第33回 就業形態の弾力的調整(Flexible Working Arrangements)を求める権利

教えて! オーストラリアの企業法務

第33回 就業形態の弾力的調整(Flexible Working Arrangements)を求める権利

ベーカー&マッケンジー法律事務所
パートナー弁護士 リチャード・ラスティグ(左)
シニア・アソシエイト エリザベス・タイスハースト(中)
シニア・アソシエイト 辻本哲郎(右)

Q オーストラリアでは、子どもを持つ労働者は、雇用者に対して就業形態の変更を請求する権利を有すると聞いていますが、当該制度の概要および企業として留意すべき点について教えてください。

A オーストラリアでは2010 年の初めより、「Fair Work Act 2009」(以下、「フェア・ワーク法」)の下で、就学年齢未満の子どもの親またはその養育者である労働者は、就業形態の弾力的調整(Flexible Working Arrangements)を雇用者に対して請求できる権利を有することとなりました。もっとも、当該請求権が行使されたとしても、雇用者は変更を絶対的に義務付けられるものではなく、また現時点では雇用者による請求拒絶を争う手続きも存在しないため、同権利は抽象的な権利に過ぎないと捉えられがちです。しかしながら、労働者は現在の法制度下においても一定の対抗手段を有しており、また、未だ審議段階ではあるものの、当該権利を強化する方向での法改正も現在議論されております。

企業としては、労働者から同請求が行われた場合、法に従った適切な対応を行うことが必要となります。

(1)就業形態の弾力的調整とは

就業形態の弾力的調整を請求する権利は、フェア・ワーク法の「National Employment Standards」に規定されているものであり、子どもの親または養育者として一定の資格要件(以下(2)参照)を満たす労働者は、その養育責任を果たすため、雇用者に対し就業形態を変更することを請求できるとされています。

この点、フェア・ワーク法は、具体的にどのような形の変更を請求できるのかについて明確に規定していませんが、関連する下位条項の注記において、例えば、就業時間の変更、就業パターンの変更、就業場所の変更などが具体例として挙げられています。なお、実務上は、フルタイムからパートタイムへの変更も、請求可能な就業形態の変更として取り扱われることが一般的です。

(2)請求権を持つ主体

フェア・ワーク法において就業形態の弾力的調整を請求する権利を有するのは、以下に該当する子どもを持つ親またはその養育者のみであり、例えば高齢者やその他障害を持つ成年家族を介護する必要がある労働者に対しては、権利として認められていません。

・就学年齢未満の子ども・18歳未満の子どもで障害を有する者

また、上記に加え、請求可能な労働者の資格要件として、(i)最低12カ月間継続して雇用者の下で就業していること、または(ii)非正規の従業員の場合には、最低12カ月間、定期的かつ系統的に雇用者の下で就業しており、また同形態で引き続き雇用されることが合理的に見込まれること、のいずれかが必要となります。

(3)請求手続き

上記(2)の要件を満たす場合、労働者はいつでも雇用者に対して請求を行うことが可能です。当該請求は書面で行われる必要があり、また当該変更を求める理由の詳細についても記載する必要があります。

雇用者は当該請求から21日以内に労働者に対して回答を行わなければならず、また、仮に同請求を拒絶する場合には拒絶理由についても記載する必要があります。

(4)雇用者による拒絶が可能な場合

雇用者は、フェア・ワーク法上、「合理的なビジネス上の理由がある場合」においてのみ、労働者からの請求を拒絶することが可能とされています。法は「合理的なビジネス上の理由」が何なのかについて明確な定義は置いていませんが、法案の注釈によれば、以下のような場合が該当するものとされています。

・雇用者の事業や職場環境に係る経済的な悪影響、そのほか効率性、生産性、顧客サービスなどへの悪影響

・既存の従業員の再配置や代替要員の確保の困難性

・当該要求に従った便宜を提供することの実施困難性

(5)請求拒絶を争う方法

前記の通り、雇用者は、「合理的なビジネス上の理由がある場合」においてのみ労働者からの同請求を拒絶できますが、フェア・ワーク法は当該雇用者の拒絶決定に対する労働者の直接的な異議手続きを規定しておりません。

