「包括利益計算書」の導入

シニア・マネジャー 森部裕次KPMG会計事務所
シニア・マネジャー 森部裕次


「包括利益計算書」の導入


 国際会計基準およびオーストラリア会計基準の改訂により、2009年1月1日以降開始事業年度より「包括利益計算書(Statement of comprehensive income)」が導入されることになった。本稿では、「包括利益計算書」が導入されるに至った経緯および「包括利益計算書」の概要について説明する。


IASBの財務諸表の表示に関するプロジェクト
 国際会計基準審議会(IASB)と財務会計基準審議会(FASB)において、国際財務報告基準(IFRS)と米国会計基準の差異を解消するべく、多数の収斂プログラムが進行中である。それらのプロジェクトの1つとして、IASBは企業の財務業績を投資家などに示す財務諸表のあり方をめぐり、「財務諸表の表示」プロジェクトを進行させている。
 このプロジェクトは、当初、業績報告に関する基準書の策定を目的とするものであったが、業績報告に関連するものから財務諸表の表示全般に関連するものへと拡大され、プロジェクトの呼称も「業績報告」プロジェクトから「財務諸表の表示」プロジェクトに変更された。「財務諸表の表示」プロジェクトは2つのセグメントに分けて進められる予定であり、このうちの第一段階(セグメントA)の成果として、2007年9月に国際監査基準(IAS)第1号(オーストラリアにおいてはAASB 第101号)が改訂され、「包括利益計算書」が導入されることとなった。
IAS第1号/AASB第101号の改訂による基本財務諸表の変更
 IAS第1号およびAASB第101号の改訂により、財務諸表の構成は表Aのように変更される。
 主な変更点は、以下の2点である。
1)所有者持分の変動と非所有者持分の変動を明確に区別し、所有者との取引(配当、増資および株式の買戻しなど)の結果生じた持分変動を「持分変動計算書」に、所有者との取引以外の結果として認識されたすべての持分変動を「包括利益計算書」に集めて表示する。なお「包括利益計算書」は、包括利益の算定までを単一の損益計算書に示す方式(一計算書方式)と、包括利益のうち純利益の算定過程を示す計算書(損益計算書)を別に作成する方式(二計算書方式)とを選択することができる。
2)「貸借対照表(Balance Sheet) 」の名称を「財政状態計算書(Statement of Financial Position」に変更した。なお、会計方針の変更、誤謬の修正または項目の組替えを行った場合は、比較対象期間の期首における「財政状態計算書」の開示も必要となる。
表A
改訂前
・ 貸借対照表
・ 損益計算書
・ 株主持分変動計算書
  (以下のいずれかを示すもの)
 - 株主持分のすべての変動
 - 株主と資本取引および株主への
    分配以外の原因による株主持分の変動
・ キャッシュ・フロー計算書
・ 注記
改訂後
(一計算書方式)
・ 財政状態計算書
・ 包括利益計算書(損益計算書項目を含む)
・ 持分変動計算書
・ キャッシュ・フロー計算書
・ 注記
(二計算書方式)
・ 財政状態計算書
・ 損益計算書
・ 包括利益計算書
・ 持分変動計算書
・ キャッシュ・フロー計算書
・ 注記
純利益と包括利益: 包括利益計算書の2つの表示方式
 従来、企業業績のボトム・ラインは損益計算書の純利益によって報告されてきた。一方で、時価会計が加速していくのにつれて、純利益を計上することなく純資産を増減させる評価項目の金額的重要性が増加しており、純利益だけではなくこうした評価項目を合わせた包括利益の概念が発生し、米国においては純利益とは別に包括利益を報告することが制度化されている(なお、包括利益のうち純利益以外の項目を「その他の包括利益」と定義している)。
 IASBが「財務諸表の表示」プロジェクトの中で当初考えていたのが、損益計算書を完全に廃止し、包括利益計算書を単一の業績報告のための計算書(一計算書方式)とすることであった。この一計算書方式の下では、包括利益を業績報告におけるボトム・ラインの指標とし、従前の業績報告のボトム・ラインであった純利益は、包括利益の構成要素となることを意味する。この包括利益を最終的な利益と捉える概念は、IASBが概念フレーム・ワークの中で採用していると考えられている「資産負債アプローチ」による収益および費用の概念と合致する。資産負債アプローチの下では、収益および費用は資本取引を除く資産および負債の期首と期末の変動差額として認識される。そして、実現に基づく純利益とその他の包括利益の区分は「経営者の裁量」によって左右されるものであり、情報利用者の意思決定を誤道する可能性が高いので、会計的認識基準としての実現を全面的に否認し、利益指標を包括利益に一元化することによって、業績情報の「予測価値」を高めるべきであるというのが、当初のIASBの基本的な考え方であった。
 しかしながら、この一計算書方式に対して、業績指標としての純利益の存在意義を重要視する財務諸表の作成者サイドからの反対意見が多くあり、最終的には二計算書方式も選択できることになった。二計算書方式は、純利益をボトム・ラインとする「損益計算書」を作成した上で、純利益から包括利益に至る計算過程をまとめた「包括利益計算書」を別個に作成する方式である。この二計算書方式の下では、包括利益を企業の業績尺度として位置づけているものの、一計算書方式よりも純利益が強調されることになる。すなわち、二計算書方式は、純利益と包括利益とが性格の異なる業績指標であることを明確にし、両者が混同されることを避けることが意図された様式であると言える。
 純資産の変動要因とその変動項目が記載される計算書の関係を図示すると以下のようになる。
純資産の変動要因とその変動項目が記載される計算書の関係

