
ベネトー戦でライン際をねらうサーブを放つ錦織
錦織圭 大躍進!
日本の歴史を塗り替えた!
テニス全豪オープン2012
世界で最も注目を集めるスポーツ・イベントの 1つである 2012年グランド・スラム(4大大会) の第1戦、全豪オープンが1月16日からメルボル ンで開かれた。世界50カ国以上から報道機関が 集まる同大会での活躍は世界中にリアルタイム で発信され、その波及効果は絶大。全豪オープ ンでは日本人男子選手として80年ぶりにベスト 8に入った錦織圭の活躍に焦点を当て、活躍の 理由と今後の展開を予想する。
錦織旋風、巻き起こる
錦織圭(22)が4回戦を突破して、日本人男子として80年ぶりに全豪オープン でベスト8に勝ち残り、旋風を巻き起こし た。錦織は、現在の世界ランキング制度 が始まって以来、日本人選手として史上 初めてグランド・スラム男子シングルスでシード選手となった。
シードされると、3回戦までシード選手 と対戦することがない。1回戦からラファ エル・ナダルやロジャー・フェデラーら トップ選手と対戦する可能性がないのは 上位へ残る条件の1つだ。しかしシード選 手といえども、勝ち残るのは至難の業。 実際、今年のシード32選手のうち、3回戦 まで残ったのは20選手。トップ選手の凌 ぎ合いがいかに厳しいか分かる。グランド・スラム初出場でノーシードの伊藤竜馬が初勝利を飾ったが、この1回戦1勝の賞金は2万ドル。(約160万円)。日本のテニス大会では、全日本選手権など一部を除くと、優勝賞金が100万円に満たない。もちろんランキング獲得ポイントも 大きい。無名の選手が1勝を勝ち取るのに いかに真剣に戦っているかが分かる。ちなみに錦織が4回戦のツォンガとの1戦で 獲得した賞金は、約11万ドル。

子どもたちにも人気
代名詞“エアケイ”を封印
錦織圭といえば、“エアケイ”を聞いたことがあるだろう。エアケイとは、高く跳ねたチャンス・ボールをジャンプしてフォアハンドで打つ錦織の得意技。空中で上体をスピンさせて高い打点から打ち下ろす。早いタイミングで打つことなどもあり、相手は、対応できずにウィナー(得点)につながる。全豪にはこのエアケイを封印して臨んだ。そもそも世界のトップ・ランカーは、低く重い弾道がほとんどで、高く跳ね たチャンスボールなど体勢を崩されない限 り打ってこない。つまりエアケイを放つ チャンスがほとんどない。
昨シーズン、錦織のヘッド・コーチを務 めた名伯楽ブラッド・ギルバートから、ま ずディフェンスを固めることを徹底して 要求され、かつての攻撃的なスタイルか らディフェンスを主体としたテニスを1年 かけて培った。
今年の全豪オープンでの錦織のテニス には、この変化がはっきりと表れてい る。錦織のテニスの軌跡は、日本のテニ ス界の進むべき道を示していると言って いいだろう。パワーでは世界にまず勝て ない。しつこく粘るテニス、その粘りを 裏付ける体力、そしてデータに基づいた 戦術。これらが結び付いているのが現在 の錦織のテニスだ。もちろん時折見せる エアケイは、天才的なアタック・センス が決して失われていないことを表してい る。むしろコントロールされたアタック とディフェンスのバランスこそ、現在の 錦織テニスの真髄だ。
意気軒昂とメルボルンへ
全豪スタート前週のエキシビション大 会、クーヨン・クラシック(メルボルン) で、世界16位のアンディ・ロディック (アメリカ)、同6位のジョー・ウィルフ リード・ツォンガ(フランス)を破り、準 備万端でメルボルン・パークに乗り込んで きた。
1回戦では、世界ランク106位のステ ファン・ロベール(フランス)に6−1、 7−6、6−0のストレートで圧勝。出だ しから最速170キロを超えるサービス・ エースを決めるなど、ほとんど危なげな く実力を見せつけた。真夏のメルボルン の過酷なハード・コートでの戦いは、で きるだけ短時間で切り上げるのが後半戦 を考えると得策。ベスト8以上を目指す 錦織にとって最上のスタートとなった。 試合後には、「シード選手としてのプ レッシャーは全く感じていない」と言い 切った。
