【視点】小野伸二がもたらすもの

視点

小野伸二がもたらすもの


小野伸二のウエスタン・シドニー・ワンダラーズ(以下WSW)加入は、本紙「日豪サッカー新時代」の筆者で豪州サッカー関連を追い続けてきた本紙特約記者・植松久隆の目にはどう映ったのか。WSWの試合2試合の取材を経て、書き下ろす。

文:植松久隆(スポーツライター/本紙特約記者)

いきなり冒頭から私事で恐縮だが、過去6年ほど日豪プレスのサッカー特集記事のほぼすべてを担当してきた。さらには、2年前からは連載コラム「日豪サッカー新時代」で日豪両国のサッカーに関するさまざまな事象を取り上げてきた。そんな、豪州サッカーを日本と邦人コミュニティーに向け発信してきた身としては、9月末に飛び込んできた「小野伸二、WSW入団」の報を、人一倍、感慨深く受け止めた。小野ほどの大物選手が豪州行きを決めたことで日本でのAリーグの注目度は、ここのところうなぎ上り。これは本当にありがたいことで、今までの行いが少しは報われた気がしている。

さて、本題。今回のように日本でAリーグが注目されるのは、05年のキング・カズこと三浦知良がシドニーFCにゲスト・プレーヤーとして来豪した時以来だ。今も当時も変わらず、日本サッカーで最も偉大な選手であるカズがシドニーにやって来た時は、非常に盛り上がったと聞く(筆者は、この時、シドニーから一時的に日本に帰国しており当時の状況を知らない)。ゲスト・プレーヤーという特殊な契約下の4試合限定参戦だったにもかかわらず、カズは限られた4試合で2得点という活躍を見せ、シドニーのサポーターの心をつかんだ。そして、短期間の帯同ながら、カズはチームの内外に“真のプロフェッショナル”としての大きなインパクトを残して去った。

それから7年。同じシドニーのライバルとして誕生したWSWに小野伸二が加入。再び、日本サッカー界のレジェンドがAリーグのピッチに立つことになった。

小野の入団が決まる前に、新規参入のWSWの戦力を分析したことがある。「駒が足りない。中盤にチームの核となる補強を早急に行わなければ苦しい」というのが、その時の率直な見立て。私のような一介のライターがチーム・データを見ただけで感じたことを、WSWのフロントが認識していないはずはない。クラブは、チームの核となるマーキー・プレーヤー(筆者注:サラリー・キャップの枠に含まれない特別契約選手)を獲得すべく、元ドイツ代表のミハエル・バラックや小野など複数の候補と断続的に交渉を重ねていた。

そして、最終的に小野の入団が決まったのが、9月28日。同30日の夜には、小野は機上の人となり、翌10月1日にシドニー国際空港に降り立ち、熱心なサポーターの出迎えを受けた。その到着時の小野をとらえた写真を見た時、強行軍でしかもオーバー・ナイトのフライト直後というのに、非常に清々しい表情なのが印象的だった。推測ではあるが、「久々にサッカーができる」という喜びと新天地に賭ける思いとが去来して、あの表情が滲み出たのだろう。

その思いは、開幕までわずか5日と迫ったところで合流したチームのトレーニングでもほとばしる。小野を空港で出迎えて以来、継続して取材を続ける日豪プレス本紙の馬場記者によれば、練習のさまざまなシーンでリーダーシップをいかんなく発揮、率先垂範の姿勢を見せ続けているという。真のリーダーを得たWSWは、トニー・ポポビッチ監督の下で初陣の準備を加速する。

突貫工事で臨んだWSWの歴史的な船出の一戦、6日のセントラル・コーストとの開幕戦。さすがに、合流したばかりの小野はベンチ・スタートとなったが、試合とは別のところで印象的なシーンが見られた。前半終了後、小野はハーフ・タイムを終えピッチに戻って来た先発メンバーに歩み寄って、手を叩き、声を掛けて鼓舞しつつ送り出した。合流わずか5日の新加入選手のその振る舞いは、既にチーム内でリーダー格として認識され、精神的支柱の役割を自然と果たせる立場を確立していることを伺わせた。

その試合、後半14分にピッチに立った小野は、初戦でAリーグ・デビューを果たす。出場後、ボール・タッチや柔らかいパスなど“小野らしさ”を随所に見せるものの、連携の不十分さはいかんともし難く、チームは決定機を物にできず開幕ドロー・スタート。

アウェーのアデレード戦での負けを挟み迎えた20日のシドニー・ダービー。試合を追うごとに高まる連携面の向上もあり、WSWは内容ではシドニーFCを上回り、再三ゴールに迫る。しかし、シドニーFCの千両役者デル・ピエーロのひと振りの前に、歴史的なシドニー・ダービー初戦に敗れた。試合後には、「連携は日に日に良くなっている。とにかく1点が入れば、流れが変わってくる」とコメント。敗戦の中に一定の手応えを感じていることを匂わせた。

そして迎えた27日の敵地でのブリスベン戦。この日のWSWは、2連覇中のリーグ王者との対戦にも気負いはなく、パッシング・ゲームを得意とするブリスベンに対して高い位置からのプレッシングで対抗、相手のミスを誘いつつ流れを引き寄せた。

チーム史上初得点となるWSWの先制点を演出したのは、やはり小野だった。王者相手に果敢に攻め込むWSWは、前半だけでかなりの数のコーナー・キックを獲得。得点になったシーンも、相次ぐコーナー・キックでブリスベンのマークが甘くなっていたところを見逃さず、小野が意表を突いたショート・コーナーをMFヘルシに出し、ヘルシがタイミングよく上げたボールをFWブリッジが頭でねじ込んだ。

その後、小野は後半25分で交代したものの、虎の子の1点を守り抜いたWSWがそのまま逃げ切り、敵地での大金星でチーム史上初勝利を飾った。前節のダービーで感じた手ごたえが勝利という形に結実した瞬間、小野は両手を高く上げ、天を仰いでのガッツ・ポーズで喜びを露わにした。

試合後、小野はブリスベンのチーム関係者の急な依頼を快諾、スタンドの1カ所に集まった多くの邦人ファンに歩み寄り、サイン、握手、写真撮影に応じた。憧れの“天才”を間近で見た興奮を隠さず連れの女性に小野という選手の偉大さを説く若者。日本代表のユニフォームにもらったサインを誇らしげに見せてくれた女性。そこにいたすべての人々が、「雨の中、来てよかった」という充足感を感じていた。試合後に自ら明かしたように、試合前から腰に違和感があり万全でなかった状態にもかかわらず、多くのファンを喜ばせた小野伸二。この試合後の振る舞いにも、真のプロの姿を見た。

小野伸二がAリーグにもたらすもの、それは、ピッチの内外で日々何らかの形で示し続ける真の“プロフェッショナリズム”。“天才”と呼ばれる男が、誰よりも努力を怠らない真のプロであることに周りはすぐに気付かされるだろう。

日本が誇るレジェンド、小野伸二の挑戦はまだ始まったばかりだ。

(文中敬称略)

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