独占!特別インタビュー 作家 林真理子さん

本紙独占!特別インタビュー

作家 林真理子さん

 今から約28年前、エッセイ集『ルンルンを買っておうちに帰ろう』が大ベストセラーになり、一躍時の人となった林真理子さん。当時はコピーライターだったが、その後作家に転向。『最終便に間に会えば』『京都まで』で第94回直木賞を受賞し、作家としての地位を確立した。以降トップランナーとしてのパワーを継続しながら、コンスタントにベストセラーを出し、今では文壇の巨匠と言われるまでに上りつめた。

 一方、プライベートでは、素敵なご主人と一粒種のお嬢さんとのハッピー・ライフがあり、渋谷の一等地に事務所兼私邸の豪邸を建て、ついに美貌さえも手に入れ(人気エッセイ・シリーズ『美女入門』を参照)、傍目にはすべてを手にしたかのような感の林さん。その”ザ・林真理子ワールド”の魅力を探ってみた。

作家志望ではなかった

白で統一された事務所の瀟洒なラウンジに現れた林さんの第一印象は、とても若々しい感じ。そのことを言うと、「ありがとうございます。美容にはとても頑張っていますから」とのコメントも何だか率直過ぎておかしい。

今回のインタビューで必ず聞きたいと用意した2つの質問があったが、2つともまったく愚問だったことが分かり反省(その説明は最後に)。

1つは、林さん自身がエッセイなどで自身を評して、何事にもアバウトで努力というものからはほど遠い人間というイメージを作っているが、本当は根性の人ではないかという質問。

80年代に「アグネス論争」というのがあった。子どもを会社へ連れていくことの是非の論争が社会問題になったもので、アグネス・チャン(是)対林真理子、中野翠(非)の論争だったが、相手は、ま、元人気アイドル、一方林さんは既に直木賞作家でありながら、メディアは、結婚願望の強い三枚目路線の扱いで、非常にアンフェアなバッシングがあった。

それから数十年を経た現在の林さんの立ち位置を見ると、文壇という生き馬の目を抜く社会で、現在の地位を獲得するには、並々ならぬ決意と努力があったはず。よって林さんは根性の人ではという質問を投げかけてみた。

「私のことをよく知っているハタケヤマには、よく根性がないと言われますね…」とコメントしながら、答えに困ったような感じ。ハタケヤマとは林さんのエッセイに、“秋田美人の秘書ハタケヤマ”というフレーズでよく出てくる女性だ(実際、その通りでした)。

「作家は誰でも努力はしていますが…。ただ根性があるという意識はないですね。例えば今夜、大好きな瀬戸内寂聴先生と、肉を食う会、あ、失礼、食べる会でお会いするのですが、お元気でラクラクと仕事をしているので、私もそういう感じで仕事をしたいというところがありますね。仕事をするのは好きです。書くことは楽しめるという感覚はあります。作家という仕事がラッキーにも合っていたんでしょうね」。

2つ目の質問は、作家として幅広いジャンルをカバーしているが、林さんの中でその仕分けはどのようにやっているのかという質問。

これにはただひと言。「注文があったので書きました」。

林さんは、作家志望ではなかったそうだ。「そんなに大望は抱かない子だったですね。小説を書くなんてしんどそうだし、新人賞に応募したこともなかったです。漠然とジャーナリストになりたいという夢はありましたが。とにかくデビューするまでは、努力もしないでボーとしていて、就職もできなかったですし」。

コピーライター時代のエッセイ集の大人気によって、多くの編集者と知り合い、彼らの勧めで小説を書く道を歩き始める。すると、第1作目の『星影のステラ』がいきなり直木賞候補に。その時に、やればできるんだと確信を深めたとのこと。その後、何回も候補になり、ついに直木賞を受賞する。直木賞はどうしても欲しかった賞だったそうだ。

後に『白蓮れんれん』で柴田錬三郎賞を、『みんなの秘密』で吉川英治文学賞を受賞するが、直木賞はやはり特別のもので、当時の感激は今でも鮮やかで、その喜びは大きく残っていると言う。

このころ、あんな女に直木賞が取れるはずがないとか、賞を取ったら取ったで、これで直木賞の権威が落ちたとさんざん叩かれたそうだ。『ルンルン−』で人気者になった後、さんざんテレビに出まくっていたことが災いとなったようだ。林さんも、初期のころは軽薄なテレビに出るのが大好き人間だったそうで、すぐにこんなことをしていてはダメと、出るのをストップしたそうだが、インパクトが強かったのか、いつまで経っても「テレビでよく拝見してますよ」という外交辞令をよく聞くそうだ。