2回戦は、地元オージーの若手で初出 場のマシュー・エブデンを相手に大苦戦。 3番目に大きなマーガレット・コート・ア リーナで、地元のエブデン選手を応援す る多数のオージーが声援を送る中の厳し い戦いとなった。3−6 、1−6 とエブデ ンに一方的に攻められて、あわやという ところまで追い込まれた。しかし、逆境からの巻き返しは錦織の得意とするところ。冷静に体制を立て直し、残り3セットを連取して逆転した。この試合の錦織のひたむきでシャープなプレーにオージーからも声援が送られ、意外にも多くの錦織ファンを獲得した模様だ。錦織は、「研究されていて序盤から苦しい試合を強いられ、自分のテニスができなかった」と反省した。
新たな歴史の創造へ
3回戦では、世界第39位のジュリアン・ ベネトー(フランス)を4−6、7−6、7 −6、6−3で破った。豪州オープン3回戦 での勝利は、日本選手としては80年ぶり の快挙となった。
錦織にとっては毎度のことだが、第1 セットを落として、厳しいスタート。第2 セットを7−6とタイブレークの末に何と か取った後の、第3セットがこの試合の最 大の山場。2−5とジュリアンに追い詰め られた錦織は負けを覚悟したという。
しかしここから、成長著しい錦織の姿 を観客に見せつけた。「普段なら諦めて いたけど、1ゲームずつ取り戻そうと思っ た」と振り返ったように、3ゲームを連 取。1ゲームを返されたが、再びタイブ レークの末に勝ち取った。第4セットは、 完全に自分のペースを取り戻した。3時間 25分に及んだ接戦を制し、総立ちになっ た観客に向かって両手を突き出しての ガッツポーズで応えた。

スポーツ面トップで錦織の活躍を報じる地元紙「エイジ」(1月24日付)
ツォンガとの激闘
ベスト16として迎えた4回戦は、セン ター・コートに次ぐ格付けの開閉式ドーム・ スタジアム、ハイセンス・アリーナで大観 衆を集めて行われた。対戦相手は、世界 第6位のジョー・ウィルフリード・ツォンガ (フランス)。ツォンガはその名を世界に 知られた名選手であるが、世界の強豪が星 を潰し合う4回戦の相手としては、錦織に 取って比較的恵まれた相手となった。
試合前のインタビューで「ツォンガと の戦い方はある程度は分かる」と話した 錦織は、昨年10月の上海マスターズ大会 でツォンガを6−7、6−4、6−4で破っ ており、この結果、世界ランクを一気に アップさせている。さらに全豪オープン 前週のクーヨン・クラシック大会でも勝利 した。逆に言うとツォンガは、錦織に苦 手意識を持っており、ベスト16の中では 一番やりやすい相手にラッキーにも巡り 会えたと言える。
最高気温が33度を超えた酷暑の中での ツォンガとの戦いは、錦織にとって最も タフな試合の1つとなった。
結局、2−6、6−2、6−1、3−6、6− 3でフルセットまでもつれ込んだが、逆転 で勝利。錦織はタフな試合に本領を発揮す る。過去のグランド・スラムで、フルセット までもつれた試合は、4戦全勝している。
さらにツォンガの弱点を研究している ことも大きい。序盤から中盤にかけて は、ツォンガが不得手のバックハンドを 徹底して突いた。ツォンガといえば、最 速224キロという全選手中トップ・レベル のサーブ・スピードと強打を得意とする選 手。そのツォンガが中盤にはイライラし た様子を見せ始めた。錦織の粘りのテニ スに音を上げたのだ。
華麗な攻撃的なテニスから、相手が嫌 がるしつこく粘る守備的なテニスへの転 向で見事にトップ8の座をもぎ取った。激 闘を制した瞬間、錦織はラケットを放り 投げ満面の笑みを浮かべた。
アンフォースト・エラー(凡ミス)の数は、ツォンガの70個に対して、錦織は30 個。つまり、ミスをできる限り少なくした ことで得た勝利だ。ツォンガは「たとえ 215キロのサーブを放っても相手がすべて 返してきたら、プレッシャーを感じる。錦 織はよく走り、すべてのボールを返してき た。タフな試合だった」と評した。
