
第20回ビエンナーレ・オブ・シドニー 参加アーティスト・インタビュー
2年に1度の現代アートのビッグ・イベント「ビエンナーレ・オブ・シドニー」が、6月5日までシドニー各所で開催中だ。世界中からの約200に上る出展作品の中、4つの作品で日本人アーティストやキュレーターも活躍しており、それぞれの展示会場で彼らの作品に対する思いなどを伺うことができた。ビエンナーレでの作品鑑賞を楽しむきっかけに、また、より深い作品理解の一助となれば幸いだ。(インタビュー・構成=関和マリエ、取材協力=Naomi Shedlezki)
▼会場:Cockatoo Island、Museum of Contemporary Art(MCA)、Art Gallery of NSW、Carriageworks、Artspace Sydney他
▼日程:開催中~6月5日(月)※時間は会場により異なる
▼料金:無料
▼Web: www.biennaleofsydney.com.au/20bos(公式サイト)、nichigopress.jp/event/event_spe/123299(作品紹介)
「ビエンナーレ作家インタビュー(Chim↑Pom、窪田研二)」はこちら ▶▶▶

“Conscious Sleep” @ Cockatoo Island
塩田千春さん
黒い糸が織りなす「浅い眠り」の宇宙
今回のビエンナーレ・オブ・シドニーで、「Embassy of the Real」の会場名を冠したコカトゥー島。その一角に展示された塩田千春さんの作品は、複雑に張り巡らされた神経回路のような黒い糸と無数のベッドで構成され、冷たさと温かさを同時に感じさせる独特な存在感を放っている。昨年のベネチア・ビエンナーレ出展作家としても注目の集まる塩田さんに、作品について伺った。

――今回の作品のコンセプトとは?
「この作品の展示をしている場所は囚人たちの寝室だった建物です。コカトゥー島に刑務所があった1861年、この狭いスペースで約170人が眠っていたそうで、そこから着想を得て制作しました。作品のタイトルである『Conscious Sleep』は日本語で『浅い眠り』という意味で、起きた状態で寝ているということを表現したくて、ベッドを壁面に立てた状態で作品を作りました」
――制作過程と使用した素材について教えてください。
「およそ2週間ほどかけて、約10人が制作に携わりました。たくさんの黒の毛糸を編んで、いくつもの白いベッドの周りに張り巡らせています」
――昨年、塩田さんはベネチア・ビエンナーレにも出展され、船と赤い糸、そしてたくさんの鍵を使った温かみのある作品が話題になりました(2015年本紙インタビューWeb:nichigopress.jp/enta/enta_spe/100575)。今回はそれとは印象の異なる作品ですね。
「今回の作品は作り終えてから、少し暗すぎたかなと心配になったのですが(笑)。オーストラリアは太陽の光が強いので、外から展示場所に入って来た時に暗く見える印象がありますね。黒の糸というのは自分にとって違う宇宙を見いだすような感じで、銀河というか、深い夜の空のようです。観る人を別の世界へ連れて行くようなイメージがあると思います」
※編注:コカトゥー島は、19世紀には刑務所が、20世紀の間には船の建造・修理などのための船渠(せんきょ)が設けられていたことで知られ、一部の船渠は囚人の手によって建設された。2010年、コカトゥー島は「オーストラリアの囚人遺跡群」の1つとしてUNESCOの世界遺産に登録。
塩田千春プロフィル◎大阪府出身、ベルリン在住。ドイツ、オーストラリア、日本などで美術を学んだ後、京都精華大学、カリフォルニア・カレッジ・オブ・アートで客員教授を務める。アーティストとして各国のビエンナーレ、展示会で精力的に作品を展開する他、オペラ作品などのステージ・デザインも手がける。「平成19年度 芸術選奨 文部科学大臣新人賞」(日本)、「オーディエンスチョイス賞」第1回キエフ国際現代美術ビエンナーレ(キエフ、ウクライナ)他、受賞歴多数。2012年、日本の「文化庁文化交流大使」に任命されオーストラリアを訪問。

“Atlas of Japanese Ostracon” @ Carriageworks
中村裕太さん
一片の陶器に「日本の細部」を見いだす
標本箱のように、ガラス張りの額の中にそっと並べられた、ポストカードと陶器のかけら。展示に使用されているのは、中村裕太さんが実際に日本各地を旅しながらリサーチ、収集した「その土地」を表す陶片だ。土地から拾い上げられた小さなかけらが語る風習、生活習慣、文化、風土に、観る者は何を思うだろうか。

