【第29回】最先端ビジネス対談

日系のクロス・カルチャー·マーケティング会社doq®の創業者として数々のビジネス・シーンで活躍、現在は日豪プレスのチェア・パーソンも務める作野善教が、日豪関係のキー・パーソンとビジネスをテーマに対談を行う本連載。今回は、オーストラリアを拠点にチャンネル登録者数100万人を超える人気YouTuberとして活躍しながら、英語教育の現場でも多くの受講生の人生に寄り添ってきたタロサックさんにご登場願った。
(撮影:クラークさとこ)
PROFILE

タロサック(TAROSAC)
1990年新潟県生まれ。29歳でYouTuberとして活動を開始。親しみやすい人柄と自然な会話力で、多くの視聴者から支持を集めている。2021年、英会話サービス「始めるだけで生活がグローバル化」TAROSAC ENGLISHを開始。22年に「ワーホリ徹底ガイド」を発売。著書に『バカでも英語がペラペラ! 超勉強法 「偏差値38」からの英会話上達メソッド』(ダイヤモンド社、2023)がある。
PROFILE

作野善教(さくのよしのり)
doq®創業者・グループ·マネージング・ディレクター。米国広告代理店レオバーネットでAPAC及び欧米市場での経験を経て、2009年にdoq®を設立。NSW大学AGSMでMBA、Hyper Island SingaporeでDigital Media Managementの修士号を取得。移民創業者を称える「エスニック·ビジネスアワード」ファイナリスト、2021年NSW州エキスポート・アワード・クリエティブ産業部門最優秀企業賞を獲得

作野:タロサックさんのご出身や学生時代について教えてください。
タロサック:新潟県の村上市という、山形県との県境の田舎町で生まれ育ちました。小学校・中学校・高校と、地元の公立校に通っていました。「英語は将来必要になる」という意識が家族にあったのか、小学校1年生から6年生まではECCジュニアに通っていて、月謝は祖父母が出してくれていました。英語に対して特別に強い思いがあったわけではないですが、小学生の時に母が絵本を読んでくれた『赤毛のアン』や、テレビで流れていたOasisの「Don’tLook Back in Anger」など、洋楽や物語から自然と“海外”への憧れが生まれていったような気がします。高校時代はバンド活動に夢中で、受験に全敗しました。そこから一浪して、18歳の春に「ゼロから英語をやろう」と決めたんです。ちょうどその頃、当時流行っていたSNS「MySpace」で、世界のバンドの音楽を聞いたりしていた際、リトアニアの女の子から「日本に興味があるから話したい」とメッセージが来たんです。それで「これはチャンスだ」と思いチャットを始め、毎日1時間くらいSkypeを通して話すようになり、それがすごく楽しくて、自然と英語力が伸びていきました。次のセンター試験では英語のリスニングが50点満点中48点だったんです。それで神田外語大学の外国語学部英米語学科に入学することができました。
作野:大学では、英語を専門で勉強されていたのですね。その後、留学経験とかはあるのですか?

