墓への道のり

極楽とんぼの雑記帳

エッセイ195
ブレア照子
イラスト・タイトルデザイン:森本順子

墓への道のり

 <生あるものは必ず死す> 人生の出発点“生誕”の瞬間、死は確約される。VIC州モーニングトンの陸軍官舎に住んでいたころ、裏庭の納屋の中で飼犬が仔犬を産んだ。母親の下腹部で蠢く小さな生きものたち…。私はこんな歌を詠んでいる。

母胎より押し出だされし犬よ 
いま死への歩みが始まったのだ
  よく人から「底抜けに明るい」と私は言われるが、実際はオプティミズムとペシミズムの間をうろついているのだろう。
 この手記の題名は芳しいとは言えず躊躇はしたが、あえてこれを選んだ。当ホームの居住者となって2年の間に、私が名前さえ知らぬ人たちが故人となり、現在もそれに近い状態の人たちがいるという身辺の情況が、この題名を思い付かせたのだと思う。ただし、私には当てはまらない題名だ。なぜなら、私は遺書に(遺書は死後開かれるものらしいが)「葬式、墓は無用とする。茶昆に付し、灰の一部は亡夫の遺灰の一部を納めた西本願寺に。残りは夫と過ごしたオーシャンショアズ(NSW州北沿岸)の海に亡夫の遺灰とともに流すこと」と、記しているから。
 万障操り合わしての、あるいは“お義理”からの会葬より、どこかで誰かが冥福を祈ってくださる…。その方がよほど嬉しいものである。弔いは、家族だけのしめやかなものが望ましい。
 夫を見送って以来26年続いた独り暮らしから足を洗い、当ホームに入居してから去る4月16日で丸2年になる。NSW州の南沿岸に住む長女のところに滞在中、当ホームの近くを幾度か通った。良い環境に囲まれたこの建物がプライベートの有料高齢者ケア・ホームだと知り、興味津々、長女に見学の予約を取ってもらい、2人で訪れたその日、環境の美しさと9年間住んだ(夫は6年間)オーシャンショアズを思い起こさせる太平洋の海鳴りに、止むに止まれぬ思いの私は入居を決心した。
 その早急さに長女は驚いた。間もなく、私の決心を知った長男、二女、キャンベラの友人たちから熟考を促された。誰よりもショックを受け、すごく不安がったのは、妹の順子だった。
 私の性癖は“これだ”と思い込むともうほかに目を向けて比較、吟味をするゆとりを持てぬ、いわゆるせっかちな点である。慌てる乞食は貰いが少ないそうだが…。ボンドを捻り出すために急遽23年住み馴れたキャンベラの自宅、タウンハウスを売りに出した。思いがけず早く売れたので2008年4月、私はここの住民となったのである。
 前置きが長くなった。本題に入ろう。
 長女とここの見学に来た日、当ホーム管理の責任者である品のいい女性に館内を案内された。彼女はラウンジにいた数人の居住者たちに優しく名を呼び声をかけたが、誰一人表情を変えなかった。私も努めて明るい調子で「ハロー」と声をかけたが眉一つ動かさぬ。重症の認知症かアルツハイマーか、その無表情の不気味さが夢に出て来ないかと不安だった。
「このタイプは5部屋しかなく、先日空いたのがこの部屋です」。案内された部屋の突き当たりの引き戸を開けると、小さなベランダ。そして猫の額ほどの庭。庭を囲む垣根の向こうは自由に散策ができるガーデンで、広がる水平線、右側の岸の岩に砕ける真白い波が見える。島だらけで水平線の見えぬ瀬戸内海沿岸、広島育ちの私には、こたえられない風景である。

極楽とんぼの雑記帳

 さて、望み通りここの居住者とはなったが、「こんなはずでは…」とげんなりする度に、長男と二女に相談もせず入居に踏み切った自分の性急さを悔やむ鬱陶しさ ! 好まぬメニューの不満は、長女が週に最低3度は食事に招いてくれるし、週末には泊まることもあるからまあよしとするべきか。新築した家には、浴室付き“バアチャンの部屋”がある。
 別の不満だが、ずる賢い居住者がいろいろな面でトクをしていると聞いて頭に来る時、そんなことどもで気を悪くする己の低俗さが忌々しい。
 居住者の最年少は63歳の男性で、最高が5月に101歳を迎えたユーモア・センス豊かな女性だ。80代、90代…、健康に何らかの問題を抱えている者が多い。つまり、題名の「墓への道のり」を辿っている。もちろん彼らに限らぬが。ほとんどが歩行に手押し車や杖に頼り、電気車椅子に付けた赤い「P印」(初心者マーク)には笑った。何にも頼らず歩ける居住者は僅少だ。
 当初、あれほど不気味だった彼らの表情が、最近それほどは感じなくなったのは2年の月日に私の感覚が馴らされたのか、それとも連中の脳の欠陥が最初見かけた連中のそれよりも軽症なのか、どっちだろう ?
 住民の中には明るい性格、表情の人も少ないながらいることはいる。隣室の女性は昔、プロのタップ・ダンサー。若いころの写真はかつてのハリウッド・スターを思わせる美人である。50年代に流行った“テネシー・ワルツ”を2人で歌ったが、ソフトないい声で歌唱法もプロ並みだった。
 体調を崩しベッドにいた彼女、ブザーに手が届かないのか「ユッフー ユッフー」と可愛い声で呼び続けるので、私もその声を真似ながら覗き、何かしてほしいのか尋ねると、すがる様な目差しで咽喉の渇きを訴えた。グラスに水を入れたが、飲める姿勢ではないので起こそうとしたら、「いけません、テルコがケガをするから」と拒んだ。ブザーを押そうかと思ったが、私の冷蔵庫にブドウがあるのを思い出し、早速取り出して彼女の部屋へ帰った。冷たい粒をもぐもぐ噛んで嚥下した彼女の悦びの表情 !
 聞くところによると、彼女は近郊の町でカントリー・ウィメンズ・アソシエーション(地方に住む女性のための福祉団体)のプレジデントだったそうだ。身内はなく、彼女の誕生日に訪れたのは、彼女のゴッド・サン(名付け子)と彼のつれ合いだけだった。
 ブドウの粒で咽喉を潤しながら、彼女は確実に秒刻みで“墓への道のり”を縮めていたのだ。それから間もなく彼女は食事中、脳卒中で倒れ還らぬ人となった。彼女と私の庭の境の垣根に寄り添うように、黄色い八重の見事なハイビスカスが咲いた。息を呑むような美しさで。


筆者プロフィル/ブレア照子(Teruko Blair)
1925年生まれ、広島市出身。旧制女学校卒。45年、広島市内の自宅で被爆。第2次世界大戦終戦の数年後に知り合った豪軍人ウィリアム・ブレアと結婚し、53年に来豪。82年に死別した夫との間に3人の子どもがいる。現在サウス・コースト在住。著書に、本紙に連載していたエッセイをまとめた「オーストラリアに抱かれて」、現在も本紙連載中の「英語とんちんかん記」(ともにテレビ朝日出版)がある。本連載のイラストを手掛けるシドニー在住の絵本作家・森本順子は実妹に当たる。

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