本田圭佑ダウン・アンダー戦記「覚悟の挑戦」

本田圭佑ダウン・アンダー戦記

覚悟の挑戦

ⓒYusuke Sato Photography
ⓒYusuke Sato Photography

サッカー日本代表の屋台骨を支え続けてきた日本が誇るレジェンド本田圭佑(32)が、豪州Aリーグのメルボルン・ビクトリー(以下、メルボルンV)と1年契約を結んだ。10月19日から始まるAリーグ2018/19シーズンを通して、クラブのみならずリーグ全体の顔としてプレーすることになった。来豪直前にカンボジア代表の実質的な監督に就任することが発表されるなど、話題を振りまくスーパー・スターを、豪州サッカーのエキスパートはどう見るのか。本紙連載「日豪サッカー新時代」でおなじみの植松久隆による特別寄稿で読み解く(本文中敬称略)。文:植松久隆(本紙特約記者/ライター)取材協力:原田糾

本田圭佑、豪州降臨

本田圭佑が、メルボルンVに入団すべく、ダウン・アンダーの土を踏んだ。既にチームに合流、持ち前のコミュニケーション力で存在感を日増しに高めているようだ。

再三、本紙連載で触れてきたことが現実となって、長年、日豪両国のフットボール関連事象を活字にしてきた身としても得も言われぬ興奮を感じている。このような興奮はいつ以来だろうかと顧みて思う。豪州サッカーに限れば、日本が誇る天才・小野伸二の来豪が決まった12年、サッカーから外れることを許されるならば、15年のラグビー日本代表フル・バック、五郎丸歩のスーパー・ラグビーQLDレッズ入団時にも同質の興奮を覚えたことを記憶している。

しかし、今回の本田のケースは、上述の前例とは同質ではあっても世間全般を含めた熱量的には上回っている。世界的な注目度や話題性を考えれば、今までにないレベルでの注目を集めているからだ。何せ、終わったばかりのW杯で3大会連続となるゴールを挙げるなど、これまで日本代表を牽引し、なおかつ最も知名度を誇る選手がやって来るのだ。しかも、直前の「カンボジア代表チームの実質的監督に就任」という世間を驚かすニュースが注目度を否が応でも高めている。

「相思相愛」の移籍が実現

本田ほどの選手が「なぜ豪州を選んだ(選ぶ)のか」という問い。その加入の噂が現実味を帯びて以来、何度となく聞かれてきた。さまざまな事情が分かってきた今となって答えるなら、「メルボルンVを始めとした豪州サイドが、カンボジア代表との兼任を認めてでも獲得したかった」からであり、本田サイドの主観で書けば「カンボジア代表監督との兼任という『無理難題』を聞いてくれるクラブが、メルボルンVだった」ということになる。

実際のところ、本田サイドが幾つの選択肢を持ち得て入団交渉に臨んでいたかは想像に任せるしかないが、常識的に考えて、前例のない奇想天外とも言える本田のプランの前に普通のクラブなら腰が引けていたはず。そんな中で、メルボルンVは違った。前例がなくとも規定上問題がなければ、その「兼任」という条件を飲んででも、本田を欲した。年棒も、クラブが出し切れない分は、豪州フットボール連盟(FFA)が自ら用立てた。本田も、自ら言うように「自分の引退の意思を翻意させるような」熱心なオファーに異を唱える理由もなく、言うなれば「相思相愛」、決まるべくして決まったメルボルンV加入だった。

当然、豪州国内に「二足の草鞋(わらじ)でやっていけるのか」「きちんと、Aリーグでのプレーに集中できるのか」という疑念と不安が起きてくることは想定内。そりゃそうだ。まだ、その時点では正式な入団発表もしていない選手が「いや、実は、クラブ以外に『カンボジア代表』を率いるんだ」といきなり言われても、目は点。そんなことは、常人には想像も付かないことだから、当然のリアクションだろう。だからこそ、多くの人がそこをもっと掘り下げて知りたいと思ったに違いない。

堂々たる態度で存在感発揮

入団会見では、英語での自信を持った応答だけでなく冗談を交えその場を自分のものにした(ⓒYusuke Sato Photography)
入団会見では、英語での自信を持った応答だけでなく冗談を交えその場を自分のものにした(ⓒYusuke Sato Photography)

日本も含めてメディア側が「兼任」についての疑問を問いただす絶好の機会は、8月15日のプレス・カンファレンスにあった。幾つかの軽いジャブの後に、何とか核心を突こうという質問が飛んだが、本田はいたって冷静だった。