「今、私も皆から頼られ、リーダー的な存在の部分もあり、思慮深さもあると思うんですけど、当時この思慮深さや賢さがあったら…と思いますね」と語るので、「でもあれはあれで林真理子のプロセスとして良かったんじゃないですか」と返すと、「そうですね、あのころに今の思慮深さがあれば、今はただのおばさんですよね」。

うまく文章では伝えにくいのだが、林さんの会話は、ボケとツッコミを一緒にやってくれるというか、オチをきちんと用意してくれるというか、クックッと笑いをこらえるのに苦労する場面が多い。

例えば、美人の話が出て、一緒にある美人編集者と電車に乗っていて2人で下りようと席を立つと、近くに座っていた男性が身を乗り出して彼女を見るので、ああ、美人ってこんな風に男性から見られるんだと驚いたと言うので、「林さんだって、ああ、林真理子さんだ、と男性が身を乗り出して見てますよ」と言うと、「ぜんぜん誰も見てませんよ。この間も娘と銀座へ行った帰り、電車の中で疲れていたのでウトウトしていたら、後で娘から、ママ、カバのように眠っていたわよって言われました」。

それから、「えっ、私のブログ、シドニーでも見られるんですか」「?…インターネットは世界中で見られますよ」とか、「ブリスベンで初めてパンダを抱きました」「?…パンダ?…コアラですよね」という会話が起きる。

おそらくサービス精神が旺盛な人なんだろうと思うが、公のインタビューでこれぐらい笑えるのだから、友達の間では抱腹絶倒の人なのかもしれない。

オーストラリアへは2度訪問しており、陽気で良い国という印象を持っている。残念なのは、エアーズロックに登らなかったこと。階段でも何でも下りることが大の苦手だという林さんは、エアーズロックで、外国人の女の子が降りる時に怖くなったのか、ワンワン泣いてレスキューの人に助けてもらっているのを見て、怖くなって登るのを止めたのだそうだ。


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人気シリーズ・エッセイ集『美女入門』

小説家としては天才

林さんは、妻、母、作家として3足のわらじをはく多忙な毎日を送っている。そのバランスを聞くと、「私はよくやっている方だと思いますが、夫が全く理解してくれないんです」と、愚痴が出てきたのには少々驚いた。

「一昨日も、珍しく一緒に外で食事をしたんですが、帰りのタクシーの中で、私の口のきき方がよくないって怒鳴りまくるんですよ。運転手さんんもビックリして、どうしたんですかって気を遣ってくれたぐらい。だから、ここ数日お互いに口もきいてません。土・日の外出は許されてませんし。一家団らん?そんなんじゃなくて、自分は部屋でパソコンをいじって、娘と私が騒ぐとうるさいって怒鳴る感じです」。

確かに林さんのエッセイやブログに、気難しそうなご主人のエピソードがよく出てくるが、普段から思っていたことを言ってみた。

「林さん、それオノロケですよね」
「違いますよ」
「でもこの間、ブログで弁当(林さんは毎日愛妻弁当を作っている)が美味しいというメールが届き、よしもっと美味しいものを作ってあげようと張り切ってたじゃないですか」
「あれはブログ用」

と断言するのに笑ってしまった。

これは断定できるのだが、林さんは何も言われなくなった妻より、ガミガミ怒られている妻の方が幸せと言う価値観を持っている人(だと思う)。間違っていたらごめんなさい。

最初に林さんの本を読んだのは、もうだいぶ前。『花より結婚きび団子』というベストセラーになっていたエッセイ集で、ストレートな結婚願望をユーモアで味付けしていて、とてもおもしろかった。以降ほとんどの本を読んでいるが、衝撃的な出会いとなったのは、『ワンス・ア・イヤー』という1冊。結婚までを描いた自伝的な色合いの濃い小説だが、一気に読んで唸った。この人はストーリー・テラーとしては天才なんだと。

もっとも、このことを林さんにも告げたが、自身はそれほど高い評価を与えている小説ではないような感じだったのだが…。マイ・ベスト・スリーの残り2つは、秘密を抱えた人間像をロンド形式でつづった『みんなの秘密』、大正時代の美貌の歌人・柳原白蓮の生涯をたどった伝記小説『白蓮れんれん』。

週刊文春のコラム、『夜更けのなわとび』でも分かるように、林さんは鋭いコメンテーターでもあると思っているので、いろいろなトピックについて意見をもらった。まず、日本の若い女の子たちのバーキン熱について聞くと、坂井さん、それは昔の話です、という言葉が返ってきた。