――作品名は『日本陶片地図』ですね。
「その土地を表すポストカードと陶器の破片を組み合わせて、土地ごとに額の中に入れて作品にすることを、1つのスタイルにしています。例えば昔、焼き物を焼いていた窯があった場所の近くの河川などに行くと、その陶片を発見することができます。もしくは、取り壊しになる建物の表面についているタイルもその場所を表すもの。考古学的な価値があるものというより、あくまでその“場所“を表す陶片を収集しています」
――なぜ作品の一部として陶片を収集し、展示するようになったのでしょうか。
「元々、大学で陶芸の勉強をしていたのですが、自己表現として何かを残すことだけではなく、近代以降の焼き物の歴史を振り返っていた時に、それをもう1回リメイクし考える機会が欲しいと思ったんです。背景を知るには実際にその場所に行かないと分からないことが多いですし、各地を回って収集するスタイルが、この作品においてはできました。これは今回の展示で終わるものではなくて、ライフ・ワークのように引き続きやっていく仕事だと思っています。日本がベースですが、日本の焼き物の歴史を振り返ると大陸からの影響も大きいので、今後リサーチとしてそういう場所でも収集していけたら」
――日本国外の展示での反応はいかがでしょうか。
「昨年から開催していたブリスベンのアジア・パシフィック・トリエンナーレが、海外での大きな展示としては初めてでした。こちらの方はディテールをすごくよく観て、日本の物だからというより、ちゃんと文脈を理解した上で観てくださっているなと感じます。全体で1つの日本を見て欲しいと言うよりは、本当の日本の小さな細部というか、ローカルなものの集合体で日本というものができているだろうし、そういったものを、1つひとつ単体として見て頂けたらうれしいです」
中村裕太プロフィル◎東京都出身。陶芸専攻の学生時代より「民俗と建築にまつわる工芸」という視点から、タイル、陶磁器などの研究と作品制作を行なう。「第8回アジア・パシフィック・トリエンナーレ」(2015~16)、「六本木クロッシング2013展:アウト・オブ・ダウトー来たるべき風景のために」(森美術館、東京)などに参加。

“Abstraction of Confusion” @ The Art Gallery of NSW
篠田太郎さん
アボリジニ文化との対面から生まれた空間
白木の階段を登ると、漆喰塗りのような壁に囲まれた空間に、畳張りの小スペースが浮かぶように存在する。大胆で繊細、そんな印象を観る者に与える今作の制作背景を、作者の篠田太郎さんが語ってくれた。

――タイトルの『困惑の抽象』とは?
「昨年、制作のリサーチのために豪州のノーザン・テリトリーまで行き、小さな村の原住民の人たちと4日間を過ごしました。僕たちが知らない南半球のアボリジニの人たちの伝説や伝承があれば聞きたいと思ったからです。しかし実際のところ、彼らの概念の構築方法が僕には全然理解できなかった。彼らの絵に描かれたハート型のような模様があり、それは何かと尋ねると『肝臓です。肝臓は母と子との絆の象徴だから』と言うんです。その理由は『サメから肝臓は取り出せるけど、肝臓からサメは取り出せないから』と(笑)。全てがそういった流れで、僕は結局、単語としては理解できてもストーリーとしては全く理解できない、という困惑の経験をしたことが、今作の土台にあります」
――そのご経験をどのように形にされたのでしょうか。
「例えば、完璧なリサイクル社会が成り立っていた江戸時代と比べて、現代の大量消費の文明は、きっと続けていけない。しかしアボリジニなどの伝統文化の中には、人類が今世紀を生き残る『鍵』みたいなものがあるのでは、と思って話を聞きに行ったのですが、僕はただ困惑して帰って来ただけでした(笑)。その困惑はたぶん、現代人の困惑なのだろうなと思ったんです。そこで僕が提示できるのは何かと考えた時に『ちょっと1回ストップして、座って考えようよ』という意味で、このプラットフォームを作りました」
――静かな部屋のような作品ですね。
「何もない空間というのが、『考える場所』として一番良いと僕は思います。壁には、アボリジニがペインティングに使うレッド・オーカーと、その上に白い粘土を塗り重ねています。乾いた粘土は次第にポロポロとはがれ落ちて、すると後ろに塗った赤い色が出てくるのですが、それは僕の困惑というか、人類の困惑のようなものをイメージしています」
篠田太郎プロフィル◎東京都出身。ビデオ、彫刻、インスタレーション、写真など、さまざまな形態のアート作品を手がける。作品は、枯山水や仏教学者・鈴木大拙の著作など、哲学的、禅的な思想体系を体現したものも。世界各地での個展の他、アート・アジア・パシフィック(2016)、「ネイチャー・センス展」森美術館(2010)、イスタンブール・ビエンナーレ(2007)、釜山ビエンナーレ(2006)などに参加。