その他の包括利益の項目
 時価会計の加速につれ、従来取得原価などで評価されてきた資産・負債項目が、会計基準の改定により公正価値で評価することが要請されるものが増えてきている。そして、その中には、純利益を計上することなく公正価値まで帳簿価額を増減させるものがある。それらの項目が、その他の包括利益を構成し「包括利益計算書」上にその増減金額が記載されることになるが、現在のIFRSおよびオーストラリア会計基準においてその他の包括利益として計上されるのは、以下の5項目である。
1) 再評価剰余金増減額
 有形固定資産の評価については、原価モデルと再評価モデルとを選択することができる。再評価モデルを選択し、再評価により帳簿価額が増加する場合には、純利益を通さずに評価差額を認識する。
2) 在外事業体の外貨換算差額
 連結財務諸表の作成に際して、海外事業の外貨建て財務諸表を親会社財務諸表の通貨に換算する。換算することにより生じた為替差額の変動については、純利益を通さずに換算差額を認識する。
3) 売却可能金融資産の評価損益
 売却可能金融資産に分類される金融資産の中で公正価値があるものは時価評価する。時価評価の結果生じた評価差額は純利益を通さずに認識する。
4) キャッシュ・フロー・ヘッジの評価損益
 キャッシュ・フロー・ヘッジ目的のデリバティブ取引がヘッジ会計の適用要件を満たす場合は、ヘッジ手段が時価評価された際の評価差額は純利益を通さずに認識する。
5) 退職給付会計における保険数理差損益
 退職給付会計により発生する保険数理差損益について、企業が発生した年度に保険数理差損益を認識する会計方針を採用している場合には、保険数理差損益を純利益を通さずに認識することができる。
 一般的に考えて、その他の包括利益の項目は金融市場や外国為替市場といった企業によって制御不可能な要因に起因して増減する部分が大きい。また共通して言えるのが、資産・負債を増減させる客観的な根拠はあるものの、それは実現したものではないということである。このように、制御不能でかつ不確定な項目を含む包括利益について、単一の業績指標として定義づけてしまうのは不適切と考えるのが多くの財務諸表の作成者サイドの意見であり、IASBも最終的には損益計算書を残す道を作った。
終わりに
 オーストラリアの各企業は、2009年1月1日以降開始事業年度(早期適用も可)より一計算書方式または二計算書方式により「包括利益計算書」を作成していくことになるが、計算書方式の選択は業績指標のどこに重きを置くかに通じるものでもあるので、その選択に際してはご一考されたい。


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