世界第4位との戦い
5回戦準々決勝(ベスト8)の相手は、 世界4位のアンディ・マレー。2010年、 11年と全豪で2年連続準優勝した世界的 なスター選手であり、今年はしゃにむに 優勝を狙っている。しかし、現王者ノバ ク・ジョコビッチ、強打の元王者ラファエ ル・ナダル、帝王ロジャー・フェデラーと 比べると、グランド・スラム優勝経験がな い分、錦織にとってやりやすい相手と言えた。1対1の個人戦とはいえ、ランキン グは今日の実力をよく表している。
26位の錦織と4位のマレーでは、天と 地ほどの実力差があり、1セットでも取れ れば大健闘、むしろ3セットとも6−0の 可能性すらあった。「試合前も作戦は特 になく、自分のできる限りの力を出そう とした」と後に錦織が語ったこの試合、 結果から言ってしまうが、3−6、3−6、 1−6でストレート負けした。
試合は、第1セットがすべてだった。
第1ゲームは、200キロを超えるマレー の高速サーブに十分についていけず、最 後はサービス・エースでマレーがキープ。 第2ゲームでは錦織が3ポイント連取した が、あと1ポイントが奪えず、3ポイント 連取でブレークされて連続でゲームを落と した。ここで双方42打の長いラリーを続 け、会場がどよめいた。このゲームを落と したことでこの試合の負けが決まる重要な ゲームであった。第2ゲームであと 1ポイ ントを取っていたら、この試合は、あるい は錦織が勝っていたかもしれない。
その後は、双方がキープ。
第5ゲームで、錦織が股抜きのロブを 上げ、マレーのリターンに対してボレー を決め観客を沸かせたが、結局マレーが キープ。最初と最後のゲームを除き、連 続7ゲームがデュースという互角の戦いが 続いたが、第2ゲームでブレークされ、逆 に錦織はブレークを奪えなかった。この 第1セットの攻防がこの試合のすべてで あったと言える。
第2セット以降は、徐々に連戦の疲労が 表れた錦織に対して、体力に余裕を残す マレーの完勝となった。「正直、まだ勝 てる気はしない。ああいう選手に勝つに は100%以上の力を出さないと。1ゲーム 取るのも苦労した」(錦織)。表面的に はマレーの完勝と見え、その実力差は大 きいと思えるが、考察すると別の姿が見 えてくる。

会場に駆けつけたファン
マレー戦での収穫
第1に、技術的な差はあまりないこと を、錦織自身が体感できた。スピードはな いがスライスをかけてコーナーを突くサー ブ、ロブ、パッシング・ショット、スイン グ・ボレー、ストレートからクロスへの切 り返しなど、持てる技をグランド・スラム のベスト8戦で世界第4位のマレーに試した。またその結果、一時的とはいえ主導権 を握り、何度もブレークのチャンスを引き 寄せ、実際2度のブレークに成功した。
2番目は、体力的に自信が着いた点。 真夏のメルボルンの酷暑の中、錦織は第 2戦と4戦をフルセット、3戦を4セット で戦っており、体力の疲弊は激しい。一 方のマレーは、2戦と3戦をストレート勝 ち、4戦は相手のリタイヤにより3セット の途中で終えている。体力的にみると錦 織はマレーに試合前で負けていたとも言 える中で、第1セットの全力を尽しての攻防は評価できる。
試合後に「少々疲れたが、思ったより悪 くない。去年だったら死んでいた(笑)。 今の自分の体力には満足している」と言え るのも、日ごろのストイックなトレーニン グの賜物。序盤戦での体力消耗を防ぐこと が上位に残る重要な要件の1つ。
3番目は、錦織自身、マレーのテニス を高く評価し、「自分にとって理想」と 言っている。攻撃的なディフェンスと 言ってよく、ディフェンス・ラインを浅く して相手にプレッシャーをかけ、いつで もアタックに切り替えられるポジション 取りがマレー流の基本。マレーとの戦い の中で自分に欠けている点は何かを実践 で体感できた点は大きく、さらなる実力 アップにつながるはず。
