想いは人を動かし、人を幸せにできる
元トヨタのエンジニアが見つけた、人生をかけた「パッション」

「子どものころは『ブラック・シープ(変わり者)』で、周りに『なぜ?』と質問ばかりしていた。何かを作ることが好きで、受け取った人の笑顔が見たくて、物作りに情熱を注いでいた」と語るのは、堪能な日本語を生かしトヨタ自動車のエンジニアとして日本とオーストラリアの両国で働いたマット・ボーテル氏。同氏はトヨタのオーストラリア生産撤退を機に、「エンジニアの技術を生かし『義肢』を無償で提供する」と自らのパッションに従う生き方を選ぶ。2018年度VIC州オーストラリア・ローカル・ヒーローに選ばれた同氏の想い、「無償であること」の意義、そして今後の活動について話を聞いた。(インタビュー・文=大木和香)
きっかけは日本で見た「1億円の義手」
――なぜ義肢を作ろうと思ったのですか。
筑波大学で1億円の義手を見たことがきっかけでした。それ以来、より多くの人が使えるように、安く作れないかと考え続けました。
3Dプリンターが一般家庭に普及し始めたこともあり、自宅で義肢の製作を始めました。従来の義手は150万円程度、義指の相場は65万円と高額でしたが、最近製作した義指「Kinetic Finger」はたった100円で作っています。筋肉の信号を読みマイクロ・コントローラーで動く義手もありますが、電子機器が入る義手は400万円もします。将来的にはこれを1万円以内の原価で作れるように挑戦しています。
――トヨタ自動車のエンジニア時代にどのような仕事をしていましたか。
生産ラインのエンジニアで「リーン生産方式」(トヨタ生産方式の研究を基に編み出された製造工程における無駄をなくしたスリムな生産方式)が専門で、シェアード企業向けにトヨタ生産方式を教えていました。「無駄をなくして、より効率良く作る」、私の義肢作りはこの考えが原点です。従来の義肢は物を削って作るためコストが高くなります。私の方法はパーツごとに分け、3Dプリンターを使いゼロから作ることで、材料の無駄を出さずにコストを抑えています。
――人生の転機となったトヨタ自動車のオーストラリア生産撤退にどう向き合いましたか。
自分は何が好きで、何ができるのか、どういう人生を送りたいかを自問自答しました。「自分のパッションは何か?」と考え、子ども時代に好きだったことをしてみようと思いました。アリストテレスの言葉で「Give me a child until he is 7 and I will show you the man」がありますが、「7歳のころの自分、無垢な子ども時代こそ人間の本源的な姿だ」という意味です。
パッションがない、何をしたら良いか分からない人は7歳の自分を思い出してみてください。ワクワクするもの、本当に自分が好きだったものの中に、皆さんの「パッション」が見つかるはずです。
想いを形にした「義肢」、エンジニアとしての社会的責任
――作った義肢を無償で提供していると伺いました。それはなぜですか。
例えば、物を1,000円で売ると、それは1,000円の価値しかありませんが、無償で渡すことにより「プライスレス」な物になります。お金をもらうと、仕事に対する私の満足度が下がるからです。
また、「体の不自由な人は社会に見てもらうべきで、一銭も払うべきではない」と思います。私の友人で電動車いすが必要な人がいましたが、1台の価格は約400万円、政府からの助成金はわずか100万円でした。既に体が不自由な人にどう300万円を負担させろというのでしょうか?
最終的に地元住人がお金を出し合い、彼のために電動車いすを購入しました。「体の不自由な人には無償で技術を提供する」、私のエンジニアとしての責任です。
――マットさんのデザインする義手は格好良いですね。
格好良くないと、子どもは着けてくれないでしょう(笑)。義手は1つひとつ子どもの手足の大きさに合わせて作り、子どもたちの好きなデザインや色を一緒に考えます。アイアンマンのようなスーパー・ヒーローの手だったり、女の子はピンクといったようにです。今までの義手は重く、隠したくなるようなデザインでした。そして、何より高額過ぎて子どもの成長に合わせて、義手を買い替えられない家庭がほとんどでした。
――デザインをオープン・ソース化していますが、その意図とは何でしょうか。
多くの人の視力回復を手助けしたオーストラリア人眼科医で、途上国を回り何万人も助けながら、より多くの人を助けられるように医師の育成にも尽力したフレット・フォローズという人物がいます。私の考えもその医師と同じです。
私の「Kinetic Finger」のデザインは世界中で1,000回以上ダウンロードされています。世界中の今まで手が届かなかった人にも届くようにしたい、というのが目的です。誰でもデザインをダウンロードでき、3Dプリンターがあれば作れます。無償提供をするため、これらには「CREATIVE COMMONS」という「作っても良いが、売ってはいけない」というライセンスをかけています。
世界中で手足を必要とする人のために、私たちができること
――義肢が必要な人、またマットさんの活動に協力したい人はどうすれば良いですか。
フェイスブックやメールで依頼を受けています。オーストラリアを中心に今週は30件の依頼がありました。遠い所だとイラクにも送りましたが、国によっては郵便事情の悪さや税関も問題になるため、今後は赤十字社などを通じ発展途上国や、内戦や地雷で手足を失った人に支援する方法も考えています。
活動に賛同頂ける方は、クラウド・ファンディング(Web: helpinghand.ecwid.com)を行っていますので、ウェブサイトをご覧ください。
――今後の挑戦について教えてください。
この活動をどう続けていくのかが挑戦です。現在はトヨタの退職金と、クラウド・ファンディングからの資金で活動を続けています。義肢を作る時間がなくなるため、エンジニアの仕事はお断りしています。今後は講演会なども開き、より多くの方の協力を頂けるように挑戦していきます。

マット・ボーテル(Mat Bowtell)
プロフィル◎1980年、VIC州フィリップ・アイランド生まれ。高校時代に日本へ留学、モナッシュ大学在学中も千葉大学に1年交換留学し日本語翻訳・通訳と電子機械工学を専攻した。2007年から17年までトヨタ自動車のエンジニアとして勤務、1年間の日本勤務も経験。14年のトヨタ自動車オーストラリア生産撤退決定を機に、義肢製作活動を開始。その功績を認められ、「オーストラリアン・オブ・ザ・イヤー・2018 VIC州ローカル・ヒーロー賞」に輝き、その活動はオーストラリアのメディアでも取り上げられた。妻、1男1女の4人家族、現在はフィリップ・アイランドに住み、さまざまな義肢のデザインを研究しながら、無償提供を続けている
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