アジア・カップ、日本代表の戦いを振り返る


敗退後、サポーター席に向かい選手たちは頭を下げた

1月31日、豪州の初戴冠で熱戦の幕を下ろしたAFCアジア・カップ2015。まさかの日本の準々決勝での敗退はこの大会の最大の波乱となった。アジア王者として臨んで敗れた日本代表の今大会の戦いぶりを中心に、本紙特約記者の植松久隆が大会を振り返る。文=植松久隆(ライター/本紙特約記者)、写真=馬場一哉

日本、予期せぬ敗退

日本が、まさかまさかの準々決勝での敗退で大会を早々に去った。その後の日本不在の大会もすべて追わねばならなかったのは、正直、あまり嬉しいものではなかった。サッカーには「たられば」はないのだが、どうしても「日本がいれば」とか「日本だったら」とか考えてしまう自分を何とか抑え込んで、大会のクライマックスである豪州と韓国の決勝に臨んだ。その決勝戦については、後で詳述するので、一旦置く。

今回のアジア・カップを振り返れと言われると、どうしても、あの悔しいUAE戦について書かないわけにはいかない。結果的にPK戦までもつれた死闘は、前半7分という早い段階での予期せぬ失点から始まった。後半の柴崎岳の同点弾で、その失点が結果的にはUAEの決勝点にはならなかった。しかし、早い時間帯での失点によって日本のゲーム・プランは大いに狂い、UAEの先制して守り抜くという術中に嵌ってしまった。その結果として、まさかの敗退という落とし穴が日本を待ち構えていたのだから、あの不用意な失点が悔やまれてならない。

日本は、このUAE戦に至るまでの4試合をすべて同じ先発メンバーで戦った。そして、準々決勝までの日本の日程は、かなりタイトで厳しいものだった。酷暑の中でのブリスベンのイラク戦。その後、中3日の日程で涼しいくらいのメルボルンまではるばる南下してのヨルダン戦。そして、再びシドニーに戻ってからのUAE戦には、わずか中2日で臨まねばならなかった。そんな気候変動も含んだ過酷な日程が、日本の選手達のキレを奪ってしまったのは間違いない。

悩みは深し、“決定力不足”

実際、選手の動きに何となく“もっさり”とした感じが見えたUAE戦の日本のゲームの入り方は、最悪だった。試合後、吉田麻也が「もしかしたら中2日で体がしっかりフィットしきれていなかったのかもしれない」と語ったように、万全のコンディションで大事な試合に臨むことができなかった。そして、その試合の立ち上がりに、チームがまだ落ち着けずにいるところをUAEにうまく突かれた。

その失点の後、日本は徐々にペースを掴み、UAE陣内に攻め込むシーンが多く見られるようになる。しかし、決め手を欠いたまま、前半は1点のビハインドで折り返した。日本のハビエル・アギーレ監督は後半に入ってから、積極的な動きを見せた。後半の開始から乾貴士に代えて武藤嘉紀を投入。さらには、後半9分には前半の動きに精彩を欠いた遠藤保仁を諦めて、柴崎をピッチに送り込んだ。武藤と柴崎の2人は、交代出場後にそれぞれのもち味を発揮、攻撃を活性化させる良い働きを見せた。

そして迎えた後半36分、アギーレ監督の積極的な交代策が実を結ぶ。中盤でボールを受けた柴崎が、早いくさびのパスを本田が落としたところに走り込んで右足を振りぬく。そのボールがUAEネットに突き刺さって、試合時間が残り10分を切ったところでの待望の同点弾で日本が試合を振り出しに戻した。

延長戦に突入してからも、日本優位のペースは変わらず、UAE陣内で攻め続ける。終わってみれば、実に35本のシュートを放ちながらも勝ち越し点を挙げられずに、負けれらないはずの大事な試合で“決定力不足”を露呈してしまった日本が、120分の激闘の末のPK戦で涙を呑んだ。

