6.12サッカー日豪戦、ついに開戦

 

日豪サッカー新時代 超拡大版
第23回 日豪戦がやって来た!

文・植松久隆 Text: Taka Uematsu


値千金の先制ゴールの栗原勇蔵に走り寄る、日本イレブン(©Shin-Ichiro Kaneko)

まだかまだかと指折り数えてきたその時が、遂にやって来た。ブリスベンの、いやクイーンズランド、いやいや全豪の邦人コミュニティーを熱狂させた日豪戦。今回は、編集長に直談判して得た全面カラーでの日豪戦ルポを“超”拡大版で熱くお届けする。

6月12日、6年前のドイツW杯での“カイザースラウテルンの悲劇”と奇しくも同じ日付に行われた日豪戦。読者の皆さんのほとんどが、試合を生かTVで観戦しているわけで、試合内容なんかを掘り下げる必要性は感じない。ここでは、ブリスベンでの日豪戦と、そこに集った邦人の熱狂の記憶をきっちりと残すことを主眼に、試合周辺のさまざまなドラマを切り取っていくことにする。

決戦前々日:6月10日

日豪戦の4、5日前から、ブリスベン周辺の邦人コミュニティーを何とも言えない高揚感が包んでいた。そして、日本代表がブリスベンの地に降り立った試合前々日の10日に、その高揚感は一気に高まった。

日豪サッカー新時代
大いに盛り上がったブリスベン在住邦人サポーターも笑顔で家路に着いた(写真提供:美濃諭)

10日午後、今にも雨が降り出しそうな天気のブリスベン南郊にあるQSACスタジアム。日本代表の前々日練習が行われる同地には、日本代表を表敬訪問しに来たブリスベン日本語補習校の生徒の嬌声がこだましていた。

どこからか「来た!」という声が響き、日本代表が到着。バスから降りてくる選手を見て、「あ、香川だ」「本田さん、やっぱり格好いい」といった声が上がる。いったん、ロッカーに入った選手たちがピッチに戻ってきてから、生徒たちの寄せ書きの入った大きな日の丸を囲んでの記念撮影。「ほら、長谷部さんのところに行って!」、「ウッチーだ!」と、生徒さんよりもむしろ、写真撮影で選手と至近距離に立てたお母様方が興奮を隠せない様子だった。

そんな親御さんをよそに、選手と生徒たちの記念撮影は和やかな雰囲気で終了。その後は、冒頭の15分間だけ練習が公開され、入念にウォーミング・アップを繰り返す日本代表の姿を多くの邦人が見つめた。

その中の1人、3歳になる息子の禅大君を抱きながら真剣に選手の動きを追っていた遠藤雅大さんは「長くこちらで暮らしていても、今回のようなことは2度とないかもしれない。特に息子たちには良い思い出になります」と語ってくれた。

決戦前日:6月11日

そして迎えた試合前日。日豪両国の前日記者会見の合間、少しシティを覗いてみた。クイーンズ・ダイヤモンド・ジュビリーの祝日で閑散とした街では、青をまとった日本代表サポーターがよく目立つ。東京から来たという2人組は「店がどこも開いてないんで困ってるけど、明日に向けて準備は万端」と早くも気合い十分な様子だった。

一方、地元オーストラリアのサポーターの数は決して多くない。メルボルンから来たというグレッグは「当日、スタジアムはグリーン&ゴールド(豪州のナショナル・カラー)ヘブンになるよ。遠路はるばる、日本代表サポーターには悪いが笑うのは俺たち。まあ楽しんで帰ってほしいね」と余裕の表情。

その日の夕刻、試合会場のサンコープ・スタジアムでは、日本代表が前日練習で汗を流した。開放された冒頭15分を見る限りでは、終始リラックス・モード。しかし、国民の勝利を願う強い気持ちを背負う彼らは、内なる闘志を静かに燃やしていたに違いない。

本田圭佑は、日ごろから強い存在感を持っている選手だが、この日の彼は適度な緊張感と気分の高まりが加わった何ともいい表情をしていた。持っている男は風格が違う。「頼もしい」その姿を見て、掛け値なしにそう思った。

決戦当日:6月12日

そして、いよいよ試合当日。ブリスベンの邦人コミュニティーはもちろん、全豪、日本からのサポーターなど、多くの人々が待ちに待った日がやって来た。友人知人からもテキストやメッセージがいつも以上に届く。誰もが久々の大イベントに興奮を隠せないようだ。

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子どもたちとの記念撮影に選手たちの顔にも笑顔がこぼれた(筆者撮影)
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本田選手のサインが入った記念ペナントに大喜びの吉成桜子さん(筆者撮影)