ただし、現在の法制度下においても、労働者は以下のような手段により救済を求めることが可能です。

 

①フェア・ワーク法上の「Adverse Action」または差別禁止法上の「差別」への該当性

フェア・ワーク法の第351条は、人種、皮膚の色、性別、性向、年齢、身体的・精神的障害、婚姻の有無、介護責任の有無などを基準とした労働者の不当な取扱い(adverse action)を禁止しています。

また、連邦または州の差別禁止法においては、人種、皮膚の色など、同じく特定の性状を根拠とした差別的な取り扱いが禁止されております。

したがって、労働者は、仮にそのような差別的事情に基づいて拒絶されたと考える場合には、前者を根拠とする場合には「Fair Work Australia」に対し、また後者を根拠とする場合には「Australian Human Rights Commission」または州の差別禁止機関に対し、救済を求めることが可能です(ただし、両方を同時に根拠とすることはできません)。

②フェア・ワーク法上の「Unfair Dismissal」(不当解雇)への該当性

拒絶された際の状況次第では、従業員が退職した上で、拒絶されたことにより就業が困難となり事実上解雇された(constructive dismissal:雇用者の行為によって従業員が強制的に辞めざるを得なくなった場合を言います)旨を主張し、不当解雇であるとして「Fair Work Australia」に対して救済を求めることができる場面もあり得ます。

③VIC州の「Equal Opportunity Act」による保護

VIC州では、その州法である「Equal Opportunity Act」により、より広範な就業形態の調整請求権が認められています。具体的には、同法の第19条は「雇用者は、ある従業員の就業形態に関連して、当該従業員が親または介護者として有する責任を果たすために必要な便宜の提供を、不合理に拒絶してはならない」と定めており、請求資格としての子どもの年齢制限もなく、また、家族以外の者の介護に対しても同法が適用され得ることとなります。そして、同法に違反する形で請求が拒絶された場合、労働者は「Victorian Equal Opportunity and Human Rights Commission」に対して救済を求めることも可能とされています。

(6)雇用者としての留意点

仮に労働者から上記弾力的調整請求権の行使を受けた場合、雇用者としては、以下の点に留意して対応する必要があります。

・法の要請に従い21日以内に書面回答を行う。

・請求を拒絶する場合には、適切な拒絶理由が存することを確認し、明確に記載する。

・請求については一貫した対応を行い、差別的な拒絶は行わない。

また、社内規則として、許容される就業形態の変更内容および要件などを記載した「flexible work policy」を整備することも、検討に値すると言えます。

(7)同請求権が今後強化される可能性

上記就業形態の弾力的調整については、2012年2月13日に、グリーンズ(緑の党)から連邦議会に対して、以下のような形で労働者の権利を強化する内容の法案(Fair Work Amendment(Better Work/Life Balance)Bill 2012)が提出されております。

 

・原則として12カ月以上の期間就業するすべての従業員が同請求権を持つものとし、仮に同請求が要養育者や要介護者を持つ従業員(carer)からなされた場合には、雇用者は「serious countervailing business reasons」がある場合においてのみ、請求を拒絶することができる。

・雇用者により不当に請求が拒絶された場合、従業員は労働紛争調停機関である「Fair Work Australia」に対して当該救済を求めることができる。

法案は現在連邦議会の委員会にて審議中であり、成立するかどうかについては未だ不確定であると言えますが、企業としては、同制度をめぐる法規制の今後の動向についても、留意しておく必要があります。

 

※本記事に関する意見・質問は下記まで。

リチャード・ラスティグ   Email: Richard.lustig@bakermckenzie.com

エリザベス・タイスハースト Email: Elizabeth.ticehurst@bakermckenzie.com

辻本哲郎          Email: Tetsuo.tsujimoto@bakermckenzie.com

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