芸術の秋:特別インタビュー ヨシダ・ケンタロウさん

【秋特集】  芸術の秋 / 食欲の秋 / 読書の秋

流れに身を任せ、更なる明日へ
KENTARO YOSHIDA

 18歳の時にワーキング・ホリデー制度を利用して来豪。シドニー工科大学で学んだ後、現地広告代理店でデザイナーとしてイラストを描くなどの活動を経て、現在はアーティストとして活躍するヨシダ・ケンタロウさん。秋にフォーカスした本特集のメイン企画として、今回はケンタロウさんに登場願い、現在に至るまでの道のり、今後の展望などについて話を伺った。
(インタビュー:大山芙佳、撮影:馬場一哉)

PROFILE

ヨシダ・ケンタロウ

ヨシダ・ケンタロウ

シドニー工科大学(UTS)ビジュアル・コミュニケーション学部で学んだ後、現地広告代理店に入社。デザイナーとして勤めたのち、フリーランスのイラストレーター、アーティストへと転身。シドニーのノーザン・ビーチズを拠点に活動し、大手企業やブレンドなどとのコラボレーションも数多い。2019年末~20年にかけてNSW美術館で行われた『Japan Supernatural』で、壁画をメインホールに描き話題となった。Web: kentaroyoshida.com、Instagram: kentaro_yoshida
(Photo: Chris Grundy)

──18歳でワーキング・ホリデー制度を利用して来豪し、シドニー工科大学(UTS)を経て、現地で就職されたそうですが、大学卒業後にオーストラリアに残ろうと思ったきっかけは何だったのですか?

 ガラス作家の母の勧めでオーストラリアに来て半年後にサーフィンを始めたのですが、当時住んでいたマンリーのサーフ・カルチャーをすっかり気に入ってしまい、もう少しこちらでサーフィンをしたいと思ったことがきっかけの1つです。

── 大学卒業後に現地の広告代理店でグラフィック・デザイナーとして働いた後、イラストレーターとして独立されたそうですね。どのようなきっかけでフリーランスになろうと決意されたのでしょう。

 大学在学中から知り合いのサーフ・ボードにペイントしたり、フライヤーに絵を描いたりしていました。それが仕事に直結することはなかったし、あまりお金にもならなかったのですが、それなりに絵を描いていた時期がありました。その後、広告代理店に就職しグラフィック・デザイナーやアート・ディレクターとして仕事をするようになってからは、イラストを描く機会がほとんどなくなってしまったのですが、それでも周りの人が、僕を他人に紹介する際に「この人はイラストレーターなんだよ」「彼はアーティストだよ」と言ってくださる事が多くて。

 正直その頃は絵をほとんど描いていなくて、そう言われることに対して全く自信が持てない時期が続きました。それに追い打ちをかけるように、30歳になる頃、身辺上良くないことが次々と起こり、その時に1人になって数カ月考えた末、「もう一度絵を描いてみよう」と決心しました。それで、マンリーのサーフ・ショップで絵を描いたり、インスタグラムに作品専用のアカウントを作ったり、興味のあるアーティストにコンタクトを取って実際会いに行くなどして、活動範囲を広げていきました。

── 企業でアート・ディレクターとして働くことと、フリーランスで働く上での大きな違いは何でしょう。

 広告代理店でのアート・ディレクションでは、基本的にはこちらがデザインやアイデアを提供して、クライアントさんとコミュニケーションを取りながら進めていくので、プロジェクトが自分の望む方向に行かないことも多々ありました。一方、フリーランスになってからは、クライアントさんは僕のスタイルを既に知った上で作品を依頼してくるわけですから、クリエイティビティーといった面では広告代理店で働いていた時よりも自由が利くようになったと思います。

── 作品を拝見しましたが力強い線がたいへん魅力的です。こうした自分らしい作風はどのように確立されたのですか?

 小さい頃から漫画が大好きだったので、スーパーのチラシの裏を使って漫画を模写することから全て始まりました。インクとペンを用いて線で絵を描くコミックのようなタッチが好きでしたね。高校生でスケートボードやスノーボードを始め1980~90年代のスケート系のグラフィックの影響を受けたことも大きかったです。これらをベースにオーストラリアでの経験が上乗せされ、徐々に自分のスタイルが確立されてきているのかなと思います。ただ作風は20代と比べると変わりました。今は家族ができて子どもも2人いるので、ソフトな作風になったと思います。

──ご自身の変化に応じて作風は変わっていくということですね。

人生では「流れに身を任せる」ことが大事

── 独自の作風を武器に確固たるポジションを築かれていますが、憧れの職業の1つとも言われるイラストレーターとして成功するための秘訣は一体何だったのでしょうか?

