菊地凛子さん


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第58回シドニー国際映画祭公式ノミネート作品、
『ノルウェイの森』で主演

菊地凛子さん

 

国際映画製作者連盟(FIAPF)公認映画祭の1つである「シドニー・フィルム・フェスティバル」が、6月に開催される。58回目を迎えるこのイベントだが、今年は日本から村上春樹原作の『ノルウェイの森』(監督:トラン・アン・ユン)が公式ノミネート作品になっているとあって、例年以上に在豪邦人からの注目を集めている。それに先がけて、同作の主演を務める注目の国際派女優、菊池凛子さんが本紙への独占インタビューに応じてくれた。

「演じたかったのは、 危うさを秘めた美しさ」

人が普段、他人に見せない感情を 表現するのが面白い

 

――映画『バベル』では、日本人女優としては実に49年ぶりにアカデミー賞にノミネートされるという快挙を遂げられました。その時の心境をお聞かせください。
今までテレビの前で見ていたことが、まさか自分に起こるなんて思ってもいませんでしたし、本当にラッキーでした。それからはとにかく、憧れ、会いたいと思っていた人たちに会えたり、お仕事でご一緒する機会に恵まれ、素晴らしい経験をさせていただきました。また、それまで家族には心配もたくさんかけてきたのですが、少しでも安心させてあげることができて良かったです。この経験を与えてくれたアレハンドロ監督に感謝しています。

 

――その後、ご自身の心境、仕事へのモチベーションでは具体的にどのような変化がありましたか?
今振り返ると、それまでは女優を続けていくことに本当の意味での覚悟が足りなかったように思います。でも、アカデミー賞にノミネートされたことで、これまで尊敬してきた俳優さんたちとも肩を並べられるようになり、やっと「自分は女優なんだ」と、この仕事に意を決して取り組めるようになりました。

 

――これまで演じられるのは悲しい役が多いですが、それは意識されて役選びをされているのですか?
 昔はコメディー・タッチの作品へも出演させてもらっていたのですが、やはり、『バベル』への出演以降はそのイメージが強いようで、それが少なからず影響しているのでしょうか…。たまたまそうなっただけのような気もしますし、一方では、私自身がそういう役に惹かれる傾向にあるという事実もあります。
 悲しい役は、学ぶべきことがたくさんあると思うのです。人は、他人の前ではなかなか悲しみを表に出さないものです。しかし、映画ではそれを見せていかなくてはならない。それは、結構大変な作業である訳ですが、いかにうまく感情の見せ方をコントロールして、その役の悲しみを表現すべきか追究していくのは、女優として面白いところでもあります。

 

直子の持つ危うさに惹かれ、 その訳を知りたかった

 

――以前よりトラン・アン・ユン監督のファンだったそうですが、監督のどのようなところに惹かれていたのですか?
 彼の美的センスに強く惹かれていました。彼の好みとするものは、私にとってもとても好みでしたので、映画の撮影中に彼がどうしたいのかが想像できましたし、そのためには私も努力は惜しみませんでした。彼のその目を信じ、尊敬していたからこそ、そこまで思い入れて取り組むことができました。

 

――実際一緒に仕事をしてみた印象はど うでしたか?
  ふっと沸き起こる彼の突発的なアイデアに、驚かされることがたびたびありました。その日予定していたシーンがまるまる変わることもよくありましたし。基本的にはとても厳しい方ですが、入念に準備することを怠らず、新しいアイデアを恐れず、俳優1人ひとりの特徴に合わせて演出を変え…。とにかくよく見ている監督だと感じました。今までこんな監督と仕事をしたことはありませんでしたし、全く新しい作品の取り組み方をさせてもらいました。

 

