ワーホリでオーストラリアに来て18年、私は10年前に夫とぶどうのファーム経営を始めました。人生のほぼ半分をオーストラリアで生活し、私の人生は、ワーホリに来た時から始まった気がします。本連載を読んでくださる方々は、きっと海外やオーストラリアに興味があると思います。今回は、私が海外で生きてきて思うことをつづり、本連載の最終回とさせて頂きます。
私は日本ではアパレル企業で正社員として働きました。新人から店長まで昇進し、東京でひとり暮らしをしていた私は、何となく「海外に住んでみたい」と憧れる気持ちが強くなりました。このままで良いのだろうか。平和過ぎる生活をしていた私。同じように思う人は多いのではないかと思います。安定した生活を何となくという理由で手放すことに反対する親を前に、私は半ば勢いでオーストラリアに渡りました。
あれほど偉そうに店長として仕事をして、ひとり暮らしで誰にも頼らず生活し、立派な大人だと思っていた私ですが、オーストラリアに来て衝撃を受けました。日本では、しっかりと自立していたと思っていた私は、オーストラリアでは何もできなかったのです。車が壊れれば父に連絡し、料理が分からなければ母に聞くなど、分からないことがあれば、誰かに聞いて解決してきました。オーストラリアに来た当初は英語が話せず、電話の内容が全く分からず予約もできない。車がなくて行きたい所に行けない。まるで3歳児みたいでみじめでした。
私の夫もオーストラリアでは「外国人」。そのころはまだ結婚せず、付き合っていたのですが、2人でオーストラリアで生きるために必死で毎日を過ごしました。私は、ビューティシャンの資格を取り、サロンで働き始めましたが、私が電話対応をした際、ネイティブの英語ではないので、切られることも多かったです。電話の向こうでは「どこかの中華料理屋さん?」と思ったかもしれません。そういう小さな出来事が辛いと感じました。マルチカルチャーのオーストラリアでも、差別はあるし、英語力で言うとはネイティブに比べて完全に不利で、私は見た目だって明らかにアジア人です。
そうした日々を送りながらも、10年前に夫がファームをセレブ買いしました。「おれは貧乏か金持ちのどちらかで良い」ととんでもないことを言い出したのです。それでもファームを買ってしまったのでやるしかない。私たちには、やるかやらないかの選択肢はなく、やるしかなかったのです。そこから私たちのぶどうファームズが始まりました。
妊娠中だった私は、つわりがひどい日も、出産の前の日まで働きました。娘を出産しても10日後には、ぶどうのピッキング。4年くらいはまともに寝ることがありませんでした。死に物狂いで働き、人生で一番苦しかったと言えます。貧乏で、今でもこの時のことを思い出すと涙が出ます。娘をおんぶして、泣きながらシャベルで穴を掘っていたことは、思い返しても胸がギュッとなります。でも、先日ファーム経営をして10周年を迎えました。これまでを振り返ると、今の私は一番幸せだと思います。
オーストラリアに来たことは、人生で一番良い決断でした。今の私が好きだからです。もちろん、不器用なので、普通の人より何度も壁にぶち当たっては、また壁が立ちはだかる日々を送りました。それでも、私が自分を一番褒めたいのは、人より頑張ったことです。「絶対にやってやる」と思って、毎日必死に生きていたこと。それは、誰にも負けない自信があります。どこの国に住んでも、外国人が、その国の人と同じ土俵に上がるには、並大抵ではない努力をしないといけません。オーストラリア人と同様の努力では負けてしまいます。
ビューティシャンをしていた時は、とにかく技術を磨いてお客さんに指名してもらえるように頑張っていたし、ファーム経営では、とにかく良いぶどうを作ること、オーストラリア人には負けないぶどうを輸出したいという気持ちを強く持っていました。
ファームを始め、母となり、女でアジア人、仕事は農業、全てがマイノリティーな私。いまだに、「女か」と言われたり、笑われたりすることもあります。これまで何度も怒鳴られました。だけど、私のコンプレクスだったマイノリティーは、今は武器となりました。「Made by Japanese」として、日本をメインにアジアにぶどうを輸出しています。私の18年のオーストラリア人生、ほとんど大変でした。でも、後悔は一切ありません。これからも、「何をしでかしてやろう」という野望だけは、大きく生きていきたいと思います。
Profile
松﨑絢子
葡萄ファームズ及びBudou Exportの経営者。オーストラリアVIC州で、生食用ぶどうを生産し、日本を中心とするアジアに輸出している。日本では大手スーパーマーケットで販売中。共同通信グループNNAオーストラリア発行の農業専門誌「ウェルス」で、「南半球でブドウを作る VIC州農園ダイアリー」も連載中。一児の母。
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