タロサック:留学には興味があったのですが、私は準備をすることがすごく苦手で、大学には努力して入れましたけど、面倒くさいことをやりたくないという悪い性格は治らなくて、きちんと調べなかったんです。交換留学生の多い環境だったので、日常的に海外の学生と関わる機会がありました。イギリス人の彼女ができたこともあったし、半年に一度は自分でアルバイトして旅費を貯めて、海外旅行に行きました。だから、実際に留学してなくても、かなり“英語漬け”な学生生活だったと思います。
作野:日本にいながら異文化経験を堪能したのはすごいですね。大学を卒業して、お仕事は何をされていたのですか。
タロサック:不動産会社に就職しました。でも、英語は使わないし、やりたい仕事でもないし、人間関係も辛くて……。人は、どん底に落ちたり、金槌で頭を殴られたような辛い体験をした時に初めて変われるのではないかと私は思います。そこから「やっぱり、やりたいことをやらないとだめだ」と決意して、仕事を辞めて本気で調べ、1年間アルバイトをして資金を貯めて、2015年10月にワーキング・ホリデーでオーストラリアに来ました。
作野:実際にオーストラリアに来てみて、どうでしたか。ツテや仕事がなかったり、いろいろ苦労されたと思いますが、どのように乗り越えてきたのですか?
タロサック:最初は辛かったです。来豪する前は1年間バイトをして、その期間英語を使うことはなかったのですが、変に自信があって、自分では話せると思っていました。でも、いざシドニーの空港に着いて、予約していたホステルに電話した際、オーストラリア独特のアクセントの英語が全然聞き取れず、すご く悲しい気持ちになりながら電車でキングス・クロスに向かったのを覚えています。最初の1カ月くらいはかなり苦労しました。でも、さまざま国からオーストラリアを楽しみに来ている人たちがいるホステルに滞在し、そこでドイツ人、イタリア人、イギリス人など、多国籍の人たちとコミュニケーションを取り、共同生活をする中で少しずつ自信がついていきました。そこで出会ったイギリス人の友人とシェアハウスに引っ越し、派遣会社を通して、運良く高級家具の会社に仕事も決まり、そこからだんだんとこっちの環境に慣れて、英語力も上がっていったという感じです。
パンデミック中のどん底からYouTubeの世界へ

作野:そこから、どのような経緯でYouTubeを始めることになったのですか?
タロサック:ビザの残りが少なくなって、移民コンサルタントに相談に行ったところ、私の当時の職歴やスキルでは、自力で永住権を取るには、シェフかアカウンタントを目指す必要があると説明されました。そこで学生ビザを取得してシェフの学校に通うことにしました。それまで料理の経験は全くなく、本当にゼロからシェフのキャリアをスタートさせました。その矢先にパンデミックが起き、仕事が一気になくなってしまいました。ちょうど卒業生ビザで滞在していた時期だったのですが、その頃、6年半付き合っていた日本人のパートナーとも別れることになってしまって……。自分の未熟さや、相手にきちんと向き合えていなかったことが原因でした。精神的にもすごく落ち込みました。仕事もない、収入もない、将来のビザのことも不安で、まさにどん底でした。学生ビザの人って、皆さんそうかもしれないけど、常に自転車操業なんですよね。授業料、保険料、次のビザ代、コンサル費用など、出費が多く完全にお先真っ暗な時に、親友の言葉がふと頭に浮かんだんです。彼はM&Aの会社を自分で立ち上げて、すごく成功している人で、私に「タロサックは“チルライフ最高”とか言っているけど、絶対そういうタイプじゃない。自分で何かしなきゃダメな人間だよ」って、ずっと言い続けてくれていたんです。その言葉が頭に残っていて、「ああ、やっぱり何か自分で始めないとダメだな」と思いました。でも、お金はない。あるのは、スマートフォンと、ちょっとした英語力だけ。それで、「YouTubeをやってみよう」という気持ちになったんです。そして、2020年の5月、パンデミックの真っ只中に、最初の動画を投稿しました。
作野:YouTubeを始めた当初は、どんなアイデアからスタートしたんですか。
タロサック:「オーストラリア」「日本人」みたいなキーワードで検索すると、よくあるワーホリの体験談やカェ紹介、英語学習のコツみたいなコンテンツが出てくるんです。だから最初は、そういう“よくあるテーマ”を見よう見まねでいろいろやってみました。でも、結果はほとんど再生されなくて。投稿しても再生回数は60~70回ぐらいで、ずっとその状態。これは正直、かなり凹みました。YouTubeを始めた人はみんな感じると思うんですが、2~3本は何とか出せても、そこから続けていくのって本当に大変なんです。アイデアは尽きるし、10分の動画を作るだけでもものすごい労力が掛かる。思っていた以上に厳しい世界でした。

