38年目のシンガポール その2

極楽とんぼの雑記帳

エッセイ198
ブレア照子
イラスト・タイトルデザイン:森本順子

38年目のシンガポール その2

38年目に踏むシンガポールの土…と思うだけで、単純細胞 でできている私の心が震えた出発前だったが、高度経済成長 を誇示するかのように、狭い島を埋めて林立する高層建築物 から、懐かしい感情は湧かなかった。
  シンガポールに来た甲斐があった ! と思ったのは、1949年来の友M(20年 前他界)の長女で、私の長男と同じ年の J(彼女の両親はジュリ子さんと呼んで いたので、私もそう呼んでいた)との再 会を果たしたから。
 長男とJはEメールで近況を知らせ合 う仲で、長男は夫婦でヨーロッパ旅行の 帰途にシンガポールに立ち寄り、J夫婦 に会ってきた。私たち母娘3人もシンガ ポールに行ったら必ず会ってくるように と彼は言った。ちなみにJは東京で三井 物産の商社マンと結婚。2人の男の子に 恵まれ、海外生活が長く、このシンガ ポール駐在で海外は最後らしい。11月 下旬に日本へ帰任するので、その準備に 忙しい最中だったが、運良く会うことが できた。
 私たちが宿泊しているアパートメント から極近い、Jの行きつけらしい小料理 屋での待ち合わせ。私たちが席について 間もなく、Jが到着。色白で、幼顔がそ のまま残る彼女の姿がみつけた時、懐か しさに思わず、「ジュリ子さん !」と私 は立ち上がっていた。
 「アンティ・テリー(テリーおばさん) !」。がっ ! と抱きついてきたJ。私たち は抱き合ったまま、続ける言葉を失って いた。
 亡夫と親しく「男の中の男」と言われ たJの父親と、女学生時代「中原淳一画 の少女」とうたわれたという母親Mの面 影が瞳の裏に蘇った。
 Mは、英連軍駐留軍・豪陸軍通信隊の下士官メッス(ダイニング・ルームや バーの名称)のウエートレスで、私はそ のころからの友達だった。豪軍人と日本 人女性との結婚を豪政府が認めない時代 のことである。ようやく認められたのが 1952年。Mの夫君は、第2次世界大戦と 朝鮮戦争のベテランであり、隊を代表 するボクサーだった。立派な体格の持ち 主だった彼は、ガンで59年の生涯を閉 じ、亡夫も数年後、白血病になり彼岸へ 旅立った。彼も59歳だった。
 日本料理を堪能しながら、思い出話は 尽きなかった。頭はよろしくないくせ に、遠い過去のことなら鮮明に記憶して いる私。「思い出」の引出しから次々飛 び出すエピソードに、J、長女、次女の 3人が、「ああ、そんなことがあったね え…」と遠くを見るような眼差しで頷い たり、大笑いになったり。時計の針が、 逆に回転し、その時その時の子どもたち の情景が見えるようだった。
 Jの小さくなった服を長女ヘレンに と、Mからもらったことがある。Mは手 先がとても器用で、洋裁、編み物、レー ス編み、いずれもお手の物だった。次女 ティーナが生まれる時には、Mに頼んで 大きな円型のショールを編んでもらっ た。乳児をくるんで抱くには最適のデザ インなので、新生児を持つ母親たちから 大いに羨ましがられたものである。

極楽とんぼの雑記帳

 「照子さんにJ子の服をあげると、あげ た甲斐がある。丁寧に手入れをして、と ても大切にしてくれるから、新品と同じ に見えると、よくMさんが言っている」と数人から聞いた時、嬉しかったのを思 い出す。弾む思い出話に時が経つのを忘 れ、シンガポールの夜は更けていく。屈 託のない笑顔のJと私たちは、代わる代 わる抱き合った。
 「元気で幸せいっぱいに。お父さん、 お母さんの分も生きてあげてね」と私 が言うと、Jは強く頷き、「アンティ・テ リーも長生きしてね。きっとよ。私たち が今度会うのは日本。日本で会いましょ うね !」。外に出ると、もわーっと体を 包む夜気。さようなら、ジュリ子さん。 再見…。
 その後、娘たちのアイデアで動物園に 行くことにした。檻に入った動物を身近 に見るのを楽しみにしていたのだが、到 着したらもう夜。時々にわか雨が降ってむがい いた。そこで遊園地で見かける、無蓋の列車に乗りこんだら、発車。列車はジャ ングルに入った。
 ところどころに灯りがついているが、 その光線は弱くて視野は暗く、はっきり しない。「左に象が」「ライオンが…」 などと説明がスピーカーから流れてくる けれど、密林の暗がりでは動物の輪郭さ え定かではない。ましてや小動物など の見分けは不可能だった。ジャングルで 放し飼いなのだが、線路の両側は動物が 渡れないように深く掘り下げられている のだろうか、それさえ確認できない暗さ だった。動物園に行って動物をはっきり 見られなかった欲求不満。損をしたよう なすっきりしない気分で帰途についた。
 翌日は、長女が予約をとった高名なホテル、ラッフルズでのアフタヌーン・ ティーに出掛けた。広いダイニング・ ルーム。真っ白いテーブル・クロス、各 テーブルを彩る美しい花の姿。茶菓子の 並ぶセクションに行ってみると、幾種類 もの豪華な茶菓子が妍け ん を競い、ほかには 中華風の料理のコーナーもある。早昼を 食べてきたのが悔やまれた。
 それらを一望しただけで、満腹を覚 えるのだろうか、私は結局何も皿に取 らなかった。一方、ケーキや菓子作り に熱心な2人の娘たちは、皿に取った 「作品」を矯めつ眇めつ菓子、ケーキ の作成方談義をやっていた。オースト ラリアでは遠隔地に住むので、会う機 会の少ない姉妹が語り合う姿を目の当 たりにするのは、母親にとってなんと も心温まるものだった。
 客の姿を見回すと、着飾った女性、普 通の服装の人、流行ファッションを取り 入れた人と、とりどりだ。さて、店を出 る時に支払いをして驚いたのは、1人前 が96シンガポール・ドル。オーストラリ アを発つ前に両替をした時、豪1ドルは シンガポール1.15ドルあたりだった。 長女が「税がかかっているから」と説明 してくれたが、それにしてもねえ…。
 感傷旅行のつもりの訪問だったが、 近代都市へと様変わりしたシンガポー ルでは、私の心を揺すり、胸にきりき りと来る懐かしいものには、遂に出会 えなかった。再びこの島の土を踏むこ とはないだろう…という気持ちが心に 広がった。


筆者プロフィル/ブレア照子(Teruko Blair)
1925年生まれ、広島市出身。旧制女学校卒。45年、広島市内の自宅で被爆。第2次世界大戦終戦の数年後に知り合った豪軍人ウィリアム・ブレアと結婚し、53年に来豪。82年に死別した夫との間に3人の子どもがいる。現在サウス・コースト在住。著書に、本紙に連載していたエッセイをまとめた「オーストラリアに抱かれて」、現在も本紙連載中の「英語とんちんかん記」(ともにテレビ朝日出版)がある。本連載のイラストを手掛けるシドニー在住の絵本作家・森本順子は実妹に当たる。

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