ジョン・フェイ元NSW州首相死去(75)

2000年シドニー・オリンピック誘致功労者

 9月12日付ABC放送(電子版)は、ジョン・フェイ元NSW州首相(75)の死去を伝えた。

 フェイ氏は1992年から1995年まで保守連合政権を率い、2000年シドニー・オリンピックの誘致に貢献したことで知られている。

 グラディス・ベレジクリアンNSW州首相はフェイ氏の20年にわたる政治家としての貢献を、「フェイ氏は何世代にもわたって自由党党員の模範だった」と称賛し、州葬で功績に報いる考えを明らかにした。

 さらに、「シドニーがオリンピック主催都市に選ばれた発表のニュースでフェイ氏が飛び上がって喜びを表した場面を思い出す人も多いだろう」と語っている。

 1993年の発表の際にはフェイ氏はモンテ・カルロの会場にいて、当時のフアン・アントニオ・サマランチIOC会長が、シドニーが開催権を獲得したと発表すると、フェイ州首相は椅子から飛び上がって満面に笑みを浮かべ、隣にいた誘致委員長のロッド・マギュー氏と抱き合って喜びを全身で表していた。

 来週はシドニー・オリンピック開催20周年の日になる。

 また、1994年のオーストラリア・デーにチャールズ皇太子が来豪し、シドニーのダーリング・ハーバーでスピーチをした際にデビッド・キングが陸上競技用のスターター・ピストルを向けて空砲2発を発射した際にはフェイ氏が飛び上がってキングに向かって飛びかかり、数人で取り押さえている。

 スコット・モリソン連邦首相は、「フェイ氏の貢献でシドニー・オリンピックが開かれ、オーストラリアは1990年代の不況から脱出、希望と信念を国民に与えることができた」と語っている。

 フェイ氏はNSW州首相を務めた後、1996年にはマッカーサー選挙区から連邦議会に当選し、ジョン・ハワード連邦内閣で2001年まで金融相を務めている。

 アンソニー・アルバネージ連邦野党労働党党首は、「フェイ氏は非常にまっとうな控えめな人だった。誰に対しても、政敵に対しても敬意を表して対応するような人物だった。そのため、誰からも高い評価を受けていた。連邦議会で一人として敵がいたとは思えない。そういう人柄だった」と語っている。

 1950年にニュージーランドのウェリントンに生まれ、子供時代に家族とともにシドニー都市圏南西部ピクトンに移り住んでいる。1984年、キャムデン選挙区から州議会に入り、NSW州首相時代には、障害者福祉法を導入、シニアーズ・カードを設立、女性の地位担当相を決めている。また、2007年から2013年までは世界アンチ・ドーピング機関の会長を務めている。また、2002年には長年の議員活動を顕彰し、Companion of the Order of Australiaを受けている。
■ソース
Former NSW premier John Fahey, who helped bring the Olympics to Sydney, dies aged 75

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