第35回 ジェームズ・ハーディー最高裁判決

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第35回 ジェームズ・ハーディー最高裁判決

ベーカー&マッケンジー法律事務所
パートナー弁護士 リチャード・ラスティグ(左)
パートナー弁護士 ジェームズ・ハリデー(中)
シニア・アソシエイト 辻本 哲郎(右)

Q 上場会社の役員(Officer)の責任が問われた「ジェームズ・ハーディー」という著名な裁判に関し、先般、最高裁判所(High Court)による判決が下されたと聞きました。本裁判において最高裁判所が確認した内容およびこれに関連して役員として留意すべき点があれば教えてください。

A 本事件では、上場会社が行った不正確な情報開示に係る会社役員の責任が問題となり、本年5月3日、最高裁判所は、控訴審では責任を否定された非常勤取締役を含め、市場での情報開示について役員が厳格な責任を負うことを再確認しました。なお、最高裁判所は、当該判断の過程で、取締役会議事録の記載内容に強い証拠能力を認めており、また、役員が他職務を兼任している場合、行為の不可分一体性から、当該他職務に係る行為についても役員としての義務違反を問われる可能性があることを示唆しています。これらの点は、会社が上場されているかどうかを問わず、役員自身のリスク管理という側面からも、留意が必要な点であるといえます。

(1)事案の概要

オーストラリア証券取引所(ASX)に上場する建築資材製造業者のJames Hardie Industries Ltd社(以下「JHIL社」)は、アスベスト製品を製造する2つの子会社を有していたところ、アスベスト関連の疾病を患った当該子会社の従業員より訴えを提起されました。

2001年2月15日、JHIL社はアスベスト被害者の補償などを目的とした独立基金を設立し、同基金に対して資金供与および子会社2社の持分譲渡を行いました。そして、01年2月16日、JHIL社は同基金が「完全に資金供与されたものであり、人々に確実に補償を行えるものである」ことを公表しました。 その後、同基金の資金に重大な不足があることが判明し、オーストラリア証券投資委員会(ASIC)は、同公表内容が誤解を与える詐欺的なものであるとして、善管注意義務違反を根拠に、JHIL社の非常勤取締役を含む役員らに対して訴訟を提起しました。

同訴訟については09年4月に第1審判決が、10年12月に控訴審判決が出されており(当該内容については本Q&A第23回でも取り上げられております)、控訴審においては非常勤取締役の責任を否定する判断がなされていました。

(2)取締役会議事録の正確性および完全性の重要性

最高裁判所は、控訴審の判断を覆し、非常勤役員の責任を肯定しましたが、主要な争点の1つとして、実際に開示書面をJHIL社の非常勤取締役を含む役員らが承認したといえるかどうかが問題となりました。この点、一部取締役は、同開示書面について確認または承認したことはなく、また入手すらしていない旨を主張しましたが、1名を除く取締役が承認した取締役会議事録には、当該内容について審議し承認した旨の記載がなされていました。

役員らは、当該議事録の内容が不正確である旨を主張しましたが、最高裁判所は、取締役会議事録は取締役会の正式な記録書類であり、当該開示内容が承認されたことを示す証拠になるとし、このことは実際に公表された具体的な開示内容が、取締役会で審議されていた段階のものと異なる場合でも変わらないとしました。

当該判断は、取締役の職務遂行に関わる書面(とりわけ取締役会議事録)の正確性および完全性についての重要性を改めて認識させるものであり、役員に就任している者としては、以下の点について十分な留意が必要であるといえます。

・会議の場で審議されるすべての書面につき正確かつ完全なコピーを入手し、当該書面を確認および検討する適切な時間を確保する。

・会議での審議内容およびその効果について十分に理解し、何か疑問または懸念がある場合には、問題提起し、少なくとも何らかのアドバイスを求める。

・仮に上記のいずれかを履りせん践できない場合、決議に参加することを拒否した上で、議事録にその旨も記載させる。

・議事録を承認するよう求められた場合には、当該議事録を精査し、会議で検討された内容が、当該議事録において参照されている書面も含め、すべて正確に反映されているか確認する。

・実際に開示された内容に虚偽などを発見した場合には、実施可能な修正手続きを直ちに講じる。

(3)情報開示に関する社内規程の重要性

最高裁判所は、企業が情報開示をする際、その重要性によっては取締役会の承認が必要であることを確認するとともに、当該承認後に何らかの修正が加えられた場合においても、最終的な開示内容について取締役会が承認していたと看みな做されうることを確認しました。

同判断は、上場会社が、どの程度の重要性がある情報開示について(通常の業務執行決定のみならず)取締役会の承認を要するのか、また、仮に当該開示に取締役会の承認が必要とされる場合、いったん承認された開示内容を変更する必要がある際に、どのような手続きで、またどの程度の変更を加えることが可能であるのかについて、明確なルールを策定しておくことが重要であることを再認識させるものといえます。

(4)他職務を兼任している役員の責任の範囲

本裁判の中で、JHIL社のジェネラル・カウンセル兼秘書役(Secretary)は、本件開示の承認当時、自らは会社法上の役員に直ちに該当しないジェネラル・カウンセルの立場で行動しており、役員としての責任は負わないとの主張を行いました。

この点、最高裁判所は、行為の不可分一体性を理由に、役員である者が兼任職務として行った行為についても、役員の行為として責任の基礎に組み入れられると判断しました(つまり、別の役職に基づいて行った職務についても、役員としての責任を問われる可能性があります)。なお、会社法上、役員(Officer)には①取締役および秘書役、② 会社の業務の全体または重大な部分に影響を与える決定を行うまたはそのような決定に参加することのできる者、③ 会社の財務状態に重大な影響を与える権限を有する者などが含まれると定義されていますが、最高裁判所は、上記②の「決定に参加する」という定義についても広範に解釈しており、前記ジェネラル・カウンセル兼秘書役は、当該観点からも、役員としての責任を負う可能性が高いと判断されております。

(5)結語

本判決で、最高裁判所は、市場において投資家に虚偽の情報を与えた場合には、それを役員が意図したかどうかを問わず、またその作成経緯にどのような理由があったかを問わず、役員の善管注意義務が厳格に適用されることを示したといえ、近時の他ケース(Centro事件、Fortescue Metals事件など)における裁判所の立場とも一貫性があるものといえます。

企業の役員として活動する者は、取締役会議事録などの書類の重要性を再度認識するとともに、他職務を兼職する場合には、当該他の役職に基づく行為についても、役員としての責任を問われうることに留意する必要があります。

また、企業としては、役員の善管注意義務がこのように厳格に追及される中で、仮に自社が同様の訴訟に巻き込まれた際に莫大な訴訟費用をカバーしうる適切な保険を付保しているのかについて、再確検証しておくことが望ましいといえます。

 

※本記事に関する意見・質問は下記まで。

ベン・マクラクラン   Email:Ben.McLaughlin@bakermckenzie.com

ジェームズ・ハリデー Email: James.Halliday@bakermckenzie.com

辻本哲郎      Email: Tetsuo.tsujimoto@bakermckenzie.com

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