【現代アート塾】“落書きもアートになりますか?”

関心はあるものの、実はまったく理解できない! いったいどこから勉強していいのか分からない! そんな読者の心の声に答えるべく登場したこのコラム。奥深い現代アートの世界に対する素朴な疑問に、著者がずばり回答。優しく解説してくれます。これを読めば、芸術の世界がぐっと身近に感じられるはず。

第2回

“落書きもアートになりますか?”

落書きで有名なアーティストといえばキース・ヘリングです。彼は1970年代ニューヨークの地下鉄駅構内の落書き(グラフィティ)から始まり、あちこちのビルやアパートの外壁に落書きをし好評を博しました。そしてあるギャラリー・オーナーに認められたことから、画廊でも展示をされるアーティストになりました。エイズで早逝した後にキース・ヘリング財団が作られ、以降ヘリング・グッズは世界中で売られています。


キース・ヘリング

もう1人早逝のグラフィティ・アーティストで思い浮かぶのがバスキアです。ハイチ系移民2世の彼は、ヘリングと同様ニューヨークのビルの壁へよくグラフィティをしました。美術教育を受けており、巨大なキャンパス画と平行してグラフィティ活動をしました。アンディ・ウォーホルとの共同制作でも有名です。精神不安定な彼は薬を常用し、気が乗れば何日も不眠で制作をしました。オーバー・ドーピングで帰らぬ人となった彼の生涯は、「バスキア」という映画でも描かれています。


バスキア

70年代ニューヨークの地下鉄はグラフィティであふれていました。鉄製の貨車はグラフィティに最適でした。スプレー缶やエナメル・ペイントは落ちにくく、一度落書きされた貨車はそのままニューヨーク中を駆けまわりました。そんなグラフィティはその格好良さで評判となり、若者の間で憧れの対象に。しかしこのブームのせいでニューヨーク市は掃除が難しい従来の貨車に嫌気が差し、80年代より日立製のステンレス貨車を導入しました。少々のグラフィティは掃除が可能なため、それ以降地下鉄のグラフィティは激減しました。

地下鉄のグラフィティが減っても、その文化はその後も発展し続けます。ニューヨークのイースト・ビレッジにトンプキンス・スクエアという公園がありますが、80年代ニューヨーク市では「美化政策」の影響で家賃は高騰し、追い出されたホームレスが多く住み始めました。そこで住民たちはこの政策に対して対抗し、「ホームレス・プロジェクト」を立ち上げます。ここでグラフィティが再度活躍しました。警官の隙を見て街の角々に吹き付けられた、壁画やステンシルによる美化政策反対のメッセージを込めた作品の数々はヴィレッジ・ボイス紙の記事に取り上げられ、1冊の本にもなりました。このため、グラフィティの文化自体が当時起こったヒップホップ・カルチャーとともに認知度が上がり、さまざまな画廊主の目にも留まりました。結果、グラフィティが芸術という市民権を得るきっかけとなったのです。

英国にもバンクシーというステンシル・グラフィティ・アーティストがいます。彼の作品は最近、街頭にあったそのままの状態で、ササビーズ(編注:世界最古の国際競売会社)で何千万という値がつきました。もはや、グラフィティは画廊に取り込まれること無く、そのままでも芸術と認知されることとなりました。


バンクシー

実はキース・ヘリングはメルボルンとシドニーにグラフィティを残しています。また、バンクシーの壁画作品もいくつかこの国に存在します。保守的なオージーたちは、この数々の素晴らしいグラフィティを文字通り落書きと考えて破壊しようとしました。しかし現金なことに、その後相当な値打ちがあることを知って、今では積極的に保存に乗り出しています。

さて、落書きといえば子ども。シュールレアリスムの画家サルバドール・ダリは、美術や美術館という制度を自覚していない単なる子どもの絵は芸術作品に足り得ないと言いました。同じ理由で、チンパンジーや象が描く「絵」も芸術作品にはなり得ません。しかし美術館の学芸員たちや画廊主のように、美術という制度のまっただ中にいる者が「芸術作品」として取り上げた場合は、芸術と認められる可能性があります。思えば昔は、写真でさえアートとして認められていなかったのです。最近では、アウトサイド・アートと言われる精神障害者や犯罪者が描いた絵がアートとして取り上げられますが、グラフィティも結局美術という「制度」に取り込まれなければ、アートとなり得なかったのです。

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<著者プロフィル>
登崎榮一(Ph.D)◎メルボルン大学ファイン・アーツ/哲学学部博士課程修了、モナーシュ大学アート & デザイン学部博士課程所属。現在は、メルボルン大学哲学科名誉フェローまたアーティストとして活躍するほか、ディーキン大学でも講師を務める。
Web: bimanualdrawing.wordpress.com

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