第28回 Centro(セントロ)民事判決

第28回 Centro(セントロ)民事判決

ブレーク・ドーソン法律事務所
パートナー弁護士 イアン・ウイリアムス

豪州三井物産
リーガル・カウンセル 松浦華子

Q 在豪日系企業の取締役です。最近、Centro(セントロ)という裁判の話をよく聞きますが、この裁判では取締役の義務の何が問題となったのですか ?

A 連邦裁判所は2011年6月27日、オーストラリア証券投資委員会(以下「ASIC」)がセントロの元取締役8人に対して起こした民事訴訟の判決を下しました。本件は、以下の点に関する新たな指針を示しています。

・ 取締役が会社のほかの経営陣および監査人に依存できる範囲
・ 取締役に求められる財務・会計原則に関する理解能力の程度
・ 財務報告の評価に必要とされる取締役の知識の程度

 

1. 裁判の背景・事実

 セントロは、小売用不動産の投資・運営サービスを専門とする豪州の上場企業グループです。世界金融危機の結果、セントロの資金源確保能力と負債は株価に大きく影響しました。2007年9月にセントロがASICに提出した07年6月会計年度に関する財務諸表では、セントロは(1)一定の有利子負債(合計約21億ドル)を適切に流動負債として分類せず、(2)基準日後に締結された保証金(約17億5,000万米ドル)の情報が含まれていませんでした。ASICは、セントロの財務諸表は会計基準規則を遵守しておらず、取締役は、会社の財務状況について真正かつ公平な見解を示していないと訴えました。

 

2. 財務諸表に関する取締役の義務

2.1 責任の所在

 会社法(Corporations Act 2011(Cth))の295条では、財務報告書には、

・会社に支払能力があるかどうか
・財務諸表とその注記が会計基準に則っているかどうか
・財務諸表とその注記が会社の価値を適正に反映しているかどうか

に関する宣誓供述(declaration)が含まれなければならないとしています。判決は、取締役の財務諸表を承認する義務と権限は、例え有能かつ信頼できそうな人物でもあっても、他者に容易に移譲してはならないと述べています。

 

2.2 財務を理解する能力
 判決は、財務諸表上の流動負債・固定負債の分類や概念の意味は、会社の支払い能力の判断に関連することであり、財務諸表を読解する能力は取締役に必要であると述べました。

 

2.3 指示・監督する義務
 判決は、取締役には会社の業務の根本を熟知し、権限を委譲した人物に適切に指示するために事業活動の情報を常に得る義務があり、また会社の業務・方針を監視し、財務状況を熟知している必要があるとしています。また、取締役は会社の借入金の程度や返済時期について認知しているべきであるとも述べています。

 

2.4 取締役が他者に依存できる範囲
  取締役側は、(1)会社法180条および344条では取締役は職務の遂行に際して合理的な範囲で他者に依存することができること、(2)したがって、財務諸表が会計基準を遵守するようセントロの経営陣と外部監査人に依存したのは合理的であったこと、を主張しました。判決では、監査・会計は専門領域であるから、確かに取締役には(財務諸表の正確性と会計基準の遵守を目的に導入された)社内手続きに合理的に依存することができるが、取締役の会計報告に注意を払う義務は、他者に委任したり「放棄」したりすることはできない、と述べました。

 

2.5 強い関心と批判的な視点
  財務諸表は株主と株式市場にとって非常に重要な情報であるため、取締役には財務諸表に対し強い関心を払い、疑問を持って精査することが期待されています。判決は、財務報告書の審査には批判的な視点と細かい注意が必要であり、「形式的に」行ったり、経営陣・専門家に完全に依存したりするべきではない、と述べています。

 一方、取締役側は、取締役が探究心を持って財務諸表を検討できなかった理由として、別の複雑な問題に注意を奪われていたことや、「流動」負債を再定義した新会計基準の導入(※)の結果であることを主張しましたが、裁判所は認めませんでした。

 判決では、取締役が誤った点は、各取締役が既存の社内手続きと社外監査役らに完全に依存し、情報が大局的に持つ意味を自ら考察しなかったことである、とされました。

※以前の豪州会計基準(AASB 1040)では、流動負債は、「報告日から12カ月以内または会社の通常の営業過程で決済されると思われる負債」と定義されていましたが、新規に導入された豪州国際財務会計基準(AASB101/AIFRS)では、「決済日が報告日から12カ月以内の負債」または「会社が最低12カ月間の返済延期無条件権利がない場合のあらゆる負債」と定義されています。

 

2.6 情報量の管理
  ASICは、セントロの負債の支払い期日に関する情報は、過去に取締役に提供された情報であることを指摘しました。これに対し取締役側は、「ASICが言及している文書は取締役会に以前提供された1,180頁ある文書の内、たった1、2頁である(そして、当時取締役会で行われた説明では、その情報は特に目立つものではなかった)」と反論しました。

 判決は、取締役に提示された情報の量と複雑さは、取締役がセントロの負債の支払い期日を知っていたか、あるいは知っているべきだったかどうかの判断とは関係ないと述べ、さらに取締役会は提示される情報量を操作できるはずであり、情報過多は避けられたと述べています。情報量の多さと複雑さは、財務諸表を正しく理解できなかったことの理由にはならず、重要性の低い文書については理由になるとしても、財務諸表ではなり得ないとしました。

 

3. 判決

 会社役員が会社法に基づく義務を違反した場合、違反の種類・程度により、罰金、(会社の役員としての)資格停止(disqualification)、または禁固などの刑事・民事罰が適用されます。

 本件では、取締役全員に対し、財務報告に関する義務を遵守するための適切な方法を取らなかったとして注意義務違反があったことが宣告され、原告(ASIC)の訴訟費用の一部支払いが命じられました。また、さらに元CEOは3万ドルの罰金支払命令、元CFOには2年間の役員資格停止が命じられましたが、そのほかの非常勤取締役 (non-executive directors)については、彼ら自身の評判 の失墜とASICの訴訟費用の支払命令で十分であるとしました。

なお、上記判決にあたっては、

・取締役側には個人的利得、不正、虚偽はなく、情報の隠匿もなかったこと
・過去に不正行為や無謀を繰り返した記録はないこと
・各取締役は責務遂行を怠ったことを自覚し、財務諸表上の誤りを認識できなかったことに遺憾の意を表明したこと

 が考慮されました。これらの要因がなかったら判決はより厳しいものだったかもしれません。

※本記事に関する意見・質問は下記まで。
イアン・ウイリアムス Email: ian.williams@blakedawson.com
松浦華子 Email: Ha.Matsuura@mitsui.com

新着記事

新着記事をもっと見る

NICHIGO CHANNEL

新着イベント情報

新着イベントをもっと見る