スーザン・レイ教育補佐大臣

政界こぼれ話人物編 その157

スーザン・レイ教育補佐大臣


自由党のスーザン・レイ教育補佐大臣は、1961年12月14日にナイジェリアで誕生している(51歳)。両親は英国人で、兄が1人いる。レイが13歳の時に一家で豪州に移民。レイは幼少のころから空に憧れ、20歳で商業パイロットのライセンスを取得している。また結婚して子どもが生まれた直後から、しかも働きながらパートタイムの大学生となり、10年かけて経済学の学士号、さらに税法の修士号と会計学の修士号を取得したという、頑張り屋である。

政治家スタッフや労働組合専従員出身者が圧倒的に多い労働党の政治家に比べ、自由党政治家には多様な職業を経験した、「実社会」を知る者が多いとされるが、レイはその典型である。まず航空管制官を皮切りにして、商業パイロットとなっている。ところが、農民で巡回羊毛刈込み人のジョンと結婚してからは、一転して刈込み人の料理人、羊毛や牧畜業従事者、そして今度は国税庁の職員と、正に多種多様な職業を経験している。

連邦政界入りは2001年11月の選挙で、地方都市のオーバリが含まれるNSW州のファーラー下院選挙区から出馬し(注:同選挙区の前任者は、フィッシャー元国民党党首兼副首相であった)、わずか206票差ではあったものの、見事に初当選している。01年選挙を含めて、レイは連続5選を果たしている。

レイは刈込み人の料理人であった時代に、ジョンとともにバンで各地を巡回していたが、このバンと巡回の経験が、選挙運動では大いに役立ったとされる。04年選挙の直後、すなわちハワード第4次政権の発足直後には、早くも閣僚への登竜門とされる政務次官に就任。07年選挙ではラッド労働党政権が誕生したが、その後レイは影の閣僚として、住宅、婦人の地位、通関・司法、財務補佐、保育・幼児教育など、幅広い所掌を歴任し、そして13年選挙でアボット保守連合政権が誕生すると、閣外の教育補佐大臣に任命され(注:直前のポストは、影の閣外の雇用参画相兼影の保育・幼児教育相)、現在に至っている。

思想、信条だが、レイは自由党の右派に所属するものの、地方選挙区選出の議員ということもあって、自由競争原理一辺倒の姿勢ではない。人柄だが、高度の知性、知識、スキルが要求されるホワイト・カラー職ばかりか、農業などの肉体労働、しかも肉体労働者の料理人まで経験していることから、レイは誰とでも打ち解けられるし、話題も豊富である。面倒見のいい性格もあって、地元での人気も高い。

ちなみにファーラー選挙区は、NSW州の面積の3割ほどを占める広大な選挙区であるが、オーバリに居住するレイは、自らセスナ飛行機の操縦かんを握って、選挙区内を東奔西走している。夫のジョンとの間に3人の子どもがいる。息抜きはサイクリングやエクササイズ、読書で、本は実話の犯罪ものなどが好みである。

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