
税務&会計 REVIEW
アーンスト・アンド・ヤング ディレクター
/ジャパン・ビジネス・サービス 裕子カーンズ
移転価格税制アップデート
新事前確認制度ガイドラインおよびグローバル事業再編に関わる移転価格作成文書について
ATOは今年3月、APAの方針や手続きに関するガイドラインである税務通達TR95/23に代わるものとして、法律施行に関する実務指 針(Practice Statement Law Administration PSLA2011/1)を発表しました。これによりAPA申請手続きがより合理化され、納税者にとってより明確なものとなりました。今月は、当実務指針と、同時期に発表されたグローバル事業再編成に関する税務通達の2つについて説明します。
海外関係会社間取引に関わる税務上の移転価格リスクを削減する1つの手段として、事前にオーストラリア国税庁(ATO)と関係会社取引の取引価格やマージンについて独立企業間価格を合意する事前確認制度(APA)があります。APAは今まで締結にかかる時間とコストがある意味でのハードルとなり、その利用は主に大規模事業納税者に限られていました。
しかし、今年3月に発表された実務指 針において、基準形式APA(“Standard APA”)のほかに略式APA(”Simplified APA”)と複雑なAPA(”Complex APA”)の2種類の新しいカテゴリーが導入され、略式APA手続きの選択が可能な中小規模納税者や海外関係会社間取引が一定額以下の納税者は、略式APA手続きを選択することが可能となり、今後APAがより利用しやすくなったと言えます。
すべてのAPAは納税者とATO間で合意するケース・プランに基づいて進められます。当該ケース・プランは、協議スケジュールや必要情報などを含み、納税者とATOが対象ケースに関わる問題点や分析の優先順位などについて共通の理解を構築するメカニズムとして重要な役割を果たすことが期待されます。
ATOがリスク差別化体制(Risk Differentiation Framework)に基づくコンプライアンス体制を取っており、リスク評価の結果に応じて納税者のリスク格付けを行っていることは、本紙昨年12月号でご紹介いたしました。新APAガイドラインにおいては、納税者はAPAプログラムに参加することにより、リスク評価をより低くすることが可能としています。
略式APA(Simplified APA)
略式APA申請は所定の様式を用いて行わなければなりませんが、その際通常求められている移転価格文書の基礎的な部分である機能分析および業界分析に関する文書の提出が必要です(通常のAPA申請の場合、指定された様式がありません)。また、流通販売業やサービス業については、ATOが提供する利益率のベンチマーク分析を利用することも可能となります。ATOの分析結果を利用するのは任意であり、利用するか否かは納税者の事業が業界における一般的な事業内容を反映するものであるか、そして、APAにより得ようとしている結果との整合性などを考慮して判断する必要があります。しかし、この略式APAプロセスはATOとオーストラリアの納税者間のみの合意のもとに締結される一国間(Unilateral)APAに限られます。
当該プロセスを利用できるのは、以下のテスト1、テスト2のいずれかを満たす納税者となります:
テスト1 | 年間総売上高が2億5,000万ドル未満 |
テスト2 | 年間総売上高が2億5,000万ドル超であ るが海外関係会社取引について以下の条 件を満たす: i. 商品の売買取引が年間1億5,000万ドル未満 ii. 日常的なサービス取引が年間5,000万ドル未満 iii. 無形資産取引が年間1,000万ドル未満 |
複雑なAPA
海外関係会社間取引がより複雑で多額の利益移転が伴うケースや納税額への影響が多大である場合など、より複雑であると判断されるケースの場合には、移転価格だけでなく、そのほかの付帯的税務事項(Collateral issue)についてAPAプロセスの一環としてATOとの協議を行うことが可能となりました。
例えば関係会社取引に関わる恒久的施設問題、キャピタル・ゲイン税問題、被支配海外法人(Controlled Foreign Company = CFC)問題や租税回避防止規定(Part IVA) 問題など、実際にAPAの合意内容には含まれませんが、APAのケース・プランの一部として問題解決に臨むことができます。
事業再編に関わる移転価格リスク 管理および文書化
海外取引に関する事業再編の税務リスクを軽減したい納税者にとって歓迎されるべきニュースとしては、上記新ガイドラインのもと、事業再編を行っている納税者のAPA申請も一般的に認めるとしている事が挙げられます。また、事業再編に伴い発生するそのほかの付帯的税務事項についてもAPAの一環として非公開通達 (Private Binding Ruling)などの形で事前確認が可能となり、APAの利用がより魅力的になったと言えます。
また、海外関係会社との取引を伴う事業再編に関しては、通常の海外関係会社取引同様に移転価格作成文書が必要であることが、今年2月に発表された税務通達TR2011/1において確認されています。
通達において「事業再編成」とは、多国籍企業がその事業における機能、資産およびリスクを他国に移転することと定義しています。この定義上、大規模な事業再編成だけでなく、オーストラリアでの事業の一部のいかなる移動も事業再編成となり、例えば管理部門機能や関連サービス活動の海外移転、営業やマーケティング活動の海外移転なども対象となります。
当該通達においてATOは、事業再編成に関する移転価格文書は通常の関係会社間取引について税務通達TR98/11において要求されている程度以上のものは必要ないとしていながら、考慮されるべき項目として数多くの追加的分析を挙げています。これらの分析内容についてATOは、基本的にはOECDのガイドラインを顧慮しています。ただし、OECDが事業再編の結果自体が独立企業間原則に基づくものであるかに焦点を当てているのに対し、ATOは独立関係にある当事者が実際にこの事業再編を行ったであろうかどうかまで考察する必要があるとしている点が異なります。これは、現在上訴中であるSNF Australiaの判決におけるATOと裁判所間の見解の違い(本紙2010年11月号参照)につながるものです。
作成文書上分析が必要な項目には以下が含まれます:
・実際に行われた事業再編がオーストラリアの企業にとって商業的な結果をもたらすものであった事を証明するために、グローバル・グループとは別の単体法人と仮定した上で、事業再編方法としての各代替案についての費用対効果分析。
・オーストラリアの企業からなんらかの便益が供給されたか、そして以前の取決めに代わって新しい取決めに合意する際に独立企業間の場合補償(Exit Charge) を求めたであろうかの検討。
通達の影響とその適用範囲
当該通達は多国籍企業に今後幅広い影響を及ぼすことが予想されます。「アーンスト・アンド・ヤング2010年度グローバル移転価格調査」によると、多国籍企業の過半数は2006年以降事業再編成を行っており、75%以上の多国籍企業親会社は2010年から2012年の間にサプライ・チェーンに関して何らかの見直しを行う予定であると回答しています。
また、当該通達は今後の事業再編成だけでなく過去の取引にも適用があり、過去の事業再編に関しても移転価格文書作成への対応が必要となります。そして、グローバル・グループの事業再編成について、オーストラリアにおける税務的影響の検討を忘れてはならない旨をグローバル・グループの税務責任者レベルで認識する必要があります。
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