■オーストラリアの魚特集
マグロとサーモンの魅力に迫る
取材・文=馬場一哉
写真=伊地知直緒人、馬場一哉
Photo: ©Naoto Ijichi, Kazuya Baba
オーストラリアのグルメと言えばオージー・ビーフやラムといったように肉食のイメージが先行するが、オイスターやロブスターなどシーフードもまた高い人気を誇る食材だ。近年、移民の増加による食の嗜好の変化、加えて恵まれた漁場が近くにある幸運が重なり、当地におけるシーフードの存在感は非常に高まってきている。では、そのクオリティーはどうなのか。すしや刺し身など魚食カルチャーに縁深い日本人としては特に気になるところだろう。本特集ではオーストラリアの魚の魅力、中でもポピュラーなマグロとサーモンに特にフォーカスして紹介していく。
オーストラリア最大の魚市場と言えば、ご存知シドニー・フィッシュ・マーケットだ。マーケットには毎日100種類以上、53トンもの魚が集まり、早朝5時過ぎからオークション(競り)が行われる。オークション会場には数多くのバイヤーが集まり、その日マーケットに届いた魚の値付けが行われ、オークションが終了すると共に各バイヤーは競り落とした魚をレストランなどに届ける。
状態が非常に良い魚はファイン・ダイニングや、高級日本食レストランなどに流れてしまうというが、直接フィッシュ・マーケットに買い付けに出掛けているすしシェフによると、一般客が買える商品の中にも十分クオリティーの高い物はそろっているという。もちろん相応の目利きは必要だろうが、古くなっている物でなければ自分でさばけば当然刺し身としても食べられる。
フィッシュ・マーケットは近年ますます活況を呈しており、扱う魚の種類も増え続けているそうだ。その種類は年間500種類ほどに上り、その扱っている魚介の種類は南半球最大で世界2位、また、市場の規模が小さいにもかかわらず取扱量も世界3位と言われている(ちなみにどちらも1位は東京の築地市場)。
そして注目したいのはそこに集まる魚介の大半がオーストラリア近海の物だという点。市場に集まる魚介の86%が国産、うち56パーセントがNSW州産、30パーセントが他州産という内訳となっている。海外からの輸入は全体の14パーセント程度でそれもほとんどがニュージーランドからの物とのことなので、市場のほぼ全ての魚介がオセアニア産ということになる。
オーストラリア、特にシドニーは近海の天然物を世界2番目の多様性を誇るラインアップの中から楽しめる、魚好きにはうれしいポテンシャルの高い市場と結論付けて良いだろう。またそのクオリティーに関して日本の名シェフたちからも少なからずお墨付きが出ている。例えば2017年にシドニー・オペラハウスで開催された「料理の鉄人」イベントの際に来豪した和食の鉄人・道場六三郎氏は、近年シドニーでは値が上がり続け高級食材に仲間入りした手長エビの仲間、スキャンピーを絶賛し、実際にイベントでも使用した。また、2014年に銀座の「鮨とかみ」でミシュランの星を獲得、今年銀座にすし店「はっこく」をオープンさせたオーナー・シェフであり、世界中を巡った経験がある佐藤博之氏も先日の来豪の際には「シドニーの魚介の種類の多さとクオリティーには驚かされた。他の国では見たことがない」とコメントを残している。
とはいえ、フィッシュ・マーケットで刺し身として切り身で売られている魚の種類は限られる。比較的コンスタントに手に入る物で、マグロ(赤身、時折トロ)、サーモン、ヒラマサ、ホタテ、ウニ、ホッキ貝といったところ。その他の物を鮮度の高い状態で食べるのであれば魚1尾を購入し、自身でさばくか、あるいはお店を訪れるのが現実的な選択肢となるだろう。
今回取材協力頂いた、バイヤーとして多くの日本食レストランから信頼を集めている石井誠人氏(ピアモント・シーフード、以下、石井氏)は、シドニーだからこそ味わえるハイ・クオリティーの魚介を御三家と名付けている。天然の南マグロ、当地では金目鯛よりも更においしいと言われる南洋金目鯛、そしてタスマニア産の紫ウニ(白ウニ)がそれらに当たる。御三家が全てそろうのは冬の時期。まさに今がタイミングと言えるだろう。
取材協力(五十音順)

オーストラリアのマグロの魅力
さて、ここからは当地の魚介の概況から更に踏み込み、特に人気の高いマグロとサーモンの魅力を深堀りしていこう。サーモンに関してはさほど魚へのこだわりがない人でも「日本よりもおいしい」という声を挙げるなど、そのクオリティーについて気付いている人は少なくないが、マグロに関してはオーストラリア特有の魅力について、まだあまり知れ渡っていないようだ。先の石井氏、及び、10数年以上にわたりオーストラリアの魚市場を舞台に活躍し現在は国内最大の加工・卸業者デ・コスティで卸を担当する桜井光春氏(以下、桜井氏)両名への取材を元にその魅力について詳述していこう。

