
オーストラリアの新聞を始め、テレビ、ラジオ、オンライン・メディア、映画、書籍などで今話題のもの、または面白い記事やエピソードを取り上げ、そこから見えるオーストラリア社会を在豪日本人の視点で紹介する。
第34回:スポーツの原点
スポーツ大国のイメージが強いオーストラリア。オーストラリアン・フットボール・リーグ(AFL)やクリケットなどの国民的スポーツに対する熱狂ぶりや、子どもも大人も余暇には何かしらのスポーツを楽しんでいる姿を見ると、オーストラリア人が本当にスポーツ好きなのがよく分かる。
私事で恐縮だが、日本での学生時代、スポーツに対しては苦手意識しかなかった。本当はテニスもダンスも好きだったけれど、部活独特の「体育会系」気質になじめなかったのだと思う。
こういうことを言うと、「甘い」とか「根性がない」という声が今でも聞こえてきそうだ。
体育会系の環境では、厳しさに耐え抜く根性や、上下関係に基づいた規律性が養われるとされる。だから日本では、体育会系が就職に有利なのだろう。
しかし、その在り方に疑問を投げかける出来事が日本で起こった。
「体育会系」に宿る闇
日本のメディアは5月、アメリカン・フットボールでのタックル問題に沸いた。5月6日の定期戦で、日本大学の選手が関西学院大学の選手に悪質なタックルをして全治3週間のけがを負わせたのだ。この反則行為自体に問題があるのは明らかだが、事を更に大きくしたのは、それが相手を意図的に負傷させる目的で、コーチと監督の指示の下に行われたという疑いだ。
同月22日に記者会見を行った日大選手は、コーチに相手選手を「潰せ」と指示され、「自分としては、そういう(けがをさせるという)意味で言われている以外にとらえられなかったので、やるしかないという状況」だったと答えている。
関東学生アメフト連盟は同月29日、反則行為は内田正人前監督と井上奨前コーチの指示だったと認定し、2人を最も重い除名処分とした。
日大アメフト部の選手一同は、同日発表した声明文の中でこう述べた。「これまで、私たちは、監督やコーチに頼りきりになり、その指示に盲目的に従ってきてしまいました」
ここで問題となったのは、「潰せ」と言われて、それが間違ったことであっても「盲目的に」従わざるを得なかったという体育会系の体質だ。
このタックル問題を報道した米ニューヨーク・タイムズ紙(電子版:2018年5月22日)は、「今回の出来事は、『パワハラ』、そして日本では非常に重要とされる権威に対する服従とチームに対する揺るぎない忠誠をあらわにした」と書いている。
日本オリンピック委員会理事でもある筑波大学の山口香教授も、「選手が指導者と対等にものを言い合えない服従関係こそがスポーツ界のハラスメントの温床」だと指摘する(毎日新聞、電子版:同年5月29日)。
オーストラリアのコーチと選手の関係
では、オーストラリアはどうだろう。
オーストラリアでは、とにかく楽しくスポーツをしている印象がある。子どもたちのスポーツの練習を見ても、正直「緩い」のではないかと思うほどだ。もちろんプロ・レベルになれば話は違うだろうが、それでも攻撃的に怒鳴りつけるコーチに服従する選手の姿は想像しにくい。
そんなオーストラリアだが、スポーツの成績は優れている。分かりやすい例は、五輪でのメダル獲得数だ。
コンピューター・サイエンティストのクレイグ・ネビル・マニング氏によると、16年のリオデジャネイロ五輪では、日本人310万人当たりメダル獲得数1個(世界ランキング46位)だったのに対し、オーストラリア人では82万人当たりメダル1個(同ランキング14位)だった。日本よりオーストラリアの方が、人口に対するメダル獲得数の割合が高いのが分かる。

「(コーチに対する)敬意は必要ですが、コーチが選手に対等に接することも大切」と言うのは、キャンベラでテニス・スクールを経営し、国内外で30年以上のコーチとしての経験を持つデイビッド・ベニアミーニさんだ。
プロのテニス選手も指導するベニアミーニさんは、対等な関係の中で選手とコミュニケーションを取ることの重要性を指摘する。
「コミュニケーションが大切なのは、コーチとして、アスリートが考えていること、感じていることを理解する必要があるからです。それができて初めて、彼らがどうしていきたいのか、またどうすることができるのかを考え、導いていくことができるのです」
日大アメフト部選手一同の声明文にあった、「監督・コーチとの間や選手間のコミュニケーションも十分ではありませんでした」という一文とは対照的だ。
楽しむためのスポーツ
そもそもスポーツは何のためにするのか。
そんな質問に、「楽しむため」と即答するベニアミーニさん。子どもたちにテニスを教えるときには、楽しさを伝えることが一番大切だという。
それでは、プロに近いレベルではどうなのだろう。
「もちろんインテンシティー(激しさ)は増します。けれどもアスリートにとっては、インテンスな楽しさもまたあるのです」
初級でも上級でも楽しみ方がある。結局は楽しむことが目的のスポーツ。オーストラリアではそんなスポーツの原点が大切にされている。

クレイトン川崎舎裕子
Hiroko Kawasakiya Clayton
米系通信社の東京特派員(経済・日銀担当記者)を経て、2001年よりオーストラリア在住。クイーンズランド大学院にてジャーナリズム修士号を取得後、03年からライター。キャンベラを拠点に社会事情などについての記事を雑誌や新聞に執筆する
Web: twitter.com/HirokoKClayton