来豪インタビュー─八千草薫さん&深川栄洋監督

女優・八千草薫さん 映画監督・深川栄洋さん 来豪インタビュー

—— 年を重ねた人のドラマがもっとあればいい

 女優の八千草薫さんと映画監督の深川栄洋さんが、第17回日本映画祭に参加するため来豪した。最新作『くじけないで』では、98歳で出版した詩集がベストセラーになった実在の女性、柴田トヨさんの生涯を82歳の八千草さんが演じている。11月23日、上映会場であるシドニーの映画館での舞台挨拶と観客との質疑応答を終えたお2人に話を伺った。

インタビュー=大倉弥生、写真=リチャード・ルアン

映画はあまり好きじゃなかった

——八千草さんは今回が3度目の来豪だそうですね。
八千草:
最初は1978年にヤマハのスクーターのCM撮影でシドニーに来ました。ちょうど日本は冬で緑がなく、緑の多い所ということで季節が反対のオーストラリアでの撮影になったんです。2回目は、NHKのドラマ「夕陽をあびて」(1986年)という山田太一さんの作品で大滝秀治さんと老夫婦を演じたのですが、パースでずっと撮影をしていました。今回来て、街の中はビルが増えてかなり変わったなと思いましたが、昨日、橋の向こう側からオペラ・ハウスを見て懐かしかったです。風が強くて、髪がくしゃくしゃになりましたけれど(笑)。

 

——映画祭に出席されていかがでしたか。上映中、たくさんの方が泣いていらっしゃいました。
八千草:
上映後の会場に入って行った時に皆さんが力強く拍手をしてくださって、満足してくださったかなと思いました。私は自分の出ている映画を見て泣くことはあまりないのですが、壇れいさん(若き日のトヨさん役)が夫を迎えに行って駅から子どもと3人で帰ってくるシーンの詩が好きで、見る度に涙があふれてきます。最後のシーンもなぜか涙が出てしまいます。
深川:最後のシーンは、お芝居ではなくて八千草さんの人間の本質が映っているんだと思います。

 

——大きな起承転結はなく、とても静かな映画ですが、人を感動させるものが一貫して流れていますね。
深川:
無理に盛り上げる映画ではないと思っていたので、音楽も静かなものがついています。

 

——舞台、映画、テレビでずっと活躍されている八千草さんですが、58年ぶりの主演映画ということで意外な気がしました。
八千草:
確かに映画にまた出始めるようになったのは最近なのですが、舞台やテレビは長くやってきましたから、何十年ぶりと言われてもあまりピンときません。

 


八千草薫(やちぐさ・かおる)さん◎1931年生まれ大阪府出身。1947年に宝塚歌劇団に入団。美しく清純な娘役として脚光を浴びる。57年に歌劇団を退団し、その後も舞台をはじめ映画やテレビなどで活躍。97年テレビ大賞主演女優賞の『岸辺のアルバム』、86年菊田一夫演劇賞『女系家族』『エドの舞踏会』などで注目を集めた。

——映画に出られるのは楽しいですか。
八千草:
若いころは映画があまり好きじゃなかったのです。宝塚で舞台をやっていましたから、舞台だと気持ちが最後までつながっていくのですが、昔の映画の撮り方は細かくて、ちょっとしたアップの場面でもフィルムがもったいないのでNGは出せなくて、とても窮屈に思っていました。最近は、テレビが映画の真似をしている気がして、逆にテレビのような感じがする映画もありますね。
深川:この10年くらいテレビと映画の境目がなくなってきているのです。テレビは新しいことをやろうとして、その手本が映画なのです。そして最近の映画はテレビ局の資本で作っているので、映画の人間はテレビ局の顔を見ている。それでテレビと映画の良い面を消し合ってしまっているのです。
『岸辺のアルバム』とか『阿修羅のごとく』とか、八千草さんが70〜80年代に出演されて印象に残っているテレビ・ドラマがありますが、あのころのテレビが持っていた矜持が今はなくなってしまっていて、映画業界の方は侵食されて映画人たる気概がなくなってしまっているのです。そういうことを八千草さんもお感じになっているのだろうと思います。