マグロは、価格帯順に下から並べると、アルバコア(ビンチョウ・マグロ)、イエロー・フィン(キハダ・マグロ)、ビッグ・アイ(メバチ・マグロ)、そしてブルー・フィン(黒マグロ、南マグロ)に大別される。その中でこれまで長きにわたり、オーストラリアで主流として出回ってきたマグロはキハダ・マグロだ。
黒マグロ、南マグロなど高級なクラスに入るマグロの方が、我々日本人にとってはおいしいと感じるのは間違いないのだが、「身が柔らかく色が変わりやすいなど扱いが難しいので敬遠されてきた」(桜井氏)「よく分かっていないお店にしてみればマグロ=赤い物だと思っているので、脂身が多く色の白いトロは納品しても要らないと言われるようなことが少なくなかった」(石井氏)という。ただ、最近ではレストランのシェフに魚の知識を伝えるなどといった草の根的な活動のかいもあってトロの魅力も知れわたるようになり、その人気は年々高まりを見せている。
ブルーフィン・ツナには北半球を回遊するノーザン・ブルー・フィン・ツナと南半球を回遊するサザン・ブルー・フィン・ツナがある。日本名で分かりやすい言い方をすると、前者は、青森県大間で取れるものが最高級とされる黒マグロ(本マグロとも呼ばれる)と呼ばれる魚種だ。そして後者はインド洋やオーストラリア沖で取れる南マグロと呼ばれる魚種となる。
どちらも高級な部類のマグロだが、黒マグロの方が一回り大きく、すしネタとしては高級とされている。オーストラリアで南マグロが取れる冬には、日本は夏であり黒マグロは冷凍の物しか食すことができないため、天然の高級マグロにこだわる高級店では南マグロを輸入するところも少なくない。そうしたこともあり、オーストラリアで水揚げされた南マグロの半分近くは日本の夏シーズンに向けて輸出されるという。
なお、南マグロには外洋で取れる天然物とオーストラリア大陸の中央下部、アデレードから西にプロペラ機で1時間ほどの所にあるポート・リンカーンという町で畜養(養魚を捕まえて育てる物。卵から孵化させる養殖とは異なる)されている物があり、天然は一部が日本の高級店に行く以外は大半がオーストラリア国内で消費され、畜養は大半がトロのニーズが高い日本に輸入される。
畜養物は脂が乗るように育てられていることから、トロの比率が高い一方で色持ちなどの面で扱いが難しく、また天然に比べるとやはり味は落ちるという。そうした畜養物は例えば、日本の回転ずしチェーンで提供されるトロや大トロなどとして市場に出回るそうだ。

質で言えば天然物の方が当然クオリティーは高いが、「日本はそもそもマグロの値段が高い」(石井氏)ため、実際に中間業者を経由しながらレストランに行くまでの間にあれよあれよと値が上がってしまう。そのため、日本で天然の南マグロを食べるためには、どうしても高級すし店や料亭などに足を運ぶしかないというのが現状だ。しかし当地であれば天然の南マグロを安価に食べることができる。これはオーストラリアに住む者の特権と言えるだろう。
また、南マグロの天然物が日本に出回らないその他の要因として、近年、畜養の黒マグロが市場に出回るようになったことが挙げられるという。そのため、南マグロの値段が上がりづらくなったというが、天然の南マグロと畜養の黒マグロであれば「味は当然、天然の南マグロに軍配があがる」(石井氏)という。それでも黒マグロにこだわる店が多いのはそれがブランドだからだ。日本人の間では最高級のマグロと言えば黒マグロという意識が根強く、有名店でもクオリティーに目をつぶって、蓄養の黒マグロを提供しているところが多いそうだ。
また、日本国内では南マグロは黒マグロに続いて良いマグロとされるのが一般的だが、黒マグロより南マグロの方を好む人もいるという。いずれにしてもせっかくオーストラリアにいるのであれば、天然の南マグロを試さない手はない。もちろん、南マグロの季節以外にもメバチ・マグロやキハダ・マグロなど他の天然マグロが手に入る。キハダ・マグロは色などが変わりやすい南マグロと比べて日持ちの良さなど勝る面もあり、赤身ではキハダが好きという声も聞く。いろいろな季節のマグロを食べ比べてみると良いだろう。
タスマニアの地で育まれた養殖サーモン
