ハラディン元無所属上院議員死去

最長議員勤続記録と清潔さで評価

 元TAS州選出連邦上院議員のブライアン・ハラディン氏が長年の闘病生活の末自宅で死去した。政界引退後この2、3年に何度か卒中に襲われていた。79歳。二度目の妻、子供13人、大勢の孫がいる。

 ハラディン氏は1975年に上院に当選して以来、6期36年務め、熱心なカソリック信者で議会でも反中絶、反ポルノの政論を貫き通したが、政策実績としては、テルストラ一部売却の見返りとしてTAS州への予算配分獲得の他、ウィク先住民族土地所有権協定を仲介した。

 SA州に生まれたが、1959年にTAS州に移住し、労組専従として労組労働会議を12年間にわたって率いた。しかし、1968年に、「労働党には共産主義者の仲間が入り込んでいる」と発言したため、労働党幹部会を外された。さらに、カソリック保守のA.B.サンタマリアが建党した民主労働党(LDP)に同調する発言をしたため、1975年に労働党社会主義左派がハラディン氏の除名決議を通した。イタリア移民のB.A.サンタマリアは、1930年代にはスペインの超保守カソリックやイタリアのムッソリーニに傾倒する「カソリック労働者階級」派で、1950年代に労働党や労働組合の分裂を招いたことから労働党から憎まれていた。

 1975年に無所属で上院に立候補して当選、1980年代前半まで上院では両党の均衡に立って法案決定権を握っていた。社会保守では一致していても、経済利益を最優先する保守連合とは一線を画しており、ウィク先住民族土地権利問題などでは、先住民族権利をできるだけ縮小しようとするジョン・ハワード保守連合に抵抗するなど廉直さで進歩派にも一目置かれていた。2005年には病弱を理由に政界を引退した。(NP)

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