刑務所で経済学を教えるということ

今さら聞けない経済学

日本や世界の経済ニュースに登場する「?」な話題やキーワードを、丁寧に分かりやすく解説。
ずっと疑問だった出来事も、誰にも聞けなかった用語の意味も、スッキリ分かれば経済学がグンと身近に。
解説・文=岡地勝二(龍谷大学名誉教授)

第62回 刑務所で経済学を教えるということ

はじめに――

私は大学教師という職業上、さまざまな場所においてさまざまな人々に講義を致しております。例えば、各種団体、業界、協会を始め、小学校から高等学校まで、更に地方の団体へ赴き、日本経済の現状、例えばインフレ・デフレ、円高・円安、失業問題など幅広くお話を致します。小学6年生の教室で「皆さんは、お小遣いを誰からもらいますか?」と質問をしたことがあります。すると、大抵は「お母さんから」と答えます。そこで、「お母さんは誰からお金をもらいますか」と更に質問すると、「お父さんから」と答えます。

「お父さんは誰からお金をもらいますか」とまた質問すると、「会社から」と答えます。「会社は誰からお金をもらいますか」と質問すると、なんと「銀行から」と答える子どもがいます。最後に、「銀行は誰からお金をもらいますか」と質問すると、黙ってしまいます。

もしここで、「政府と人々」と答えた子どもがいたら、私はその子どもを抱きしめるでしょう。でも、子どもでもちゃんと身の回りの「お金の流れ」を理解しているのです。

そういえば、今から8年ほど前、シドニーの日本人商工会議所に招かれて講演をさせて頂きました。その「ご縁」で、日豪プレスに、もう5~6年もの間、記事を書く機会を頂くことになったのです。

このように、さまざまな場所で人々にお話しするのが、「大学教師」としての、いわば「仕事=義務」だ、と心得ております。しかし、いつ、どこに招かれても、どのような講義をしようか、と悩むことが多くあります。でも悩んだ分、講演がうまくいった時はとてもうれしく思います。

まして、聴衆者から「今日の話は良かったよ」と言って頂けると、たとえそれが「お世辞」と分かっていてもうれしく思います。そしてその都度、よーし、次回はもっと頑張るぞ、と自分を励まして帰ってきます。これが大学教授の「ささやかな喜び」でもあります。そんな中でも、初めて刑務所で講義をした時は何となく、他とは違った空気を感じましたが、それでも講義できることに喜びを感じました。読者の中には、きっと「えー、刑務所で経済学をテーマに一体何を話すのか」と不思議に思われる方もいらっしゃるかもしれませんね。無理もありません。

刑務所というところは世間から隔離されている場所ですので、そんな場所で、一体何を講義するのか、と不思議に思われるかもしれませんね。

刑務所で「円高・円安」を

私は、今から17年前の2003年1月から毎月1回滋賀刑務所にて、篤志面接委員という立場で収容者の皆さんに「経済学の話」を致しております。

最も、今年の春からは新型コロナウイルスの影響でお休みになっておりますが……。この仕事を引き受けたのは、京都の西本願寺の「偉いお坊さん」から、「どうですか、刑務所で経済学の講義をしませんか」とお声をかけて頂いたのがきっかけです。

その方は、教戒師という立場で、刑務所で受刑者の方々にお話をされていました。このような施設には、さまざまな人がさまざまな立場で「奉仕の仕事」をされています。人によっては、30年も刑務所で受刑者の皆さんに接しているというお方もいらっしゃり、その努力には深く頭が下がる思いが致します。

私自身は、月に1回刑務所に出掛けていき、1回につき1時間10分程度、出所が近くなった受刑者の皆さんに日本社会の現状についてお話しします。

受講される人数はその都度違っており、ちゃんとした刑務所内の受講室で黒板を背にして数10人の受刑者の方々にお話をするのです。皆さん、とても真剣に私の話に耳を傾けて下さいます。

時として、「円高と円安の違いが分かる人は?」と私が質問をすると、さっと手を上げて見事にその違いを説明して下さいます。

そんな時、私は本当に驚き、そして心からうれしくなります。そして、毎回講義が終わると受講していらっしゃる全員が起立して、「ありがとうございました」と深々と礼を申し上げて下さるのです。

人間とは、本当に不思議な行動をとるものです。刑務所で、月に1回、それもわずか1時間余りの時間ですが、受刑者の人々と接し、その都度私の講義を受けて下さる人々からは、なぜこのような方が刑務所という場所に、それも長期にわたって収容されているのかと、本当に不思議に思うことがあります。

基本的に、私は講義を受けている収容者の方々とは「会話」はできないことになっているのですが、経済学という学問は、一方通行では成り立ちません。つまり、疑問・質問があって初めて成り立つ学問なのです。そこで私は刑務所でも講義中、受刑者の方々にさまざまな経済に関する質問をします。

そういえば、「アベノミクスとは何か」という質問をした時、それが言われるようになった由来などについて見事に答えて下さったお方がいらっしゃいました。私は、刑務所という場所をもわきまえず、本当にうれしくなり、思わずそのお方と握手をしようとしました。でもそのような行動は、当然認められていません。その代わりに、口頭にてとても大きなお褒めの言葉をお伝えしました。すると、そのお方もうれしそうに喜んで下さいました。

人間の「情」は、いつ、いかなる時でも場所でも通じあえるものだと身をもって知りました。

刑務所の実態

私が関係している滋賀刑務所は、地方にあるせいか収容者は1,000人未満で規模的にはそんなに大きくありません。初犯の方々が中心ですし、その実態も、窃盗が34パーセント、覚醒剤が25パーセント、更に殺人が数パーセント程度といった規模の刑務所施設です。私は、近頃なぜ覚醒剤の犯罪が増大するのか不思議で仕方ありません。講義を通して、覚醒剤で入所している人々と接してきましたが、とても社会的に適応力があるように私には見受けられます。

ここで収容されている人々にぜひ、1日も早く社会へ出て、日本の社会の充実に貢献して頂きたい気持ちでいっぱいです。私が長く刑務所という場所で講義をしてきて体得した知識は、人間とは本来「皆一緒」であり、本質的な悪に走るような人はほんの一握りの人でしかない、ということです。講義から帰りの電車の中で、なぜか疲れも忘れ、いつもすがすがしい気分に浸ることが常となっています。


岡地勝二
関西大学経済学部卒業。在学中、ロータリークラブ奨学生としてジョージア大学に留学、ジョージア大学大学院にてM.A.修得。名古屋市立大学大学院博士課程単位終了後退学。フロリダ州立大学院博士課程卒業Ph.D.修得。京都大学経済学博士、龍谷大学経済学教授を経て現在、龍谷大学名誉教授。経済産業分析研究所主宰

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