 イラストレーターとして何とか生活できるようになったのは、人生の節目で流れに身を任せられたからだと思います。1つ1つの巡り合わせを大切にし、良いタイミングが来た時にそのチャンスを幸いにも形にできました。大学のビジュアル・コミュニケーション学科で勉強し、現地の広告代理店で仕事の進め方を習得したこともその1つです。またデザイナー時代、絵が描けないデザイナーもいる中で、絵が描けることは有利であることにも気付きました。それで、やはり自分は「絵を描くことが好きだ」と改めて実感し、絵を描くことに方向転換していきました。

 ただフリーランスで絵を描くのは、個人で店をやっていることと変わらないですから、もちろん不安はあります。3年後も5年後も今やっていることができるという保証はない。ですから周りの流れをちゃんと見た上で身を任せる姿勢は常に意識しています。

── 独立後に苦悩した経験や、今抱えている課題などがあれば教えてください。

 この業界は他人が素晴らしい作品を作った時に、それを羨んでいたらキリがない世界だと思います。やはり自分ができること、自分がやりたいことを一貫して継続、追求することが大事ですが、それを頭の中では分かっているものの一喜一憂してしまう時はあるので、強いて言えばそれが課題ですね。また、新しいことに挑戦していない時の自分を客観視した時に不安を感じることもあります。そういった時は、自分のために絵を描いたり、新しいデザインや空間、建築を見たりして、日々の暮らしの中に新しいことを取り入れるようにしています。

──今後、新しく挑戦したいことはありますか?

 AR(拡張現実)技術を通じて作品と人をつなぐことや、非代替性トークン(NFT)を使ったデジタル・アート売買など新しいテクノロジーの勉強には興味があります。あと僕は漫画が好きなこともあり、これまで自分の作品はどちらかというと若者向けだったのですが、今後はもう少し落ち着いた作風の絵も描いて、これまでとは違う層を引き付ける作品に挑戦したいと思っています。もちろん突然、水彩画や抽象画に移行するとかではなく、これまでやってきたことの延長線上といった形で作品を作っていきたいですね。

──今はオーストラリアを拠点に活動されていますよね。新しいことに挑戦するという面で、日本を含めた海外での活動も考えていらっしゃいますか?

 2018 年に横浜で開催された音楽とアートのカルチャー・フェスティバルGREEN ROOMFESTIVALにアーティストとして招待して頂いてから、日本人からの依頼も徐々に増えてきました。日本でも少しずつ露出を増やしていこうと思い、コラボレーション企画などをいろいろ計画していた矢先に、新型コロナウイルスが発生したんです。

── やはりコロナによる打撃は大きかったのでしょうか?

 当初は少し影響がありました。ただ国のコロナ対策が日本とオーストラリアでは時期が若干ずれていたこともあり、オーストラリアが経済を止めて国民を守ろうとしている時に、日本はまだ経済を必死で回そうとしていて、その時期に日本から仕事の依頼が来たこともありました。一方オーストラリアでは、店を売ろうとしていたのにコロナで売れなくなったので、売却の代わりに店をリブランディングすることに決めたオーナーさんなど、思わぬ方向から仕事が舞い込んできました。これまで多方面の人と仕事をして人間関係を築いてきたことが、こうした仕事の依頼にもつながったんだと思います。また、デジタルでのデザインやイラストの依頼が来てもパソコンとiPadさえあればできたので、これも現場に行けないコロナ禍では強みになったのかなと思います。

──人と人とのつながりなど、これまでの積み重ねが大事ということですね。

 昔会った人から仕事の依頼が来るなど、人とのつながりは本当に大事だと日々痛感しています。僕は大学3年の時にサーフ・ブランドのオニール(O’Neill)でインターンシップをしていたのですが、当時のマーケティング・ディレクターやアートディレクターから3年前よりプロダクト・デザインやコラボレーションの依頼が入るようになりました。あの頃、僕はただの一学生だったけれど、今では彼らが仕事を依頼してくれるだけでなく、一緒に飲みに行ったりもする。つながりって本当に大切なんだなと実感します。

Dee Whyのカフェでの壁画制作

── 最近の活動として、ディー・ワイにあるレストラン・バー「Deck 23 Dee Why」で店内壁画を担当されたそうですが、どういった経緯で壁画制作の依頼を受けられたのですか?