アギーレ解任に揺れる

本稿はアジア・カップの総括の場であるが、ベスト8で涙を呑んだ大会終了後に飛び込んできたアギーレ監督解任のニュースには触れないわけにはいかない。このタイミングでの解任には正直驚いた。というのも、UAE戦の敗戦直後のミックス・ゾーンで日本サッカー協会の大仁邦弥会長は、多くの日本の報道陣に囲まれた際に投げかけられた「アギーレは続投か?」との問いに「そういうことです」と即答して、アギーレ監督続投を明言していたからだ。

さらには、1月25日付で日本代表の公式サイトには「AFCアジア・カップ2015オーストラリア総括」という内容がアップされた。その中で、霜田正浩・強化担当技術委員長は「結果は残念だが、非常に良いチームを作ってくれた」「就任から非常に短い時間のなかで、これだけきちんとチームを作ったことは評価して良い」とアギーレ監督の手腕を高く評価。「選手がピッチの中で自分たちで解決しなくてはいけないと考えるようになり、それが試合の結果として現れ、試合の内容も向上した」とアギーレ体制下での代表チーム全体のポシティブな変化を指摘していた。

96年大会以来5大会ぶりのアジア・カップのベスト8に終わったことに関しては、「結果は重く受け止めなくてはいけないが、代表チームは結果だけでなく、結果に至るプロセスを評価することも必要」と、今回の低調な成績でもアギーレ監督の責任論には発展しないことを明言していた。これらの記述からは、“クロ”でない限りはアギーレで行けるところまで行くという協会の意思が読み取れていたのだが…。

しかし2月3日、急転直下、八百長疑惑でスペインの司法当局が告発を正式に受理したことを受けて、日本サッカー協会はアギーレ監督との契約解除を発表。“アギーレ・ジャパン”は、アジア・カップの敗退までのわずか半年にも満たない短命に終わった。アジア・カップのまさかの敗退、その後のアギーレ解任騒動を経て、新たに立ち上がる新生日本代表の舵取りを担う新監督は、2月15日時点では、まだ決まっていない。

堕ちた王者が失ったもの

それにしても痛い負けだ。決勝トーナメントはノック・アウト方式だから負ければ大会を去らねばならない。日本にしてみれば、大会を去らねばならなくなった以外にも、このまさかの敗戦で失った大きなものがある。

まずは、前大会以来、長く維持してきた「アジア王者」のタイトルの損失。PK戦で香川真司が蹴ったボールがポストに嫌われた瞬間は、日本が「キング・オブ・アジア」からべスト8の一角「アジアのワン・オブ・ゼム」へと滑り落ちた瞬間でもあった。

アジア王者のタイトル防衛失敗で、今後の代表強化の日程で非常に重要な世界の強豪とあいまみえる貴重な機会も逃すことになった。今回の敗退を受けて、日本は2017年にロシアで行われるコンフェデレーション・カップのアジア代表としての出場権を逃した。これは、2018年のロシアW杯への強化に向けての非常に大きな機会ロスとなり、その損失の大きさは計り知れない。

相次いで世界大会を出場を逃したアンダー世代だけではなく、アジア王者のタイトルを失うことでA代表でもアジアの中での優位性を誇示できなくなった日本。そのことに目を瞑っているようでは、日本サッカーの未来は明るくない。今回のショッキングな敗戦によって、今の日本の立ち位置を再確認、再び、アジアの頂点、そしてその先を目指していかなければならない。

“シドニーの蹉跌”を乗り越えて

今大会で日本が得た数少ないポジティブな面を上げるならば、武藤、柴崎という今後の代表を支えていく若い選手がこの大会、特に厳しいUAE戦を体験できたことに尽きる。大会を通じて不動の右SBとして活躍した酒井高徳を含めた現在20代前半の世代は、次のロシアW杯で日本代表を背負っていかなければならない。だからこそ、彼らがピッチ上で今回の悔しい敗戦を経験できたことは、今後の代表の大きな糧になる。

それにしても、UAE戦での遠藤から柴崎という交代は非常に象徴的だった。遠藤は、大会中に代表出場150試合の金字塔を打ち立てた日本のレジェンド。試合に出れば、衰えを感じさない存在感を発揮し続けているが、もうすぐ35歳。その年齢を考えた時に、そろそろ後進に道を譲るときが近づきつつあることは間違いない。

