Vol. 33 クーパー・ブーナ選手ーラグビーが深めた親子の絆

Go! ワラビーズ in Japan
クーパー・ブーナ選手

Go! ワラビーズ in Japan

Vol.33 
クーパー・ブーナ選手ーラグビーが深めた親子の絆


 日本ラグビー界では現在、オーストラリア、ニュージーランドなど世界の強豪チームでの代表経験を持つ選手が多数プレーしており、日本のレベルアップにひと役買っている。そこで、かつて豪州で活躍し、現在は日本に舞台を移した元ワラビーズの選手たちについて日本からリポートする。
文=山田美千子/写真=山田武

「ウインドウマンス」終了間近の11月22日、東京の府中市にある東芝府中工場内の東芝ブレイブルーパスのクラブ・ハウスに、今シーズンから東芝でプレーするクーパー・ブーナ選手を訪ねた。

クーパー・ブーナ選手はニュージーランド・オークランド生まれの26歳。2012年にワラビーズとして2キャップを獲得している。ボディ・バランスも良く、トップ・スピードになるまでが早いトライ・ゲッターだ。

子どものころからユニオンでプレーしていた。しかし、たまたま受けたリーグのオープン・トライアウトに受かった彼はリーグの選手として、ニュージーランドとオーストラリアでプレー。リーグでの自らのプレーに満足できたころ、ユニオンへの再転向を決めた。

「父のためにも、自分のためにも、もう1度ユニオンでプレーしたいと思った。タイミングよく、レベルズが選手を探していたのでメルボルンへ行きました」

そこでの活躍が認められ、2012年ワラビーズ入り。

「パシフィック・アイランダーズというのは自分の家族、両親のために人生を捧げるという文化を持っています。一生懸命働き、育ててくれた両親に恩返しができたかなという、嬉しい気持ちと安堵の気持ちでした」

ニュージーランドで生まれ育った彼だけに、ワラビーズよりもオールブラックス(ABs)という気持ちがあったのではと尋ねてみると

「ニュージーランドの子どもなら誰もがABsに憧れますから、私にもその思いはありました。でも、最初に代表の機会を与えてくれたのがオーストラリアでした。いつも父から『訪れたチャンスは後回しにすることなく、すぐに、しっかり両手で取りに行け。目の前のチャンスを無にするな』と教えられていましたから、迷わずワラビーズに決めました」

「ワラビーズでの初試合後、父は『君のことを誇りに思う。国の代表としてやってくれたことを誇りに思うし、父としてとても幸せだったよ』と伝えてくれました」

息子の父への思い、父の息子への思い…1つの試合の裏にはさまざまなドラマがあることを改めて感じた。

「ラグビーが終わった後の人生を考えると、ワラビーズのプレーヤーとして功績や名前が残ることになり、それは今後のキャリア、人生の中で大きな意味を持つと思っています。ラグビーというのはただのスポーツに終わらず、ただの仕事では終わらない。言い換えるのであれば、人生におけるいろいろなことを経験させ、教えてくれる先生のような存在です」

今回の取材では、ラグビーが親子の絆を深めたといういい話を聞かせていただいた。ほかの素敵なお話はまたの機会に。

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