ミカエラ・キャッシュ移民・国境保全補佐大臣兼婦人の地位問題担当首相補佐大臣

政界こぼれ話人物編 その155

ミカエラ・キャッシュ移民・国境保全補佐大臣兼婦人の地位問題担当首相補佐大臣


自由党のミカエラ・キャッシュ大臣は1970年7月19日に、パース郊外のスビアコで誕生している(43歳)。父親はWA州の州議員で、キャッシュは2世議員に当たる。そのこともあって、キャッシュはカーティン工科大学の学生時代から、自由党の党員として熱心に政治運動に関わってきた。入党したのは18歳の時である。

カーティン大学卒業後は、ロンドン大学法学部に留学し、同大学より優等で法学の学位を取得している。その後、自由党の連邦上院議員のスタッフを経て、大手法律事務所のフリーヒルで、労働問題専門の弁護士として10年近くにわたり働いた。

ちなみに、キャッシュがスタッフとして仕えた上院議員とは、既に引退したライトフットである。このライトフットは、ダンディーで紳士然とした容貌ながら、極右政治家として有名であった人物で、現役時代は先住民への差別発言などで大いに物議を醸した。余談だが、ライトフットは自由党穏健派のジュリア・ビショップが(注:現在は外務大臣兼自由党副党首)、離婚後に長らく交際していた人物でもある。

さてキャッシュは、2004年にWA州自由党幹部会のメンバーとなっているが、政界入りを果たしたのは07年11月の連邦上院選挙で(注:実際に上院議員となったのは08年7月から)、キャッシュは引退したライトフットの後任の形で政界入りしている。10年選挙直後の影の組閣では、閣僚/影の閣僚への登竜門である影の政務次官に任命された。担当した所掌は、移民と婦人の地位問題であった。

そして13年選挙後のアボット第1次政権の組閣では、影の政務次官時代の所掌を受け継いで、閣外の移民・国境保全補佐大臣兼婦人の地位問題担当首相補佐大臣として、見事初入閣を果たしている。

思想、信条だが、自由党の右派に分類でき、「安価な政府」の標榜者、市場競争原理を信奉する経済合理主義者である。明朗快活な人気者でもあり、つい何カ月か前にも、キャッシュの上院議場でのパフォーマンスがソーシャル・ネットワークでも話題になった。それは、キャッシュが当時の労働党上院リーダー(予算大臣)のウォンを、ギラードを裏切ってラッドに乗り換えたとして、大声で罵りながら徹底的に攻撃したシーンであった。その攻撃ぶりがセクシーであると評判を呼んだのである。

ところでキャッシュは、11年3月の東日本大震災の発生時に、豪州議員団の一員として日本に滞在中であった。正確には新幹線の車中にあったが、大震災発生直後に日本政府関係者などが示した、議員団への気配りや対応ぶりにいたく感激し、帰国後豪州のメディアに日本人の美徳を大いに宣伝している。

夫は法廷弁護士のリチャード・プライスで、リチャードの実兄は、オーストラリアン紙などの大物ジャーナリストとして活躍したものの、6年ほど前に若くして脳腫瘍で亡くなったマットである。

新着記事

新着記事をもっと見る

新着イベント情報

新着イベントをもっと見る