柴崎は、長くその遠藤の後継者候補の筆頭と目されてきた。その彼が、この大事な試合で遠藤と交代出場すると中盤で攻撃をリード。自ら起死回生のゴールを挙げて、アジアのサッカー界が注目する大舞台で「遠藤保仁」という偉大なレジェンドの後継者としての自らを強烈にアピールしてみせた。かつて中田英寿から遠藤へと受け継がれた日本代表の背番号「7」。その栄光の番号を柴崎が背負う日は決して遠くないだろう。

日本代表は、こんなところではへこたれてはいられない。今回の“シドニーの蹉跌”を経て、必ず力強く復活しなければならない。その新生日本代表の中心には、柴崎、武藤、酒井高、そして彼らと同世代の逸材など日本の未来を担う若武者が躍動する—そう信じればこそ、今回の衝撃的な敗戦をようやく乗り越えられそうだ。

「サッカルーズここにあり」

最後に駆け足ながら、開催国の豪州に触れておこう。アンジ・ポスタコグルー監督に率いられたサッカルーズは、韓国相手の決勝に快勝、日本の後を襲って、新しいアジア王者となった。大会前には、なかなか結果に繋がらず不安視されていたチームを頂点へと導いたポスタコグルー監督の確かな手腕が、大きな結果とともに証明された。最大目標の自国開催の大会で、6試合で14点、総得点者が10人に及ぶ多彩な攻撃でアジアの頂点へと駆け上がった「サッカルーズここにあり」を存分にアピールできた大会は、豪州のサッカー界にとって非常に有意義で実りのあるものとなったことは間違いない。

決勝戦の夜、サッカルーズの快挙で歓喜に沸くスタジアム・オーストラリアの光景をメディア席から見下ろしながら胸を突いたのは、「やはり、この大会の決勝戦では日豪戦が見たかった…」との思い。W杯予選での日豪戦は、今後もこの国で見られる可能性は十分にあるが、アジア王者のタイトルを賭けてのガチンコの日豪戦をこの国で見られる機会となると、いったい次はいつになるのか分かりはしない。その貴重な機会を失ったこと、それだけが成功裏に終わった大会を振り返るときに、本当に残念でならない。

12日ニューキャッスル

右サイドを勢いよく駆け上がり、チャンスを作る岡崎

内田不在の右サイドで存在感を見せつける酒井
20日メルボルン

得意のフリー・キックにチャンスをうかがう本田と遠藤

交代後、見事なアシストを決めた武藤

3試合目にしてゴールを決めた香川が武藤に抱き付く
23日シドニー

今大会、チームをけん引し、果敢に攻めるもポストに嫌われるシーンが目立った本田

AE戦、途中交代後ゴールを決めるなど輝きを放った柴崎

左サイドからの精度の高いクロスを上げ続けた長友

PK戦でシュートを止められなかったことを試合後、川島は悔やんでいた

敗退が決まった瞬間、最後のシュートを外した香川が崩れ落ちた

Topic ブリスベンで日本代表の練習が一般公開念


生徒代表で花束をアギーレ監督に贈呈する山村穂香さん(写真・Taka Uematsu)

1月17日、前夜のイラクとの熱戦を制した日本代表の練習が一般公開され、会場のブリスベン郊外QSACスタジアムには、激しい暑さにもかかわらず、多くの邦人が駆けつけた。
 練習に先立ち、ブリスベン日本語補習校の生徒たちがピッチ上で選手と交流、すべての生徒の思いを込めた日の丸の寄せ書きと花束を贈呈した。ハビエル・アギーレ監督(当時)に花束を渡した山村穂香さんは「(監督に)日本語で『ありがとう』と言われた」と嬉しそう。練習後には来場のすべての子どもを対象にサイン会が行われるなど、訪れた人たちは満足そうな様子で会場を後にした。

 

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アジア・カップ日本代表戦 ─スタジアム雑感

オーストラリア各地に日本代表が来るとあって各地にサポーターが集結。ここではスタジアム周辺の様子や応援に駆け付けた日本人サポーターの写真を掲載していこう。

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