 これも人とのつながりによって実現したことなのですが、レストランの施工を担当したパートナーの1人が、過去に僕の作品を観たことがあったそうで、その話を聞いたレストランのオーナーの方から依頼が来ました。僕としてはノーザン・ビーチーズに自分の絵を残せるのは嬉しいことだなと思ったので話を聞きに行くことにしました。

──壁画のデザインはどうやって決められたのですか? 実際にレストランの雰囲気やコンセプトを見て、アイデアを膨らませていったのですか?

 オーナーさんからは当初「葛飾北斎の波を描いて欲しい」と言われました(笑)。恐らく波を描いてシドニーを表現して欲しかったんだと思います。ただレストランの壁は横に長く、どうしようかと考えた末、波をレストランの目の前のサーフ・ポイントのディー・ワイ・ポイントに見立て、それを反転させてディー・ワイからロング・リーフまでをイメージして描くことにしました。その土地に合った風景を描くことで、地元のお客さんが気付いてくれたらいいなと思ったので、そうしたアイデアを思いつく限り提案して、デザインが固まっていきました。

──オーナーの方は和風テイストを希望されていたわけではないんですよね。いきなり葛飾北斎が出てきたのは面白いですね。

 単にレストランが海沿いにあるのと、思い付くままにアイデアを出しただけだと思いますけど、そうしたアイデアを整えていくのが僕の仕事ですから。結果的には、オーナーの方の最初のイメージとは違った壁画が出来上がったかもしれないですが、「それはそれですごく良い」と言ってもらえたので、ハッピーに終われたと思います。

純日本人であることが強みに

Photo: Chris Grundy
Photo: Chris Grundy

──人とのつながり以外に、仕事をする上で大事なことはありますか?

 仕事柄、「他の人とは違う何か」が大事だと考えています。僕は18歳の時に英語が全く話せない状態でオーストラリアに来たので、仕事を始めた当初は英語での会議についていけないことが多々あり、「日本人であることのハンディ・キャップ」を嫌と言うほど味わってきました。

 しかし仕事を依頼してくる英語圏の人から見れば、純日本人というのは珍しい存在ですから、いろんな意味で目立ち、それが功を奏して仕事の依頼にもつながっていったのかなと思います。純日本人である自分だからこそ出せる「オーストラリア人と違った何か」が、今では個性として仕事上プラスになっていると思います。

──壁画も多く制作されていますよね。ケンタロウさんにとってずばり壁画の魅力は何ですか?

 まず壁画は制作そのものが楽しいです。ハイカラなペンキ屋みたいな感じで(笑)。ペンキは塗るのも結構労力を必要とするので、全身を酷使して出来上がった時の充実感はとても大きいです。また壁画はいつまでも残っていてインパクトもあるし、色んな人に見てもらえることも魅力の1つですね。

──これまでの壁画制作で印象に残っているエピソードなどありますか?

 基本的に壁画の場合、周りは知らない人ばかりという環境の中で、1人で作品を制作することが多いです。だから最初は周りからの視線が冷たかったり、あまりフレンドリーな対応をされなかったりすることもあるのですが、制作が進むにつれ彼らの表情や対応が変わり、最後は差し入れまでくれる人もいたので、そういったことは印象に残っています。あとはノーザン・ビーチーズ周辺などで知らない人から「君の描いた絵を見たよ」と声を掛けてくれる人が増えたのも嬉しかったです。

──スカルをモチーフとした作品が多いですが、どこから発想を得たのですか?

 マンリー出身の有名なイラストレーター、ベン・ブラウン氏の作品からヒントを得ました。彼は1990年代から米ロック・バンド「ニルヴァーナ」にフライヤー・アートワークを提供するなど、この世界では巨匠と呼ばれている人なんですが、僕がオーストラリアに来てからずっとお世話になっているマンリーのサーフ・ショップ「アロハ・サーフ・マンリー」でもグラフィックを制作していて、そうしたことも彼の作風を真似るきっかけになりました。今では一緒に仕事したり、飲みに行ったりする仲になれた事がとても嬉しいです。

──作品にはビールもよく登場しますね。

 オージーは本当にビールをよく飲みますし、代理店時代は何度もビールに助けられて、同僚や上司と仲良くなれました。僕も好きですから、これが自然と作品にも反映される事があるのだと思います。

──好きなものがそのままモチーフになって出てきているのですね。本日は貴重なお話ありがとうございました。これからの更なる活躍、期待しています。

(3月8日、ケンタロウさん・アトリエで)

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