オーストラリアで田舎暮らしを始めて以来、身近になった生き物の1つがヘビだ。中でも人間の居住エリアによくいる無毒のダイアモンド・パイソンは、物言わぬ隣人のような存在になっている。存在感たっぷりの秀麗なダイアモンド・パイソンの姿を、活動期から休眠期まで間近で観察してみた。(文・写真:七井マリ)
屋根裏に住むヘビの野生の姿

小鳥が警戒心をあらわにした鋭い声で鳴き続けるのは、何か異変が起きているサインだ。ある朝、外に出てみると、鳥の声がする辺りの庭木をヘビが音もなく登っていくところだった。全長2〜3メートル、黒みがかったオリーブ・グリーンの体にクリーム色の斑点。ダイヤ型の模様が散らばっているように見えることから、ダイアモンド・パイソン(diamond python)の名で知られるオーストラリア固有のニシキヘビの1種だ。
滑るように木を登るダイアモンド・パイソンのすぐ近くを、つがいらしい2羽の小鳥が狂ったように鳴きながら飛び回っていた。普通なら捕食者であるヘビに近寄らないはずだと思って観察していたところ、高い位置でダイアモンド・パイソンの動きが止まるのと同時に2羽は静かに飛び去った。おそらく樹上に小鳥の巣があり、卵が捕食されるのを見て諦めたのだろう。被食者のことを思うとやるせないが、懸命に生きているのは捕食者もまた同じ。自然の在り方に人間の価値観を持ち込まず、そのまま受け止めることが第三者である私の取るべき態度だと思う。
ダイアモンド・パイソンは、ここサウス・コーストやシドニーなどオーストラリア南東岸エリアでよく見られ、茂みや屋根裏に住みつく。毒はなく、ネズミなどの小動物を餌として丸飲みする習性ゆえに人間と共生しやすいヘビといえる。夜行性なので見掛けるのはたいてい朝方、寝床である我が家の屋根裏に帰る姿だ。
無毒のダイアモンド・パイソンはヘビの生態観察にはもってこいだが、その姿形にたじろいでは怖いもの見たさという言葉が頭に浮かぶ。こちらから攻撃でもしない限りダイアモンド・パイソンが人間にかみつくことはないと知っていても、人間に刻み込まれたヘビを恐れる本能がそう感じさせるのかもしれない。
涼を求めて移動するヘビ

日中は基本的に姿を見せない夜行性のダイアモンド・パイソンだが、居心地の良いポジションを求めて真昼に移動するシーンに出くわすこともある。どちらへ行こうかと逡巡(しゅんじゅん)するように、先端が二股に割れた舌を出し入れしながら頭を揺らしている。ヘビの舌は嗅覚器官でもあるので、においから周囲の状況を探っているのだろう。
陽射しが熱い晩春や夏の日、天井の上で重く長いものを引きずるような緩慢な音がしたら、ダイアモンド・パイソンが移動中だと分かる。屋根裏の暑さに音を上げ、涼を求めて動き出したのだ。その後は、軒下やトレリスに器用に身を絡めた姿で休んでいることが多い。キッチンの裏手の日陰でダイアモンド・パイソンが丸まって休んでいた時は、気付かずにすぐ近くを通りがかり思わず声を上げた。
窓の外で何かが揺れている、と思ったらダイアモンド・パイソンだったこともある。傍らの低木を伝って床下へ降りていく姿をガラス越しに至近距離で観察でき、サファリ・パークさながらの迫力だった。2匹同時に見掛けることもあり、どうやらカップルであるようだ。
冬ごもりの間の生存のサイン

秋の終わりから冬に掛けてはヘビの休眠シーズンで、ダイアモンド・パイソンを見掛ける機会はゼロに近くなる。春や夏によく脱ぎ捨てられているヘビの抜け殻も、この時期はお目に掛からない。
一度、少しだけ寒さが和らいだ真冬の夜の後に、水をくんでおいたバケツのそばでヘビのフンを見つけたことがあった。屋根裏への出入口から近かったので、ダイアモンド・パイソンが水を飲みに来たのだろう。その本体を見るとひるむ割に、生存の証しを見つけて安堵するくらいには身近に感じているのだと気付かされる。
ちなみに、哺乳類でいうところの冬眠は英語で「ハイバネーション(hibernation)」で、これは代謝抑制や体温低下の状態で冬場の活動を停止し、春に再び動き出すというもの。しかしヘビを含む爬虫類などの変温動物の冬場の休眠は、「ブルメーション(brumation)」という別の単語で表される。冬でも温かい日には日光浴や水分補給のために巣から出て来ることもあるのが、哺乳類の冬眠との違いといえる。日本語ではどちらも冬眠の一語に集約されるため、オーストラリアの田舎に移り住んで初めてこの英語表現の違いを身近に意識した。なお、休眠全般を意味する「ドーマンシー(dormancy)」という言葉は、時期や形態、生物種を問わずに使えて便利だ。
程良い距離感の隣人のように

冬の終わりが近づくと、ダイアモンド・パイソンが日向ぼっこをする様子を見られる日が少しずつ増えていく。我が家の屋根裏に住むダイアモンド・パイソンの場合、陽射しが強まる午前9時から正午の時間帯がお気に入りらしく、晩冬から初春のその時間は藤棚の上に長々と陣取っている。
洗濯物を干しに行くのに、どうしてもその下を通らねばならない。迂回(うかい)するルートもあるものの最短距離を行きたい気持ちが勝ってしまい、念のためヘビに視線を向けながら通過するようにしている。ダイアモンド・パイソンは休息時間を静かに過ごしたいようで、私が歩き回ったり庭仕事をしたりしているといつの間にか姿を消す。脅かさないよう、窓からこっそり眺めているくらいが最適な距離感だろう。
サウス・コーストの田舎町に移り住んだ当初は、どんな気持ちでダイアモンド・パイソンと相対すれば良いか計りかねていた。しかし慣れるにつれ、いつしか怖いもの見たさだけではなく愛着に近い思いもわいてきた。今日もいる、と互いの存在を認め合いながらも互いの暮らしを妨げない関係は隣人のようだ。それは、自然界と人間界の程良い距離感を学ぶためのレッスンになっているのかもしれない。
著者
七井マリ
フリーランスライター、エッセイスト。2013年よりオーストラリア在住