 

——八千草さんとしては映画らしい映画に出演されたいということですね。
八千草:
そうですね。今回の映画も「映画だな」という感じがしましたし、そういう作品にめぐり合うと「やっぱり映画もいいな」と思います。今一番映画が手作り的な気がします。

人間をありのままに描くテレビの魅力

——テレビの方はいかがですか。『岸辺のアルバム』(1977年)は八千草さん演じるごく普通の主婦が不倫をするというストーリーで、当時のホームドラマの型を破ったことでたいへん話題になりました。
八千草:
映画、舞台を経てフリーになりテレビに出始めた時に、「あ、これは自分に合うかもしれない」と思ったのです。テレビでは撮影カメラが5、6台あって、カット割りはスタジオの上にある副調整室でするので、どこでどう撮られているかあまり分かりません。それがとても自由な気がしたのです。長いシーンもワンカットでいきますし。今は長いシーンと同時に細かく切っていって撮りますが、それはテレビではないなと思います。テレビというのは、とてもリアルで、その人が持っているものがすべて画面に出てしまう気がするのです。映画は「ありのまま」というより、もう少し「作って見せる」ものですね。テレビは茶の間で見る人に身近なものですから、嘘はつけません。

 

——そこにテレビの魅力があるのですね。女性の醜いまでの内面を描いた向田邦子さんの代表作『阿修羅のごとく』(1979年)では四姉妹の次女を演じられましたが、2003年の映画化では母親役でした。時を経て、違う役で同じ作品に出られるのはいかがでしたか。
八千草:
映画は映画でとても良かったと思いましたが、やはりあの作品はテレビではないかなと。本当に細かいところまで描かれていて、そういうところが1時間何十分という短い映画の中では出しにくいのです。テレビの撮影をしている時は芝居をしているという気がしなくて、本当に姉妹が好きなことを言っているという雰囲気でした。ちゃんと脚本通りにはやっていたのですが、とても新鮮でしたし、この作品は映画ではなくてテレビのものだと思います。

——『シャツの店』(1986年)というドラマも印象的でした。鶴田浩二さん演じる仕事一筋の夫に愛想を尽かして家出をし、自分のことを「好きだ」と口に出して言わなければ家に帰らないという妻の役でした。
八千草:
あれはどちらかというと男の人のドラマでしたが、好きでした。鶴田さんがシャツ職人という珍しい役で、共演の杉浦直樹さん、井川比佐志さんも面白い役でとても楽しかったです。最後には「愛してる」と言うんですが、鶴田さんは照れてなかなかおっしゃれなくて(笑)。
深川:鶴田さんが組事務所に殴り込みに行く役は何度も見ていますが、そんな台詞は言わない役ばかりですからね。

 

——今回の映画では監督が脚本も書かれていますが、美空ひばりの訃報を聞くシーンで、「鶴田浩二も亡くなってしまったし」という台詞がありますね。
深川:
平成の世の中ではスターがゴシップの的になっておもしろおかしく扱われていますが、昭和の時代はスターがその時代の人たちと一緒に生きてきた感じがあるんです。昭和が終わったことを振り返るのに、昭和天皇が亡くなり、そして美空ひばりさん、鶴田浩二さん、石原裕次郎さんも亡くなり、そういうスターがスターでいられた時代を懐かしむという感覚があったので、そういう言葉を使ってみました。