作野:そこから、どうやって転機を迎えたのでしょうか?
タロサック:その時は、人生で2度目の「金槌で頭を叩かれたような感覚」を味わっていて、とにかく「今回は絶対にやり切る」と決めていたんです。毎日考え続けていたからだと思うんですが、ある時「海外に住む日本人のYouTuber」が投稿していた、「海外の人に日本人の印象を聞いてみた」というインタビュー動画がやけに再生されているのに気が付いたんです。しかも、その人のチャンネルでその動画だけ再生回数が突出していた。そこで「人じゃなくて、この“トピック”が強い」と気付きました。だったら「自分はこのテーマ“だけ”をやるYouTuberになればいい」と思い立ち、ちょうどパンデミックも落ち着いてきた時期だったので、すぐに企画を練って撮影に出ました。街でオージーに日本人の印象を聞く動画を投稿したら、70回だった再生数が一気に400
回まで跳ね上がったんです。約6倍。それが転機でしたね。
作野:そのスタイルで突き進んだんですか?タロサック:いや、続けられなかったんです。理由は「辛かった」から。街に出て、知らない人、しかも外国人に英語で話し掛けて、断られることもある。やっぱり断られるのって辛いんですよね。親友からは「それしかやらない方がいい」って言われていたけど、「言うのは簡単だよ」と思っていました。結果的にチャンネルも伸び悩んで、「やっぱりダメだな」と思って、もう一度同じテーマで第2弾の動画を出したら、それがまた伸びた。やっぱり正解はそこだったんですよ。ブイログ的なカフェ動画とかは伸びない。でも外国人インタビューは確実に伸びる。それが分かってから、「もうこれしかやらない」って腹を
くくりました。不思議なもので、新しい動画を出すとある程度は伸びるんですが、昔の動画も急に再生回数が伸び始めて、雪だるま式にチャンネル全体が成長していったんです。
作野:YouTubeで表に立つことで、いろいろ言われることもありましたか?
タロサック:もちろんありました。コメントやDMで「その英語力でよく自信満々に出られるな」とか。でも、別に自分の意見が全て正しいとは思っていないし、相手の意見が一理あると思えば、それは動画に生かせばいいだけです。ただ、見た目を揶やゆ揄するようなコメントとかは「そういう人もいるよね」と、割と冷静に受け止められていました。案外、自分は気にしないタイプだったのかもしれません。でも、正直言うと、YouTubeを始めたころは本当にしんどかったです。それまでの人生で「自分は何でもうまくやれる」と思っていたんですが、それは過信でした。パンデミックで人生が一気に変わって、ようやく「本気で頑張らないと、何も手に入らないんだ」って心から思えました。そこからは、「諦めない」ことが自分のテーマになりました。
英語コーチングで伝える“本気の学び”

作野:英語教育の分野でも新しい学びを提供されているタロサックさんにとって、“学び”とは何でしょうか。
タロサック:ありがちかもしれませんが、私にとっての学びは、「失敗から全てが始まる」ことだと思っています。私自身これまでに1200人以上の人に英語コーチングをしてきましたが、連絡をくれる多くの人が「間違えるのが怖くて」「失敗するのが怖くて、トライしてこなかった」とおっしゃるんです。でも、私が実体験としてずっと感じているのは、「Done isbetter than perfect」ということ。完璧になったらやる、ではなく、とにかくまず“やってみる”。私自身パーフェクトではないですが、やり続けてきました。たくさん失敗して、渾身の動画が全く再生されなかったこともあります。それでも、だからこそ次につながるし、そこから良いものが生まれる。失敗すればするほど、改善のチャンスが増えるんです。
作野:本当に共感できます。私も“やりながら学ぶ”ということが学びの本質だと思っています。どのような経緯でコーチングを行うことになったのですか?
タロサック:ちょうどYouTubeを学び始めたころ、あるビジネス系のYouTuberが「これからはインフルエンサー2.0の時代になる」と話していて、それがすごく印象に残りました。インフルエンサー1. 0は「再生回数=収入」という形で、2. 0では「フォロワーが“その人から商品を買いたい”と思うようになる」という世界です。自分自身の商品を持ち、価値を提供できる人が求められるようになると聞いて、そういう方向に行きたいと思いました。英語にフォーカスした商品を作ろうと思い、まずは英会話スクールを立ち上げました。最初は良かったんですが、他と大きく違うわけでもなく、徐々に受講生も減り、改めて「自分は何がしたいんだろう?」と考えた時、私は自分の全力を使って、大きな結果を出したいと思いました。その後、まずは体験せねばと考え、実際に自分が英語コーチングを受けて、TOEIC985点を取れた時、「これなら自分もやれる」と思いました。そこから1年間、全力で準備して、自分の英語コーチングをスタートしました。今では600人以上の受講生が参加してくれていて、全てオンラインですが、東京や大阪でオフ会を開いたり、アクティビティを一緒にやったりもしています。

