自然保護の面目

ケアンズ風物記
ある朝、1時間の魚釣りの獲物。日本ではシマアジに近い、島ではバンブーと呼んでいるカンパチの仲間。そしてバラクーダとクイーンフィッシュ。私はいつもこれらを冷凍にして、ケアンズまで持って帰る。

ケアンズ風物記
南緯17度の太陽
其の115 松本主計

自然保護の面目



「ウェイ、こん下に何かおるぜヨ。サメかワニか、よう分からんと」。ガバッと水面に顔を突き上げるように浮上してきた高見君。何やら気色悪げに叫んだ。水泳は不得意なのだ。だから私には、水中では妙に潜在的な恐怖心がある。自分の足下の海中に何か大きな生物がいたら、一目散に水から飛び出すのだが、高見君、浮桟橋につかまったまま、また水中を覗き込んだ。

 アリャー、クエとかハタの仲間なんだろうな。グローパという魚。3メートル近くまで達する巨大魚だ。1メートル20センチ以上のサイズは捕獲禁止、と聞いた。ところがこの1メートル前後の個体が、「イヤ何ともウマイんですナァ」と高見君。普通、保護の対象になるのは成魚前が多いのに、グローパは逆らしい。
 それにしてもグローパの小型、というものを見たことがない。もしかしたらこの魚、幼魚の時は人間の目の届かないような場所で棲息するのかもしれない。
 水炊き良し、煮付け良し。高見君はこれで絶妙な味のカレーを作る。少し歯応えがあるが、薄切りの刺し身もいい。ケアンズに持ち帰って少し鮮度の落ちたものは、やや厚めに切り、醤油と日本酒を混ぜたタレに一夜漬けておく。食べる前に片栗粉をまぶし、少な目の油でカリッと焼き揚げる。歯触りが何とも良く、よく冷えたキンとした味の白ワインでもあれば、アー、今日も何とか生きたナァ、と1日の締めくくりに、これに勝るものはない。
 豪州最北端、トーレス海峡に浮かぶ無人島の金曜島。高見君はこの島で、日本人のワーホリの若者たちを雇用し、南洋真珠の養殖場を経営している。私の40年以上も前の職場でもあり、今でも時々島帰りをする。
 闇夜の鉄砲、万が一、ということもある。ヨシ、今回はグローパを狙ってヤレ、とついこの間、島に戻った時に考えた。仕掛けは単純。サメ釣り用の大きな鉤に丈夫なワイヤーの道糸。それを小指大のロープに結び付け、結び目に大きなブイを目印に付ける。餌は生き餌がいいのだが、取りあえず釣り上げた魚を使用することにした。
 金曜島の宿舎からなだらかな坂道を下りると、すぐ目の先に10メートルほどの浮桟橋がある。干潮時にはその一端が、底に付くくらいの浅さなのだが、夜ともなると、ここにサメやグローパ、時にはワニさえも、人間様を見物にやって来る。こんな所に、と誰もが驚く水深と陸地との距離なのだが、それが現実と分かると、その海で泳ぐのが恐くなる。
「最近ネー、サメが増えて困ってるンですヨ」。高見君がボヤくのも無理はない。仕掛けを入れるとすぐにサメが掛かった。次々に掛かる。すべて1、2メートル前後の個体ばかり。
 これに懲りたら、もう来るンじゃネェヨ、とサメの頭を1つ、ヒッぱたき、海へ戻してやる。3メートル以上のタイガーやハンマーヘッドとなると、十分に人間を襲うサイズなので、海中での作業がある養殖場では、取り除かねばなるまい。私の釣り上げた最大は3.95メートル。あの時はテッキリ海に引きずり込まれるかと思った。
 こんなにサメが多いと、グローパが顔を出すチャンスもあるまい。夜の9時を回ると潮が下がり、食いが止まった。暗い海面をトーチの明かりで撫でてみたが、白く光るワニの目はなかった。
 サテ、ナイトキャップでも1杯やって寝るか。養殖場の朝は早い。ロープを引くと餌はまだ残っていた。桟橋の上に引き上げておくと、腐って臭いが残るので、水面スレスレの位置に吊り下げ、ロープをコイル状に巻き、止めておいた。
 翌朝、海は白く凪いでいた。起床後すぐに桟橋まで下りるのは、島に戻った時の私の習慣なのだ。昨夜の餌もまだ残っていたはずだ。そのロープが…ない。桟橋に結んでいた箇所から、ピンと水中に伸びきっている。手繰り寄せると、途中でガシッと止まった。何かが水面の餌を食い、暴れ回っているうちに、桟橋を固定してあるアンカー・ワイヤーに絡んだようだ。
 ロープを切るわけにはゆかぬ。潜って外すしかない。何かがまだ掛かっているのなら、ロープに何らかの手応えがあるはずだが、何もない。桟橋の周りの水は泥色に濁っていた。その中に高見君が素潜りで入ってゆく。私にはできない芸当と水中に姿を消した波紋を見ていたら、すぐにガバッと飛び出してきた。掛かっていたのは、2メートルほどのサメだった。水中ではジョーズのように大きく見えたろう。
