第47回 復帰40年の沖縄で感じたこと 

JFPピースフル通信

 

オーストラリア国内の平和への動きについて、
お伝えするコラム JfPピースフル通信

 

第47回 復帰40年の沖縄で感じたこと
緑ゆたか(JfPメンバー)

 

2012年は日中国交回復(および日華断交)、沖縄復帰40周年という節目の年だったが、尖閣諸島国有化に伴う中国での反日暴動、米軍基地へのオスプレイ配備に対する沖縄での大規模抗議は、1972年体制という東アジアの枠組みに不安材料を投げかけた。

東シナ海の覇権をめぐる米中の綱引きが顕著となる中、私は沖縄を初訪問した。米兵による強姦事件が大きく報道された直後だったが、わずか1週間の滞在期間に、泥酔した米兵による住居侵入事件が立て続けに発生し、米軍基地と隣合わせに暮らす負の側面が改めて浮き彫りになった。自宅にまで米兵が侵入し、無防備の子どもを殴るという理不尽さ。「国の安全」のために、沖縄の人たちに「自宅の安全」を犠牲にしてもらっているのだという現実を重く受け止めた。

沖縄では本島の2割弱の土地を米軍基地が占め、のどかな観光地が基地と隣り合っている。那覇̶美ら海水族館間の高速道路の大半は基地に接し、琉球村は嘉手納弾薬庫、カヤックを楽しんだ慶佐次川は通信基地の目と鼻の先だった。一方、首里城、玉陵、識名園などの文化遺産は、凄惨な沖縄地上戦で破壊された歴史を物語っていた。日本軍が司令部や弾薬庫を置いたため、集中砲火の標的となったり誘爆を招いたりし、貴重な文化遺産が焼失したという事実に気持ちが沈んだ。

「沖縄は戦前、戦中、戦後、十分過ぎるほど国に尽くしてきた。もう勘弁してと心から国民に訴えたい」と翁長那覇市長はオスプレイ配備反対集会で訴えたそうだが、その言葉の裏に“沖縄は日本併合以来、ろくな目に遭っていない”という思いがあるのではないか。そんな考えがよぎったのは、史跡や博物館の展示で貿易拠点としての琉球王朝の繁栄と文化的遺産の高さを見るにつけ、中国の冊封体制下にあった琉球の歴史の方が日本併合後の歴史よりもはるかに生き生きと輝いて見えたからである。そして、冊封使を迎えた守礼門に掲げた「守禮之邦」をモットーにしていた人々に、中国脅威論を共有してもらえると過信し、これ以上の負担を強いてもやむなしと考える日本人の甘えと現地の感覚のズレに思いを巡らした。このようなズレは、1歩間違えば沖縄と日本の離反工作に利用されてしまうリスクも秘めている。

沖縄に今後も日本とともに歩んでもらうために、私たちは真摯に沖縄の人の声に耳を傾けているだろうか。地政学的に重要な位置にあるが故の繁栄と悲劇を味わってきた沖縄に、真の平和と安住の日が訪れることを願いたい。


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Japanese for Peaceプロフィル

2005年3月に設立した日本人を中心とする平和活動グループ。毎年8月に広島・長崎平和コンサートを開催。そのほか多数のイベントを企画すると同時に、地元のグループや活動家、他民族のグループとも交流を持ち、平和活動のネットワークを広げている。
Web: www.jfp.org.au
Email: info@jfp.org.au

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