作野:まさに“新しい教育の場”を自ら作ってこられたんですね。教育は、昨今AIもあって先が読めない中ですごく難しい分野ですが、そのあたりはどうお考えですか?
タロサック:AIはすごいスピードで進化していて、私自身もどんどん活用しています。だから、受講生にもAIの使い方は徹底的に教えています。最終的には、私のコーチングなんて必要ないくらい、受講生が自立して学べるようになることがゴールなんです。「全部教える」「隠さない」っていうのが私のスタンスです。私がいなくても学べるようにしたいし、そうやって力をつけた受講生が「タロサックのところで学んで本当に良かった」と思ってくれるのが、何よりもうれしいです。もちろんAIにはできないこともあります。それは“感情”です。夜中の12時でもボイスメッセージを返したり、困っている時に寄り添って声を掛けたり、そういう人間らしい関わりはAIにはできないから、パッションのある教育って、これからもっと大切になると思います。私の公式LINEでも、無料で出している教材はかなり多いです。「これ以上何を学べるの?」と思われるくらい。でも、やっぱり“体験”しないと得られない価値ってあるんですよね。
作野:「出し惜しみせず、場を作る」という姿勢は、多くの教育者にも響くと思います。では最後に、読者へのメッセージをお願いします。

タロサック:新しいことを始めたり、海外に出たりすると、ほとんどの人がネガティブな感情に直面します。私もオーストラリアに来たばかりのころ、ホームシックになりました。海外が好きだし、英語も話せるのに。YouTubeを始めた時も同じでした。新しいことを始めれば、必ず新しい不安や悩みが出てくる。でも、続けていれば、そういう“苦しかった経験”も「あれがあってよかったな」って、後から思えるんです。つまり、過去への思いは変えられるんですよ。「続けること」「逃げ出さないこと」。それだけで未来も変わる。苦しい時期こそ、自分を強くしてくれる。ピンチの時にほとんどの人は辞めてしまうけど、辞めなかった人だけがチャンスをつかめる。だから、ピンチが来たら“チャンスが来た”と思って、楽しんで欲しい。そういうマインドで、ぜひトライして欲しいです。
作野:“続ける”ことに柔軟性を持ちながら、必要な時にやり方を変えていく姿勢がとても印象的です。
タロサック:私自身、意識しているのは「人の話は絶対に聞く」ということ。コーチングを始める時も、何もからなかったので、英語系のインフルエンサーに「1から全て教えてください」と、思い切ってDMを送りました。失礼かもしれないけど、プライドより成長の方が大事だと思っています。だからこそ、「教えてください」という気持ちを持っていれば、いつかチャンスが来た時に、それをつかむ準備ができると思います。
作野:すばらしいメッセージ、ありがとうございました。
(6月10日、シドニーで)

Youtube: タロサックの海外生活ダイアリーTAROSAC