――原作者である村上春樹さんについて も、かねてより大ファンであったと伺いましたが、彼の作品のどんなところが好 きですか?
 村上春樹さんの作品には、私が心から満足できるエッセンスがたくさん詰まっています。いつもどんどん読み進んでしまって、あっという間に終わってしまうのが悲しいので、なるべくゆっくりと、味わって読むようにしているほどです。
 彼の作品を読んでいる間は、その独特の世界観にどっぷりと漬かることができ、毎回新しい展開があって飽きませんし、味わえる文学であると思います。また、読む度に何か発見があるというか、自分にとってとても大切なことがストーリーの中に含まれていると感じてしまいます。

 

――『ノルウェイの森』の原作に出合っ たのはいつごろでしたか ? 読み終えた時の 率直な感想とともに聞かせてください。
 17か18歳のころだと思います。そのころの私は、まだまだ自分がどんな小説が好きで、どんな雰囲気のものを求めているのかが分からず、夢中になれる本たちを探している時期にいました。本当に数多くの作品を読みました。そしてこの作品に出合った時、“こういう作品を求めていたんだ”と気付きを与えてもらったようでした。
 それをきっかけに本との触れ合い方がぐっと深くなり、村上さんの作品を読みあさりました。それほど大きな影響を受けた作品なのですが、中でもどうして私がこの作品にそこまで惹かれたのか、一番の理由を挙げるとするならば、それこそが直子の存在だったのです。
 彼女には、表現しがたい美しさがあり、それが文中で見事なくらいに文学的に、詩的に表現されていました。個人的には、その美しさはすべて、彼女の持つ危うさから来ていると感じています。

 

――この役を、かなり熱望されていたと 伺いました。
 なぜそこまでに、私が直子に惹かれたのかを知りたかったからです。直子を演じることによって、この作品をより深く理解でき、ただ小説を読むだけでは得られなかったような新たな発見があるのではないかとも思いました。
 直子はとにかくミステリアスだったのです。そういうものに惹かれるのは、どんな人にも共通した習性ではないでしょうか。なぜそこまで魅力を感じてしまうのか、そこが謎に包まれているからこそ、彼女のキャラクターが心に強く残るのだと思います。


次第に悲しみに押しつぶされていく直子

 

――役作りには苦労しましたか ? またど ういった点に気を付けていましたか ?
 直子は何を求めて、何を必要としてい たのかを、丁寧に見つけていきました。 後は台詞を覚えてリラックスすることで した。自意識を外すことに集中していま した。

 

――ご自身と直子との間に共通点がある としたら、それは何でしょうか。
  喪失感という点では似ているかもしれま せん。ただ全く違う種類の喪失感ですが。

 

――愛する人を失って自我をも見失う直 子のその“喪失感”という心理をどう捉え て演じていましたか?
 遅かれ早かれ、愛する人との別れは誰でも経験することだと思います。ただ、それを乗り越える選択を自力で行い、その深い悲しみは人生の一部であると言い聞かせながらそこから少しでも這い上がり、なおも人を愛することをやめないで人生を歩み続けていくことが、一番の課題です。そう思って、私はどこかで直子がそうできるように願いながら演じていたのかもしれません。私にとって彼女はとても特別な存在でしたから。
 彼女はあまりにも若過ぎたんだと思います。どんなに失うことが辛くて悲しい経験だとしても、時間をかけて人生を歩んでいくうちに、例え少しずつだとしても、和らいでいくかもしれなかったのに。直子にはそれが分からなかったんですよね。それにいくらそれが真実だと知ったとしても、その悲しみを持ち続けられるほどのスペースが、彼女の心の中にはなかったんだと思います。

 

――本作は、作者の死と生の捉え方が全 面に色濃くでている作品です。ご自身は 生と死に対してどのようなお考えをお持 ちですか ?
  死を知る時、私たち自身は既に死んで います。ただ別れの中からこそ、人を愛 することをより深く理解していけるもの だと今は思っています。


村上作品ならではの、美しくもはかない詩的情緒をスクリーンで再現

 