「私たちは、6畳一間の部屋に住んで、バーキンとかヴィトンなんかを買いあさって、何やってんだとよく非難されましたが、そんな時代ではもうないです。今の子はそういうものを欲しがらない。物欲がないですね。身のほどを知っているというか…」。

「不況と国の衰退が背景にあるのだと思いますが、今ごろになって向上心や欲望の肥大化を言っても、よく言うよという感じですね。悲しい現状だと思います。背伸びしないと成長もないですから。それでも日本の女の子は可愛いですが」。

そこから、なぜ日本の男性は若い女の子が好きなのか、という話に飛んだのだが、「伊勢神宮に残されているのを見ると、20年ごとに遷宮することが書かれてあります。それが実証するように、まっさらで新しいものが清々しいという観念が日本人のDNAにインプットされているので、日本の男性を責められないです」というのが、林さんの見解。

今回の東日本大震災について(林さんは定期的に現地に行きボランティア活動を続けている)。「日本は試されているという感じが強くしますね。これでまた東京なんかに大震災が起きれば、日本人は生きていけなくなるのではと悲観的な気持ちもありますが…。もちろん私たちはこの試練に打ち勝つことを疑ってはいません」。

海老蔵事件とホリエモンについて。「歌舞伎と宝塚は特殊な世界だと思っています。海老蔵はずっと大ファンです。これからも。今回の事件はそれほど騒ぐことでもないのじゃないかと思います。品行方性である必要はないと思います。ホリエモンはおもしろいと思う。私は嫌いじゃないです」。

最後に、「神様がいて、林さんに世界一の才能と世界一の美貌のどちらかをあげると言われれば、どちらを?」という質問には間髪を入れず、「美貌です。それを持ったことがないのでいっぺん試してみたい。どんな風に男の人がちやほやしてくれるのか」。

インタビュー終了後、タクシーを呼びましょうという段階で、何気なく「来る時に原宿がすごい渋滞で、遅れたらまずいとドキドキしました」と言うと「どちらまで帰られます」と聞かれたので「Tホテルまで」と告げると、「じゃ近くの千代田線の地下鉄の駅がありますから、それだと12分です」ということで、一緒に事務所を出て、通りを歩き角を曲がって、突き当たりの建物を指し、「あれが駅です。それと最後の車両に乗ってください。降りた所にある出口を上がればTホテルがありますから」とアテンドしてもらったのには、ビックリして恐縮してしまった。壊れたゼンマイ仕掛けの人形のように何度も頭を下げて辞去した。

ホテルで荷物をピックアップして、新幹線で名古屋へ。車中、林さんのエッセイがなぜこれだけ長く人気があるのか考えてみた。

林さんの欲望というか願望というか、きれいになりたい、やせたい、ブランド物が欲しい、グルメも好き、豪邸を持ちたい、いい男をゲットしたいなど、それらの分布図は普通の人とたぶん全く変わりないのでは(話し方も、知的とか才気煥発というのではなく−失礼−至って普通)。目線が同じと言い変えることもできると思うが、視線の強さはもちろん普通ではない。そこに抜群のバランス感覚とユーモアのセンスが加わり、大きな共感を得ているのではないだろうか。

ところが、ひとたび小説を書くためにペンを持つと(文字通り。パソコンは一切受け付けないとのこと)、林さんの中で天才のスイッチがオンになるのだと思う。それで冒頭の2問に戻るが、林さんは天才なので、普通の人間のように、並々ならぬ決意も努力も必要ない。いろいろな引出しを用意しておく必要もない。注文があれば書く。それだけのことだ。

ふと何の脈絡もなく、編集部に在籍するワーキング・ホリデーの女の子を思い出していた。彼女は林真理子・命というほどの熱狂的なファンで、今回日本でインタビューが決まった際、飛行機代は自分で持つので、アシスタントとして同行させてほしいと懇願され、なだめるのにひと苦労したのだが、シドニーのオフィスへ帰れば、彼女から開口一番「実際の林真理子さんってどんな人でしたか」と聞かれるのは必至。その時は、「林真理子さんは、とても若々しい素敵な人で、話がおもしろく、そして非常に親切でいい人だった」と報告しよう。

(本紙発行人・坂井健二)


プロフィル
はやしまりこ

1954年山梨県生まれ。日本大学芸術学部文芸学科卒。コピーライターを経て、エッセイ集『ルンルンを買っておうちに帰ろう』を出版。若年層の女性を中心に絶大な人気を得る。『最終便に間に会えば』『京都まで』で第94回直木賞、『白蓮れんれん』で第8回柴田錬三郎賞を、『みんなの秘密』で第32回吉川英治文学賞を受賞。2000年直木賞選考委員に就任、05年吉川英治文学賞選考委員に就任。

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