デービッド・コールマン大臣

政界こぼれ話人物編 その229

デービッド・コールマン大臣
David Coleman

自由党のデービッド・コールマン移民・市民権・移民サービス・多文化問題担当大臣は、1974年3月5日にシドニー郊外のカムデンで誕生している(45歳)。両親はローアー・ミドルのカトリック教徒で、コールマンは6人兄弟姉妹の末子である。カトリック系の学校を経てニュー・サウス・ウェールズ(以下、NSW)大学に進学。同大学より、人文学士と法学士の2つの学士号を取得している。大学では学生組合の会長も務めた。

大学卒業後は大手コンサルタント企業のマッケンジーに入社したものの、翌年には転職している。その後はメディア部門、例えば民放の「チャンネル9」や「スカイ・ニューズ」などの幹部として活躍した。自由党に入党したのは20代の後半と、比較的遅かったが、2003年にはNSW州選挙に初出馬し、落選の憂き目を見ている。その後連邦政界入りを目指したものの、07年及び10年選挙の時には、党の公認候補を選出する予備選挙の段階で落選している。

ようやく政界入りを果たしたのは、アボット保守連合政権が誕生した13年9月の選挙で、同選挙でコールマンはNSW州連邦下院選挙区のバンクスから出馬し(注:中国系の住民が多いことで有名な選挙区)、見事初当選を果たしている。ちなみにバンクスは1949年に創設された選挙区だが、選挙区の歴史の中で、非労働党の候補者が当選したのはバンクスが初めてであった。

確かに、2013年選挙は「労働党政権を懲らしめたい」とのムードが強かった選挙であったが、同党の伝統的地盤選挙区、しかも労働党の元閣僚のメルハム議員を破っての勝利は、コールマン個人の魅力によるところでもあった。

しばらく陣笠議員を続け、ターンブル保守政権時代の17年12月に政務次官/副大臣に就任。そして翌18年8月に誕生したモリソン保守政権の第1次組閣で、移民・市民権・多文化問題担当相として初入閣を果たした。19年5月選挙後のモリソン政権第2次組閣では、これに移民サービスの所掌が追加され、現在に至っている。

思想、信条だが、自由党では穏健派に分類され、カトリック教徒ではあるものの、同性愛者間婚姻の法的認知を支持してきた。また豪州人を国家元首に戴(いただ)くべきとして、共和制への移行を標榜している。

人柄だが、ダンディーなルックスではあるものの、沈着冷静、タフ、理詰めの攻撃ぶりには定評がある。政界でコールマンが大きく注目されたのは、物議を醸してきた大手銀行幹部に対する、議会委員会での見事な追及ぶりであった。そもそもボート・ピープル問題も担当する移民の所掌は、困難かつ政治的に重要な所掌であり、従って実力者が座るポストである。ただしコールマンは強さ、タフさだけが「売り」の政治家では決してなく、非差別者、不遇にある者に対しては常に温かな目を注いでいる。家族は妻のドッテと1男1女である。

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