第145回 豊前感応楽

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第145回
豊前感応楽

ご機嫌いかがですか、れんです。永六輔さんの『一般人名語録』(講談社文庫)にこんな言葉がありました。

「若い才能というものは、自分の才能が最短距離で咲く分野を見つけ出すことも含まれる。」

私たちは才能というものの評価をある分野における著しい活躍やその成果にだけ向けがちですが、自分自身の才能をいち早く最大限に発揮できるその分野を特定することも持てる才能のなせる業だというわけです。まず気付く才能に恵まれるかどうか、そしてその気付いた得意分野を伸ばせる環境に恵まれるかどうか、またそれを成す健康に恵まれるかどうか。未来を背負う子どもたちが各々の才能を咲かせられるように大人が手助けできることはたくさんあると思います。

さて、福岡県の東部、瀬戸内は周防灘に臨む豊前市の大富神社では隔年の4月の最終日と5月の初日に『感応楽(かんのうがく)』が行われます。

大富神社は古くは宗像八幡社といい、八幡宮の総本社である宇佐神宮(大分県宇佐市)との関りが深く、境内にある「勅使井」の御神水は今でも神職が宇佐宮に持参しています。その主祭神は住吉大神、八幡大神、宗像大神で、格式高い別表神社です。別表神社とは社格制度の廃止により伊勢神宮以外の神社が対等の立場になった際に一般神社とは別扱いした神社です。厳密には格付けを表すものではありませんが、一般的には一種の格付けと捉えられています。

歴史は古く「宗像神社宝鏡記」に白鳳元年の神託の記述があるそうです(ちなみに「白鳳」は九州年号とも呼ばれる私年号で、日本書紀には出てきません)。白鳳時代と言えば中大兄皇子(後の天智天皇)や中臣鎌足(藤原氏の祖)の名前が出てきますね。唐・新羅連合軍と百済・日本連合軍による白村江(はくすきのえ)の戦いに負け、九州防衛のために防人(さきもり)を配したり、天智天皇の没後には子の大友皇子と弟の大海人皇子との間に皇位争い(壬申の乱)が起こったりしたあの時代です。

文武天皇元年(697年)に始まったとされる「感応楽」は豊前地域のみに伝わる五穀豊穣、雨乞い、天下泰平、国家長久を祈願する楽打(がくうち)(太鼓踊り)の1つで、「天地感応楽」や豊前一国に限る「国楽」とも呼ばれます。大富神社の春の「神幸祭(じんこうさい)」(八屋祇園(はちやぎおん))の際に隔年で奉納されます。

背中に幣(ぬさ)を立てて締太鼓を胸の前に抱えた中楽6人と、角団扇を持って楽の指揮を執る正副の団扇使2人が舞の中心です。それに笛と鉦(しょう)がお囃子(はやし)で入り、読み立て、丸大団扇持ち、汐水(しおみず)取りが加わり、側楽(がわがく)(花楽)として子どもたちも参加します。中楽を内側に、側楽、囃子と三重の円陣の組み、打ち鳴らす太鼓の激しい動きを通じて神と感応します。

では作品の方をご覧ください。行書の「感応楽」です。今学校で習う「感」は「咸」と「心」が上下にくっついてできていますが、これは「心」を「咸」の懐の中に入れてあります。この形は書聖・王義之(おうぎし)の蘭亭序(らんていのじょ)を始め、多くの古典で出てきます。リズム良くどんどん運筆したい文字で、私も個人的にこの形を好んで使います。「応」は2画目の横画の右上がりに合わせて「心」の2つの点の位置をずらして対応します。「樂」の「白」の両側は丸2つずつ「8」のような形に書きました。自分勝手に崩して文字を書くことで美しい文字が生まれることはありません。何千年と磨かれてきた古典を学んでそれを大きな軸としながら自らの抽斗を多くしておくことが大事です。


れん(書家/アーティスト)
アーティストとして永住権取得。2010年、作品「ふるさと」が日本の国有財産として在豪日本国大使館に収蔵される。Government Houseでの企画展など日・豪・ドバイで作品展示多数。在豪日本国大使館、在オークランド日本国総領事館の招聘によるイベント参加やNSW州立美術館ほか各地で大書パフォーマンスやワークショップを展開。ハリウッド映画『The Wolverine』製作に書家として参加。2016年シドニー総領事表彰を受ける。書団れん倶楽部主宰。チャッツウッドで書道教室運営。RENCLUB Lineスタンプ販売中。
Web: renclub.amebaownd.com / Email: renclub@gmail.com / 動画: youtube.com/user/renclub / インスタグラム: instagram.com/renyano

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