「ココッ、ここんとこ、よく見てください」。ワーホリの女性、ミズホチャン。彼女のコンピュータ画像を指差した。
 同僚といかだに横付けしてある作業用屋形(ポンツーン)に、夜釣りに行ったそうだ。彼女、女性には珍しく釣り大好き人間なのだ。その夜は食いが悪かった。1度だけ、すごい当たりがきた。竿がしなり折れそうになった。大物に違いない。とっさに携帯で動画に撮ることを思い付き、トーチの光の輪を海面に集め、用意を整えた。暗い海面に何かが見えた。大きい。リールが回る。少しずつ近寄ってくると、何と1メートルほどのサメ。何だ、とガッカリしたその時、巨大な黒い影のようなものが、スーッともがくサメの背後に付いたように見えたと言う。
 早速宿舎で動画を再現して見ると、サメに忍び寄る数倍もありそうな、ズングリとした丸い魚の影が認識できた。グローパだ。それも大きい。グローパはサメには食い付かず、不気味に姿を消した。2メートルはある。コリャ少し大き過ぎるワイ、と思ったことだ。
 総選挙が終了し、再度の労働党政権が誕生した。国民党出身の2人の無所属の身の振り方は、何やら茶番劇を見ているようだった。彼らに票を投じた民衆は、少なくとも労働党候補を選ばず彼らに期待を寄せたわけになる。その民意を裏切って労働党に付くことは、政治家としての道義を通さなかったことになる。
 そんな政治家は日本とかいう国にも、掃いて捨てるほどたくさんいるそうだ。こんな人たちが国を動かす。まァ本当に無責任なのは、そんな政治家を選出した国民だけどネ。
 1つ気になることがある。グリーンズが労働党と手を結んだことだ。グリーンズの支持率も上昇した。支持層は主としてメルボルンなどの大都会に住む人々で、動物愛護とか自然保護に関して、地方の人々が抱く価値観とは異なっているように感じられる。
 私自身、自然保護に反対するものではない。ただ大部分の豪州人は地方に分散し、自然と背中合わせに生きている人々だから、やみくもに自然、動物優先というグリーンズの方針は、往々にして現実味を欠いている。
 ローカル新聞の投書欄。自然公園にピクニックに出かけた家族。公園にはBBQのセットがあり、割った薪も置いてある。薪を燃やすには枯れ葉とか細かい枯れ木などの誘い火で焚き付ける。すぐ近くのブッシュに入り、枯れ葉と小枝を集めてきた。火を焚こうとした時に、公園のレンジャーがやって来て、集めてきた枯れ木などを元の場所に戻せ、さもないと多額の罰金だと言う。自然保護令により、公園内のものは、何1つ手を付けられないそうだ。これは行き過ぎだ、という怒りの投書。
 グリーンズが新しいFISHING LICENCE法案を準備している。娯楽としての魚釣りは、地方に住む人々は誰でも、休みになると手軽にできる楽しみの1つ。これにライセンスが必要になる。
 現在の法案では、費用は35ドルらしい。しかし許可証をもらうには、筆記のテストと口答試験があり、その後講習会参加を義務付けられる。子どもに対しても同じ許可証が課せられる。ひど過ぎるGREENS POLICIESで検索すると、信じられない法案が見られる。
 魚釣りの許可制は、市民生活への侵害だと思うが、深刻なのはグリーンズの鉱山閉鎖計画。また、鉱山業界への労働党が決定した税の倍額提示。これにより鉱山閉鎖計画へ拍車をかける。豪州全海域の30%の完全閉鎖。サンゴ海側のバリア・リーフは、現在域の倍に当たる地域を閉鎖する。
 タスマニアの主産業である輸出用紙原料のパルプ。木を原料とするということで、大会社のガンズはグリーンズにより閉鎖に追い込まれ、多くの失業者を出した。
 これらはまだ一部に過ぎないけれど、もしこれらの法案が労働党との合意で法案化されたら、大変なことになるのは、素人にでも分かる。人間不在法案のように私には思える。
 無人島の金曜島。食べたい時に魚が釣れる島の生活も、許可証が必要になるかもしれぬ。島民やアボリジニは好きなだけジュゴン、海亀などを捕獲できる。合法的に操業する捕鯨船に突っ込む前に、激減するジュゴンにどうして目をつぶるのだろう。島民たちやアボリジニにも我々と同等の権利、罰則を与えてこそ平等。豪州の顔も立つ、というものだ。


まつもと・かずえ●
昭和17年2月1日生まれ。東京水産大学増殖学科卒業。1966年木曜島でPearls Pty Ltdに勤務。75年に退社。その後ケアンズに空手道場「Matsumoto Karate Academy」を開く。現在、オーストラリア空手連盟ノース・クイーンズランド代表

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