4番目は、全豪のセンター・コート、 ロッド・レーバー・アリーナの大観衆の中、 その試合が世界中に中継されるという限り なく緊張した舞台で落ち着いたプレーができた。マレーの次の動きを読んだプレーも随所に見られた。特に股間を抜くロブの シーンは、観客を沸かせただけではなく、 錦織がプロ・テニス界の最高峰を極める準 備ができつつあることを示した。

サイン会でファンに笑顔で応える錦織
観客を味方につけた錦織
クーヨン・クラシック、そしてこの全豪 で、錦織はここオーストラリアでの人気 と知名度を一気に上げた。回を重ねるご とに、試合会場には多くの日本人やオー ジーなどの観客が詰めかけた。「ニ、 シ、コーリ ! ニ、シ、コーリ !」「ゴー、 ケイ !」(時々「カイ」と呼ばれるのはご 愛嬌)。会場のあちこちから錦織コール が沸き起こった。
ツォンガ戦の前日、会場でのサイン会 で最初に並んだのは、若いオージーの女 性2人とその母親。ハート形の日の丸に「がんばって、けい」と平仮名で書いた 大きなプレートを手に、「彼のプレー・ スタイルが好き。ファンシーではないけ ど、シンプルで、敵のミスを引き出すの がうまいと思う」と話す。サイン会には 約150人が列をなし、次々にサインと記 念撮影を求めていた。
世界のひのき舞台では、観客を味方につ けた選手は強い。フェデラー、ジョコビッ チなど世界のトップは、テニスが強いだけ ではなく人気者でエンターテイナーでなけ ればならない。錦織もトップへの階段を上 るとともに人気者になり始めた。
地元有力紙「エイジ」は、錦織を “The rising son”=「日本の成長する若者」とし て、sunとsonをかけ、大きな写真ととも にスポーツ版のトップで錦織の活躍を紹 介した。
世界トップへの道
現在の錦織にとって世界トップへ上る方 法は単純。逆説的だが、世界ランクを上げ ることだ。アンディ・マレーも対戦後に、 錦織は、現在のテニスを継続し、スタイル に磨きをかけることが大切と言っている。 順位が上がれば、地位に見合った実力が必 然的についてくる。日本のナンバー1、そしてアジアのテニス界に希望をもたらす存在になったことについて「もちろん光栄 なことだけど、全くプレッシャーは感じな い」と気負いはない。
今大会の獲得ポイントの結果、2月には 世界20位までランクを上げる。次のグラ ンド・スラムでもシードされることで、地 位の優位性を発揮できる。全仏、ウィン ブルドンでポイントを重ね、全米でトッ プ10入りを確実にしたい。
そして錦織圭のグランド・スラムでの初 優勝は、2013年全豪オープンとなること を期待しよう
写真=木村美代子

文=イタさん(板屋雅博)。ジャーナリ スト。日豪プレスのコントラクト・フォ トグラファー。AFL、テニス、ゴルフ、 F1、サッカー、競馬などメルボルンのプ ロ・スポーツをメインに取材、撮影。メル ボルンの情報・歴史が盛りだくさん「メル ボルン百景(melhyak.web.fc2.com/)」 も更新中
錦織圭◎プロフィル
1989年12月29日生まれ。島根県松江市出身。177センチ、70キロ。プ レー・スタイルは右打ち(両手バックハンド)。5歳でテニスを始め、 2003年、米フロリダ州のテニス・アカデミーに留学。08年、全米オープ ンで日本人男子シングルスとして71年ぶりにベスト16進出。09年後半 〜10年前半、右肘の手術によりツアー欠場。11年、ブラッド・ギルバー トをコーチに迎える(契約は同年末で終了)。同10月、上海オープンで 世界ランク8位のジョー・ウィルフリード・ツォンガに勝利。同11月、ス イス・インドアで同1位のノバク・ジョコビッチを破り準優勝。世界ラン クは26位(1月16日現在)。
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