おもむろに「確か4カ月くらい前にカンボジア協会と話した時に……」と、カンボジア協会との交渉の裏側を語り始めた。

「『選手をやりながら、(カンボジア代表の)監督をやっても良いですか』と聞いたら、『どうぞ』という返事をもらった。変わった質問だったろうけど、それが僕。何でもやりたいと思うことはやってきた。その時もそんな思いで聞いたら、現実になった」

そこから、更にクラブに感謝の念を示すことで駄目押し。

「メルボルンVが、僕の活動や立場を理解し、尊重してくれることはとてもありがたいこと。当然、プレッシャーは感じる。たくさんの責任を抱えているし、ここでも良いプレーを見せなければならない。とにかく今はこのクラブで良いプレーをすること、そのために早くトレーニングを始めたいから、早くこのプレス・カンファレンスを終わりにしたい(会場爆笑)」

語り終えて、利き手の左手で握ったマイクを本田がニヤリとしながら置いた瞬間、勝負あった。

その後、Aリーグ公式ストリーミング中継ではカットされてしまったようだが、日本メディアからも幾つかの質問が飛んだ。残念ながら、そのいずれも限られた機会で本田の本音を探りだす意図のものではなかった。唯一、兼任のプライオリティーを問う質問で、「基本的に(Aリーグとカンボジア代表の日程は)被らない。もし、被る時には、メルボルンを優先する」という言質を取れたことが収穫だった。

多くが詰めかけた会見においても、物怖じするそぶりすら見せずに、完全にその場を自分のものにした自信。英語で自信を持って応答するだけでなく当意即妙なジョークを挟む度胸。その辺りは、もう、場慣れというか風格すら感じた。それだけを見ても「本田圭佑」という人物の底知れないパワーを感じさせるには充分な会見だった。見られるか、

見られるか、豪州での「本田無双」

到着以来の本田をメディアの映像を通して見る限りでは、国内外の喧騒を尻目に、気力充実の様子だ。英語力も充分でコミュニケーション面も問題なしとなれば、あとは目に見える「結果」で周りを納得させて虜にしていくというプロセスが本田には残されている。

かつて、小野伸二は試合前のウォーミングアップでのボールさばきや、試合に入ってからの柔らかいタッチ、広い視野を見せることでファンの心をつかんだ。そして、目に見えた「結果」を伴うことでその熱狂的な支持を得て、2季のプレーを通しクラブの「レジェンド」の立ち位置を得た。本田にも、同じプロセスを確実に踏んでもらいたい。

8月17日に行われたチーム加入後の初の公式練習。多くのファンやメディアに囲まれるなど人気の高さをうかがわせた(写真=大木和香)
8月17日に行われたチーム加入後の初の公式練習。多くのファンやメディアに囲まれるなど人気の高さをうかがわせた(写真=大木和香)

個人的には、豪州フットボール・シーンをずっと追ってきたからこそ、本田にはAリーグという舞台で100%選手にフォーカスして、そのパフォーマンスで周囲を唸らせて欲しい。万に一つでも「Aリーグなら兼任でもやれる」という思いがあったなら、それはしっかりと胸の内にしまっておいて欲しい。レベルの相違を考えても、心身共にリーグ戦でのプレーにフォーカスできれば、本田なら俗的な言い方になるが「無双する」だろう。一部の報道が伝えるボランチ起用か、かつて本人がこだわった「10番」の役割かは分からないが、コンスタントにクオリティーの違いを見せ続けることは決して難しくはない。

記者会見での本田は、以下のようにも語った。

「自分のキャリアで、今回のような新しい挑戦ができることをうれしく思う。32歳になって、W杯が終わって引退しようと考えていたが、幸運にも自分の決断を変えるすばらしいオファーを頂いた。そのことには本当に感謝している」

もし、この発言が本当であれば、日本フットボール界稀代のスーパー・スターは、その選手としてのクラブ・フットボールでの輝かしいキャリアの掉尾(ちょうび)を飾る場所をここ豪州のメルボルンと定めたということだ。ここでのプレーで気力・体力共に充実させてから、本気で東京五輪での3つしかないオーバーエージの枠を狙う。そして、「東京」というまたとない舞台で、そのキャリアの最後を華々しく終えたいと考えているに違いない。

今、本田圭佑には、期待、憧れ、好奇、疑念、批判、様子見などなどさまざまな思いを含んだ視線が注がれている。それに対して本田に許されたのは、ピッチ上のプレーを持って、そういった思いへの彼なりのアンサーを返すこと。稀代のフットボーラーが出し続ける「アンサー」を豪州サッカーのエキスパートである私なりの視点で注視していきたい。

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