お金を他人に預けるには信頼関係が必要です。少額のお金を家族に渡すことさえ、互いの強い理解が必要でしょう。ましてや、多額のお金をファイナンシャル・マネジャー(資産管理会社)に預ける場合、預け先が責任を持って行動してくれるという信頼がなければなりません。
法律上、信託とは、第三者が「受益者」と呼ばれる他人のために金銭を保有・管理する法的な取り決めのことです。受託者は、受益者の最善の利益のために行動するという非常に重大な法的義務を負います。
信託は、財産設計、納税の最適化、家族の利益のための資産管理など、さまざまな目的で利用されています。信託が関係するニッチな分野としては、けがをした人が保険会社から賠償金を受け取る際、その賠償金が「アドミニストレーター」と呼ばれる第三者組織(資産管理会社)に預けられるケースがあります。
もしあなたが不運にも事故で負傷した後、保険会社から受け取った賠償金(または家族のための賠償金)を管理する資産管理会社に対する信頼を失った場合、どうなるのでしょうか?
多くの場合、信頼回復が可能かどうかを確認する(コミュニケーションが取れなくなった後、テクニカルな点を明確にすることで)、もしくは、別の管理会社への移行を検討することになります。
背景
まず、「資産管理会社」について説明しましょう。
豪州の賠償請求案件ではほとんどの場合、けがをした人は、保険会社に対する賠償請求が解決した時点で直接賠償金を受け取ることができます。豪州では、金銭の受け渡しが正式に記録されるよう、保険会社は負傷者の代理人である弁護士を通して賠償金を支払うのが一般的です。その際、弁護士は管財人の立場に置かれ、賠償金の受取人であるクライアントの指示に従わなければなりません(通常、クライアント指定の銀行口座にお金を送金する)。これは、負傷により働けなくなってしまったケースなど、負傷者にまとまった額の賠償金が支払われる場合も同様です。
しかし、負傷者が18歳未満の場合など、賠償金の取扱いを負傷者自身とは別の組織に委ねることが適切な状況もあります。負傷者の利益のため、一般的に賠償金は負傷者が成人に達するまで、通常は18歳(場合によってはより遅い年齢)になるまで資産管理会社によって管理されます。
また、傷害の程度が重く、事故当時は成人であったにもかかわらず、自分の身の回りのことができず、家計を管理する能力も失ってしまうという悲劇的な状況もあります。このような状況では、第三者機関が長期にわたって資金を保護することが、負傷者の利益となります。
では、そうした場合、管理会社で生じる管理手数料は誰が負担するのでしょうか。
傷害を負った人の生涯にわたって重要な役割を果たす管理会社の費用は、時として30万豪ドルを超えることもあります。通常、こうした費用は、賠償金を支払った保険会社が負担します(そのため、負傷者が負担することはありません)。
資産管理会社の責任
アドミニストレーター(管理者)の役割を提供する組織は、大きな責任を引き受けることになります。これらの組織は、傷害を負った人の金銭管理の進捗状況を説明する定期的な財務報告書を提出する義務など、監視の対象となります。
負傷者は、自身で資産管理会社を選べる?
豪州には、この専門的サービスを提供する民間企業が幾つかあります。また、政府の一部門である管財人事務所(Office of the Public Trustee)もこのようなサービスを提供しています。
原則
資金管理を行う上で最も考慮すべきことは、負傷者の福祉と利益です。具体的には、各々の現在の経済状況(資金の必要性)と、将来見込まれる費用の補償の両方を考慮することです。このように、賠償金基金(法律上、傷害者に帰属する金銭)の一部を、傷害者の当面の経済的支援(例えば、手術費用や傷害者宅への外部看護師の定期的な付き添い費用など)に充当することと、将来のこと(20〜30年以上に及ぶこともある傷害者の予想される生涯にわたって、賠償金基金の大部分を慎重に貯蓄すること)をに掛けることには、しばしば一種の「緊張関係」が存在します。
NSW州高等裁における最近の判決
NSW州高等裁判所において、2025年4月4日、既存の資産管理会社による対応の見直しに関わる裁判に判決が下されました(Re KT and JC, Protected Persons [2025] NSWSC 306)。
この判例において、リンゼイ判事は、管財人(資産管理会社)の変更を行うことが適切であるかどうかの判断を求められました。該当のケースでは、負傷者の家族が、既存の資産管理会社に対して、家族に支払われた賠償金の管理責任者としての信頼を失っていました。
本ケースで裁判官は、既存の管理会社が適切に機能していないことを証明した後、別の会社を管理者に任命することが相応しいと判断しました。判事は特に、既存の会社がクライアントの利益よりも、会社の組織的事情を優先したことに言及。同判事は、既存の管理会社の意思決定プロセスは、顧客の利益が第一であることを含む資金管理の法的原則に沿っているようには見えないと考えました。
最後にひと言
信頼は銀行口座のようなものです。預けなかったものは引き出せないのですから。んだ時に、選ばれた曲が「Life in the Fast Lane」でした。
このコラムの著者

ミッチェル・クラーク
MBA法律事務所共同経営者。QUT法学部1989年卒。豪州弁護士として33年の経験を持つ。QLD州法律協会認定の賠償請求関連法スペシャリスト。豪州法に関する日本企業のリーガル・アドバイザーも務める。高等裁判所での勝訴経験があるなど、多くの日本人案件をサポート
