その1 笑う門には

タコ社長の英語習得悪戦身に付かず

タコ社長の英語習得悪戦身に付かず


その1
笑う門には


タコ社長プロフィル
1952年 世田谷の貧しい警察官住宅で出生
1964年 練馬区健康優良児予選落ち。体力より知力で及ばず
1985年6月 移住目指してオーストラリア入り。ダーウィンでトップレスの女性と浜で立ち話をして感激
1987年 日本語教師としてオーストラリアで初めての仕事に就く
1990年 オランダ系の連れ合いと入魂になり、すったもんだの日々が始まる
1996年 メルボルンの258 Little Bourke St.,に、某MTSC留学センターを立ち上げる
タコ社長ブログ:plaza.rakuten.co.jp/takoshacho


「あなたは笑顔がない」。オランダ系の連れ合いに、今でも1週間に5回くらいは言われている。 結婚式の集合写真なんかで笑いでもしたら、後ろから頭をどつかれかねない国で育ち鍛えられたタコ社長、笑えと言われてもそう簡単にできるものではない。自分ではしっかり笑っているつもりでも、こちらの基準に照らし合わせると、笑い方がいかにも貧弱なのだそうだ。
 日本に帰国するたびに思うことがある。どうしてみんなあんなに怖い顔をして歩いているのだろう。へらへら笑いながら歩いていたら気味が悪いが、仏頂面がいかにも似合う社会になりきっている。海外に一時住んでみるロング・ステイが今、リタイヤした人の間で流行っているそうだ。このロング・ステイでオーストラリアに来る日本人の方々の笑顔は、良いように感じる。仕事がなくなると人相まで変わるのだろうか。
 私の連れ合いの両親はオランダからの移民。したがって、私の連れ合いは100%オランダ人だ。幼稚園に上がるまでは常にオランダ語で話していたらしい。今でも私に聞かれてまずいことは、突然暗号のようにオランダ語になることがあり、「蘭学事始」を引っ張り出しても私には太刀打ちできない。
 連れ合いの父親は今年74歳でいつも笑顔が絶えず、オランダ語訛りの英語を大声で話しまくる。何と52歳でリタイヤし、冬の3カ月間はキャラバンでクイーンズランドに北上したまま帰ってこない。父親が持っている携帯電話は、ちょうど夜の7時から8時までが通話料金がタダということで、我が家の楽しい食事時に頻繁に電話を掛けてよこす。余計なことには一切お金をかけないオランダ人、これは私自身の家訓にもしたいと思っている。  この父親の口癖は「There you go」だ。「ほらね」とか「言っただろう」みたいに使えるようだ。何かを差し出す時にも使える。これを、1日に3回くらい使うと何だか英語を話しているような気になってくる。
 もう1つ、連れ合いの父親がいつも使う常套句がある。「Keep smiling」だ。仏頂面は決して見せず、常に明るくどんな時も笑顔が絶えない父親からの言葉なので、聞いているこちらの頬も思わず緩む。ということで皆さん、Keep smiling !

新着記事

新着記事をもっと見る

新着イベント情報

新着イベントをもっと見る