執筆者=森岡薫(NSW州立美術館日本語ボランティア・ガイド)

今月はNSW州立美術館で開催中のミッチ・ケアンズ「Restless Legs-落ち着きのない足」展をご紹介します。そのタイトルは、彼がベッドで読書中に時どき感じる感覚を指しています。
シドニーを拠点に活動するケアンズ(1984年生まれ)は、若手アーティストにキャリア形成の機会を与えるブレット・ホワイトリー・トラベリング・アート奨学金を2012年に獲得。17年には権威ある肖像画公募展アーチボルド賞を受賞したオーストラリア現代アーティストです。

文字や数字を視覚的手掛かりとして使い、イメージを具象化するための直感的なプロセスを大切にするというケアンズ。展示室に入ると明るく柔らかい絵画の色彩に目を奪われ、更に近づいてよく見ると、精緻(せいち)な筆使いや謎めいたグラフィックな図像に引き込まれます。
同展には8点の油彩、9点のブロンズ・プレート、彫刻作品が展示されていますが、いずれも文学への関心と影響、身近な環境や日常生活のユーモアと哀感が通底しています。

今や古めかしくさえ感じられる一般的な労働時間を暗示した「9 to 5」というタイトルの絵画は、文字通り毎日午前9時から午後5時まで働いていた亡き祖母を思い出しながら描いたもの。ギネスのトレード・マークのハープを弾く手のイメージ「ERATO」(ギリシャ神話の抒情詩の女神)は、ケアンズ自身が「非常に大きい手か、非常に小さいハープかのどちらか」と笑う楽しい作品です。土、空、水,植物などの自然も重要なテーマで、「ブック・エンドの自画像」「落ち着きのない足の自画像」では豊かな想像力を駆使し、静物の花として、雲として、自分自身を描いています。
興味深い彫刻作品にも出合えます。遠目にはただの黒い板に見えるブロンズ・プレートは、近づいて見るとさまざまなテキストが浮き彫りになっていて好奇心をそそられます。また、ひときわ存在感を放つのが、部屋の中央を走る6メートルもの大木です。電柱を再利用した彫刻作品で、座席としても使用可能。「落ち着きのない足」展の会場で来場者にちょっと休む場所を提供する、彼の遊び心が感じられます。

「Restless Legs」は、NSW州の現代アーティストの新作を紹介する「コンテンポラリー・プロジェト」シリーズの一環として、NSW州立美術館が委託した作品展です。同展はケアンズの当館での初個展であり、彼の実践の幅の広さと彼の影響の多様性を明らかにするものです。皆様のご来館をお待ちしています。
また、5月10日からは恒例の肖像画公募展アーチボルド展が始まり、日本語のガイド・ツアーも行われます。100年以上の歴史を持ち、オーストラリアで最も権威ある同展もぜひお楽しみください。
ミッチ・ケアンズ「Restress Legs-落ち着きのない足」展
期間: 開催中〜6月15日
会場:Naala Badu(北新館)地下2階
入場料:無料
アーチボルド賞展(ウイン賞展、サルマン賞展同時開催)
期間:5月10日~8月17日
会場:Naala Nura(南本館)地下2階
入場料:大人$25(他詳細はWebsiteを参照)
日本語ガイド・ツアー:展覧会開催中の土曜日(6月7日~8月2日)11AM。予約は不要。入場券要。集合場所:展覧会場入り口。
常設展:無料日本語ハイライト・ツアー
【Naala Nura(南本館)】
毎週金曜日11AM、集合場所:インフォメーション・デスク前
【Naala Badu(北新館)】
毎週日曜日1PM、集合場所:エントランス・パビリオン

Art Gallery of NSW
ニュー・サウス・ウェールズ(NSW)州立美術館。南本館に加え、日本人建築家ユニットSANAAのデザインによる北新館が2022年12月に新築オープンした。常設展は入場無料。
開館時間:10AM~5PM(水のみ10PMまで)。
Web: www.artgallery.nsw.gov.au
日本語サイト:www.artgallery.nsw.gov.au/visit/plan-your-visit/information-in-other-languages/japanese