いコーチがたくさん出てきましたし、オージーは基本的にモチベーターとしてやる気を出させて教えるのがうまいから、そういう意味では健全なサッカー環境ができていると思います。

植松:褒めて伸ばす的なものがあるんですかね……。

卜部:怒られないのが分かっているから子どもたちが伸び伸びとプレーする、そして、大人がそれを受け止めるみたいな状況です。やらなきゃ怒られるからやるっていう子が多い日本とは逆で、伸び伸びプレーできているので燃え尽きてしまう子が少ない。だから、歳を取っても、レベルが下がっても、楽しんで個々のレベルに合わせてサッカーを続けられる環境ができていますし、それはとても良いことだと思います。

三上:こっちは日本みたいに「追い込まない」ですよね。日本はうまくても下手でも限界を超すような練習を要求され、そうやって練習をこなすのが最低ラインみたいな感じがありますが、こっちは叱咤(しった)されずに与えられたものを楽しみながらサッカーができます。だからこそ、伸び伸びプレーできるだけでなく、その中でグンと伸びる子もいるんです。早い段階で限界が見えても、そこからレベルを下げて、それこそU-13からシニア(35歳超)まで楽しんでプレーできるのはとても良いシステムです。何が何でも追い込むようなことはないので、日本みたいに大卒、高卒でサッカー引退じゃなく、生涯スポーツとしてサッカーを楽しんでいける環境があるのはすばらしいことですね。

植松:生涯スポーツとして、下は幼児から上はお腹の出たオヤジまで(笑)全部面倒見るというのは、あれだけJリーグのクラブがあっても日本にはないですよね。この辺は、日豪のフットボール環境の最たる違いのような気がしますが、どうでしょうか。

卜部:確かに。そんなJクラブは聞いたことがないですね。日本は学校のシステムとの共存などといったしがらみもありますから。
 あと、オーストラリアで面白いのは、子どものころからクラブの移籍が当たり前。日本では、そういうのはあまりないですね。中学3年間試合出られなくても、このクラブで続けますみたい状況です。こっちは、住居や仕事でもそうですが、より良いものを求めて動くことに抵抗がありませんから、所属先がコロコロ変わりますし、周りもそれをとがめません。移籍も、良い意味でドライ。結構スパッと変わります。なので、結局ぐるぐる回っているんですが(笑)。

個々のレベルなどに応じてサッカーを楽しめる環境が整うオーストラリア。生涯スポーツとしてサッカーを楽しめるのは日本との大きな違いだ(画像提供=Go Zamurai)
個々のレベルなどに応じてサッカーを楽しめる環境が整うオーストラリア。生涯スポーツとしてサッカーを楽しめるのは日本との大きな違いだ(画像提供=Go Zamurai)

植松:移籍にオープンな感覚は、日本人選手のマネジメントにも影響してきますか。

三上:それあるとは思いますが、結構、選手の世代の違いが大きいですね。メンタリティーも世代により変わってきています。例えば、(マネジメントを始めた)初期の選手たちは「まず、ここで結果を出す」とか「このクラブで結果出せないなら辞める」という覚悟にも似た強い思いを抱いてプレーするタイプの子が多かったのですが、最近は同じ日本人でもあまりクラブとの関係でウェットにならない、こちらの(移籍に寛容な)環境に合うような選手が増えてきているのかなと思います。活躍した選手が移籍するとなると、当然、クラブの幹部も条件を良くして引き留めたりなどしますが、「自分には、まだもっと良いチャンスがあるはず」と先の選択肢を現時点での評価より優先する選手が増えている気がしますね。もちろん、例外はありますけど。

 まだまだ尽きる様子を見せない熱論は、来月の後編へと続く。

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