オーストラリアの魚屋の店頭には数多くのサーモンが並んでいる。もちろん1匹丸ごと買うこともできるが、切り身の状態で買うのが一般的だ。また、スーパーの店頭でもパック詰めされたサーモンの切り身が売られており、また生の魚を置いていないような僻地のスーパーでも、少なくともスモーク・サーモンであれば手に入る。
また、パブなどで魚料理と言えば、白身魚のフィッシュ&チップス、もしくはサーモンのグリルなどというのが定番だ。そのような状況を鑑みるに、サーモンはバラマンディーなどと並んで当地で最もポピュラーな魚の1つと言っても過言ではないだろう。実際、オーストラリアを訪れる日本人の間ではしばしばオーストラリアのサーモンはおいしいという話題が飛び交う。すしネタで好きなネタを問えば、炙りサーモンを上位に入れる人も多いのではないだろうか。
オーストラリアで出回っているサーモンはそのほとんどは実はタスマニア産の養殖物だ。サーモンは寒冷な土地で生きるため、日本では北海道のサーモンが注目されるが、タスマニアの気候は北海道のそれに近く、その水や空気は世界一クリーンだとも言われている。その地で養殖されたサーモンが大変美味となることは容易に想像できるだろう。
日本国内で食べられるサーモンはそのほとんどがノルウェー、チリ、カナダなどからの養殖物。中でもノルウェーはサーモンの養殖が国を支えるレベルにまで発展しているとも言われ、その養殖技術は非常に高く、オーストラリアの養殖業者もその技術をノルウェーなどから買っているという。
だが、一方でノルウェー産のサーモンなどはその市場が世界中に広がっていることから大量生産、大量輸出を余儀なくされており、しばしば環境汚染や有害物質の混入などが話題として取り沙汰される。また、それにより味に疑問が持たれることも少なくない。
オーストラリアのサーモンの養殖は世界規模で見るとまだ小さいが、その環境の良さからサーモンの質は「世界に通用するおいしさ」(石井氏)だという。日本のフード・エキスポなどでもタスマニア産サーモンの評判は非常に高いそうだ。
オーストラリアのサーモン養殖ではタサル(Tassal)とヒューオン(Huon)という2社が代表的な業者として名前が上がる。業界最大手のタサルは国外市場にも積極的に輸出していることもあり、養殖規模が大きい一方で、地元では養殖場の中のサーモンの数が規定値を超えていることで酸素不足になっているなど、環境への配慮に関して抗議の声も上がっている。ABC放送の番組でドキュメンタリーが作られたこともあるが、その真相は明らかにはなっていない。いずれにしても事業規模が大きくなるとこのような問題が出てくるのはノルウェーの事例と同様だろう。
一方、ヒューオンは環境に配慮することと国内市場を守ることを考え、一部、タスマニア産サーモンのニーズの高い日本国内のエリアには輸出しているが基本的には全て国内で流通させているという。スモーク・
サーモンやパックされている切り身などにはそれぞれの会社のロゴなどが入っているので、味の食べ比べなどをしてみてはいかがだろうか。
なお、魚の外見は違うものの切り身の見た目がサーモンとほとんど同じオーシャン・トラウトという魚がある。日本ではなじみがないためサーモンと混同している人も多いのではないだろうか。これは海で養殖されたニジマスで非常にサーモンに近い味わいながら、より味や脂が濃いと言われておりサーモン以上に好む人が少なくないという。ぜひそちらとも食べ比べてみてはいかがだろうか。なお、シドニー在住の日本人シェフ・和久田哲也氏が立ち上げ、今や世界的に有名なレストランの1つとなっている「Tetsuya’s」のシグニチャー・ディッシュはこのオーシャン・トラウトを使った一品となっている。
また、言わずもがなかもしれないが、魚屋で実際に魚を買う際には何より鮮度の高い物をしっかりと選ぶようにしよう。魚の中には海水が入っているが、古くなってくるとそれがドリップとして表に出てきてしまい味も鮮度もぐっと落ちてしまう。身がだらりと柔らかいように見えるものも古くなっていると判断して差し支えない。一方で、サーモンは日持ちする魚でもあるので、切り身ではなくあえて1尾丸ごと買ってさばくのも手だ。購入する際に頼めば魚屋で3枚におろしてもらえるのでその状態で持ち帰り、調理すると良いだろう。
次からは実際にマグロの柵やサーモンを1尾買った場合の処理や切り方など、実際に自宅で調理をする際のコツなどを、シドニー北郊クローズ・ネストにある日本食レストラン、華樹林の松谷朋之シェフに実演頂き、アドバイスを交えながら紹介していきたい。
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