NSW、スリム・ダスティ生家、火事から救われる

農夫とボランティア消防隊員、迫る炎から守る

 NSW州北部ケンプシーの内陸、ヌラヌラ・クリークの木造の家はオーストラリアの国民歌手、故スリム・ダスティさんの生家であり、ダスティさんの遺族のカークパトリック一族が買い戻して以来修復が進められてきた。

 しかし、最近のブッシュファイアで生家の周辺まで火炎が迫ってきたため、危うく古い木造の建物も焼け落ちる寸前だったが、ダスティさんを尊敬する農夫や、急を聞いて駆けつけた郡部消防局のボランティアらの懸命の努力で生家は火事を免れた。

 ABC放送(電子版)が伝えた。

 生家は農場の中にあるトタン葺きの2寝室の小屋で、スリム・ダスティさんの父親が1915年から16年にかけて建てた家で、スリムさんは2003年にがんとの闘病生活の後、76歳で亡くなっている。その生家を救ったグレン・ダフさんは、「かなり強い西風が吹いていたため、炎がスリムの生家に向かってきたので、トラクターに積んである水タンクから水をかけて延焼を防いだ」と語っている。

 このヌラヌラ・クリークの生家は、オーストラリアの農村生活の魂を歌う国民歌手に敬意を払う大勢のカントリー・ミュージック・ファンが訪れる記念建造物になっている。

 今回も、ブッシュファイアがヌラヌラ・クリークに迫っていることを知って、生家の無事を案じたダフさんが30km離れた自分の農場から車を飛ばして様子を見に来た。

 ダフさんは、「私も家族も大きな責任を負っている。もし、生家に万が一のことがあれば大変なことになると思った」と語っており、駆けつけた時には火の粉と煙が生家を包み始めていた。そのわずか4週間前にはダフさんは自分の農場を火災から守るために必死で走り回ったばかりだった。

 火炎は自分一人では抑えきれないと判断したダフさんは隣の農場に走り、電話で助けを呼ぼうとした時に消防車が2台走り込んで来て生家に向けて走り去った。

 カークパトリック一族はダフさんや隣家の人々、郡部消防局消防士、国立公園局員らの必死の努力を賞讃している。

 ダフさんの母親は、「スリムは洪水や農村の暮らしは歌ったが、ブッシュファイアの歌は一つもなかった。彼の頃にはこの辺りにブッシュファイアが来ることはなかった」と語っている。
 火が生家を脅かしていた時、駆けつけた若い消防士がダフさんに、「心配ない。私達が消し止める。もし、スリム・ダスティの生家に万一のことがあれば、私のばあさんが私を射ちかねない」と語った。
■ソース
NSW bushfires threatened Slim Dusty’s childhood home but it was saved by efforts of farmer and RFS

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