筆者の知人のオフィスは、スタッフ全員でカツ丼をランチに食して、日本の勝利を願った。さらには、この日に筆者が大事なゲストを連れてランチに行った、ブリスベン郊外のステーキで有名なパブにも、まさかの日本代表サポーターの姿が。ゲストがいたので話は聞けなかったが、さしずめ「試合を前にオージー(・ビーフ)をやっつけてやろう」というノリだろう。

ランチを終えて戻ったシティには、両国のサポーターの姿がさらに増えていた。試合当日になって、ようやく大事な試合の当日にふさわしい雰囲気になってきた。街行くサポーター、特に日本人サポーターの姿を見ると、取材を止めて彼らとともに歓喜と興奮に身を委ねたい衝動に駆られる。自分の住む国、しかも暮らす街で日豪戦が行われるというその状況下で、冷静にしている方が難しい。それでも、「取材者としての矜きょうじ持を忘れるでないぞ」という内なる声にすんでのところで思いとどまった。試合開始2時間前、高ぶる気持ちをぐっと抑えて、決戦の場のゲートをくぐった。開場直後というのに、スタジアムには日本代表を鼓舞する横断幕が多く掲げられ、多くのサポーターが既に陣取っている。目の前に広がるのは、紛れもない日本代表の試合が行われるスタジアムの雰囲気だ。「素晴らしい試合になる」 そう直感した。

スタジアムは徐々に観衆で埋まっていく。見渡すとグリーン&ゴールドの方が多いのは確かだが、緑と金色に日本のサムライ・ブルーがよく映える。

いろいろな人の声を拾おうと、メディア席の場所だけ確保して、スタジアムを回ってみることにした。メディア席から観客席に下るエレベーターを降りた瞬間、スタジアムの興奮が肌で感じられた。通いなれた所だが、いつもとは全然違う雰囲気が心地良い。そこかしこから日本語も聞こえてくる。日本と豪州の血を併せ持っているであろう顔立ちの子どもたちが楽しげに走り回る。筆者もスタジアムのどこかにいる、前夜「どっちを応援しようか」と悩んでいた6歳と4歳の子どもに一瞬、思いを馳せた。

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激しく競い合う本田圭佑とティム・ケーヒル。試合後には背番号4同士、ユニフォームを交換した(©Shin-Ichiro Kaneko)

「いや、本当にみんな楽しみにしてました。40枚のチケットを抑えたんだけど、あっという間にはけましたから」と語るのはブリスベンで長く暮らす美濃諭さん。その40人の仲間は、試合前からかなりのテンションで周囲のオージーを圧倒して気勢を上げていた。

ほど良い高さからピッチを見下ろすポジションで、オージーの奥さんと息子さんたちと観戦していたのが、福重和紀さん。「僕にとっても、息子たちにとっても、またとない機会で感激です。彼らはどっちを応援するか決めかねているみたいですよ」という視線の先には、ウォーム・アップに出てきた選手の姿を追う2人の息子さんの姿があった。

試合直前、興奮がピークに達しようかというスタジアムに、お馴染みのF I FAアンセムが鳴り響き、選手が入場。緊迫感の張り詰める中、君が代の荘厳な旋律が流れる。直立不動で歌い始めると感動でゾクゾクっとしたので、そっと片方の手で自分の腕をさすってみると鳥肌が立っていた。「あー、本当に日豪戦がブリスベンにやって来たんだ」という感慨がほとばしり、目尻に湧いた涙を堪えるのに必死だった。キック・オフを告げる笛が高らかに鳴り響き、ようやく我に返った。

肝心の試合はと言うと、もう残りの字数じゃ書ききれないほどにいろいろなことが起こった。ひと言で言えば、サウジから来た札付きの主審の独り舞台。カードの乱発、不可解なPKの判定、試合終了間際に起きた日本のフリー・キックの強制終了…。長くサッカーを見てきたが、こんなに酷いレフェリングは初めてだ。豪州のオジェック監督ですら、試合後の会見でPKを取られた内田の反則に「あれはファールではない」と意見する始末。アジア最高のライバル対決を1人の程度の低い審判がぶち壊す。こんなことは2度と御免だ。

7枚のイエロー・カードが乱れ飛び、2人の退場者が出た試合は、結局1−1の痛み分け。なんとも後味が悪い試合になってしまったが、それでも、嬉しそうに家路を急ぐ邦人の人々の姿を見ると救われた。

やっぱり、試合内容は別にしても「日豪戦がブリスベンにやって来た」、ただそれだけで十分満足すべきなのかもしれない。

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