バリラーロ副州首相

政界こぼれ話人物編 その193

バリラーロ副州首相


国民党所属のジョン・バリラーロNSW副州首相は、1968年にイタリアから移民してきた両親の元で、NSWの地方の町クインビエンに誕生している。バリラーロは、勤労や社会奉仕の重要さを両親から学んだと述懐している。このクインビエンは、NSW州内に「飛び地」のように存在する、首都特別地域(ACT)に隣接する人口数万人の町で、同地の居住者にはACTで働く人も多い。実家は住宅の窓やドアを製造する零細ビジネスで、バリラーロも高校卒業後は実家のビジネスを手伝っている。バリラーロには、合計20年ほどのビジネス経験がある。

以前よりスポーツやコミュニティー活動に熱心であったバリラーロは、地元に青少年サッカー・クラブを立ち上げ、8年にわたり会長を務めている。現在同クラブには900人もの登録選手がいるという。

また、同じくコミュニティー活動の一環として、08年にはクインビエンの市議会議員となっている。この時は無所属であった。ところが、地方自治体での政治活動を通じて、「地方に冷たい」当時のNSW労働党政権に憤りを抱くようになったバリラーロは、01年のNSW州選挙に国民党から出馬し、労働党の現職を破って見事州政界入りを果たしている。

早くもベアード第1次保守連合政権時代の14年10月には、小ビジネス大臣兼地方観光相に抜擢され、また15年3月選挙後のベアード第2次政権では、地方開発相兼技能相兼小ビジネス相に就任。そして、先日のNSWオレンジ選挙区での補欠選挙後に、現職のグラントが辞任したことを受け、NSW国民党のリーダーに就任し、同時に第18代目の同州副州首相となり、現在に至っている。国民党は全体の「重心」が右派であり、また地方行政を重視するが、当然のことながら、バリラーロもこれに当てはまる。

趣味はスポーツで、家族は妻のディアナと2人の娘がいる。実はリーダー就任直後に、ディアナがメディアに注目されることとなった。その理由は、かつて土地開発企業の幹部であったディアナが、合計9,000ドル近くを国民党に政治献金したためであった。他州とは異なりNSWでは、利権、汚職の温床となりやすいことから、土地開発企業から政党への政治献金は禁止されており、そのためディアナの献金が問題視されたのだ。

ただ、そもそもディアナの所属企業は、土地開発の活動実績がほとんどなく、同企業の「定義」を満たしていなかったとされる。グラントの後任リーダーとなったバリラーロだが、このグラントとは家族ぐるみの付き合いである。そのため、グレイハウンド・レース問題でグラントが地方有権者や党内からの強い批判に晒されても、バリラーロはグラント批判を控え、オレンジ補選後も自らグラントに挑戦の狼煙を上げるようなことは避けていた。なお、バリラーロが保持するクインビエン周辺のモネロ選挙区は、マージンがわずかに2.5%という激戦選挙区である。

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