――「死は生の対極としてではなく、そ の一部として存在している」というワタ ナベの台詞がありますが、この考えに 共感するところはありますか ?
  そうですね、一部はそうであると理 解しています。

 

――撮影をしていて特に思い出深かったシーンはありますか?
長い長いワンカットのシーン(編注・直子がワタナベにキズキとの関係を打ち明けるシーンでは、100メートルほどにも及ぶレールが敷かれ、2人が話しながら歩く数分間のシーンをワンカットで収録)はとても印象に残っています。今まで映画の現場で、あんなに長いレールは見たことがなかったですから。とても良いシーンに仕上がったと思っています。

 

――この映画の一番の見どころは ?
  文学的小説をここまで美しい映画にし たことは、素晴らしいチャレンジです し、賞賛に値することだと思います。

 

――今回、松山ケンイチさんと共演され ていかがでしたか?
彼はたいへん意欲的で協力的な人でし た。彼とではなくては、この映画は成立 しなかったと思います。

 

――今作への出演を通して、何か女優と して変化はありましたか?
 ようやく少し、映画に出演することに リラックスできるようになってきまし た。映画をやり続けることで、もっと もっと面白いことができるんじゃないか と期待してしまうほど。

 

新たな道を探し中。でも自分自身 はこれまでと変わらずに

 

――現在ニューヨークと東京に生活の拠点を置かれているということですが、具体的にどのような毎日ですか。
 行ったり来たりすることで、自分にとってバランスが取れているように感じています。ただ今は、かなりの頻度でニューヨークを選択しています。いつも新しいことを学ぶことができるので、とても刺激的で楽しいです。

 

――海外での活動は、今後も精力的にさ れますか ?
  今は、英語という言語で役を演じるこ との大変さと面白さを同時に味わってい るところです。それは日本語の役では経 験できないものなので、純粋に楽しんで います。もっと挑戦してみたいですね。

 

――ほかには、これから仕事でチャレンジしたいことなどはありますか?
 今までに経験したことのないようなことに挑戦したいと漠然と考えていますが、それがどんなことなのかはまだ分かりません。探している途中です。

 

――今後の女優としての抱負を聞かせて ください。
  今までと変わりなくありたいと思って います。
(インタビュー=編集部・荒川佳子)


『ノルウェイの森』 ストーリー
ワタナベ(松山ケンイチ)は唯一の親友であるキズキ(高良健吾)を自殺で失い、知り合いの誰もいない東京で大学生活を始める。そんなある日、キズキの恋人だった直子(菊地凛子)と再会。2人は頻繁に会うようになるが、心を病んだ直子は京都の病院に入院してしまう。そして、ワタナベは大学で出会った緑(水原希子)にも惹かれていき…。
公開情報
原作:村上春樹『ノルウェイの森』(講談社刊)
監督・脚本: トラン・アン・ユン
キャスト:松山ケンイチ、菊地凛子、水原希子、高良健吾、島 れいか、初音映莉子、玉山鉄二、糸井重里、細野晴臣、高橋幸 宏、柄本時生
音楽:ジョニー・グリーンウッド
主題歌:ザ・ビートルズ「ノルウェイの森」
エグゼクティブ・プロデューサー:豊島雅郎 亀山千広
プロデューサー:小川真司
Web: www.norway-mori.com/
上映時間:2時間13分 シネマスコープ/ドルビーデジタル
第67回ヴェネチア国際映画祭 コンペティション部門 正式出 品作品
第58回シドニー国際映画祭ノミネート作品
製作:アスミック・エース/フジテレビジョン
製作プロダクション:アスミック・エース エンタテインメント


きくち・りんこ◎プロフィル
神奈川県出身。1981年1月6日生 まれ。1999年に映画『生きたい』 でデビュー。その後、『BABEL』 で耳の聞こえない女子高生役を熱 演し、日本人女優としては49年ぶ りにアカデミー賞にノミネートさ れる。趣味は音楽鑑賞。特技は馬 術、日本舞踊、手話。

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