80代で90代を演じる苦労

——ところで、八千草さんは山歩きがお好きだと伺っていますが、今も歩かれているのでしょうか。
八千草:
山登りはしなくなりましたが、山歩きはします。主人(映画監督の谷口千吉氏。2007年他界)は中学生の時から1人で山登りをしている人で、少し危ない所でも私が強引に付いて行って(笑)、一緒に登りました。私は六甲にしばらく住んでいたことがあり、小学校の裏にある小さな山でよく遊んでいました。そういうのが好きだったんですね。結婚してたまたま主人が山が好きだったので、よく行くようになりました。

 

——谷口監督は68歳で運転免許をとられて、八千草さんの送り迎えをされたと伺っていますが。
八千草:
山小屋を作ったのですが、出かける時は同居の母が留守番をしてくれていました。それが、母が亡くなってからは犬を飼っていましたので出かけられなくなり、海外旅行も何十年もしていませんでした。でも山には行きたいので、犬も連れて行けるように主人が運転免許をとったのです。

 

——山で鍛えられたのかとてもお元気そうですが、今回の映画の撮影ではずっと腰を曲げているのが大変だったそうですね。
深川:
背筋がピンとしていらっしゃる八千草さんに、ずっと背中を丸めていただいて、杖をついて、歩く時も手から歩くようにしていただいたので、相当苦しかったようで申し訳なかったです。

 

——映画を観て八千草さんの背中が本当に曲がっていると思う方がいるかもしれません。
八千草:
「あんなに年をとったのかと思ったら、若い姿で出てきたからホッとした」なんて言われました(笑)。
深川:この映画をきっかけにこういう物語がもっとできればいいなと思います。

 

——八千草さんのお仕事もまだまだ続きますね。
八千草:
これから仕事をしていくか、途中でやめるか、それは自分でも分かりません。自然にそうなったらそうなったでいいという感じです。
深川:来年もたくさん仕事をなさるそうですよ。

年を重ねて見えてくるもの


深川栄洋(ふかがわ・よしひろ)監督◎1976年生まれ千葉県出身。2005年に初の劇場用長編映画『狼少女』を監督し、第18回東京国際映画祭の「ある視点」部門に選出され、09年には『60歳のラブレター』が大ヒット。後にベルリン映画祭パノラマ部門で正式上映された『白夜行』や、『神様のカルテ』『ガール』などの人気作品を世に送り出してしている。

八千草:年を取ってくると、今まで見えなかったものが感じられる、見えてくるという気がするんですよね。ですから、ある年齢になった人のドラマがあればいいなと思います。
 年を重ねると、楽しいことが見えてくる気がします。うまく言えませんが、例えば、昆虫がいっぱいいることが楽しいのです。昔は秋に「虫がよく鳴いている」くらいにしか考えなかったのが、このごろは小さいカマキリやバッタが愛おしいなあと思えて、そういう虫を見ると心がなごむのです。
深川:若い時は前ばかり見て自分の足元がなかなか見えないですよね。幸せを求めてばかりいて、身の回りにあるヒントに気付かない。電線にスズメがとまっているだけでも可愛いなあとか、アリが一生懸命荷物を運んでいる、そういう小さいものを可愛いと思う、「愛でる」という気持ちを昔から日本人は持っていました。
八千草:年を取るとそういうことがどんどん増えてくるのじゃないかと思います。

 

——先ほど会場から八千草さんは詩をお書きにならないんですかという質問があって、若いころは書いたこともあるとおっしゃっていましたが、また詩を書かれるおつもりはありませんか。
八千草:
この仕事をさせていただいて、詩は書けないかもしれないけれど、ひとことふたことでいいから日記を書こうかと思っています。小さい時から日記を書き始めてはだめになって、もったいないことをしたなと今思いますから。

 

——この映画には題名通り「くじけないで」というメッセージが込められていたと思いますが、戦争を知っている世代の八千草さんから若い方へメッセージをいただけますか。
八千草:
昔の人間は我慢することを知っていました。今はだんだん我慢ができなくなってきていると思います。世の中がどんどん変わって、昔のようにのんびりと生きていけないですけれど、我慢すればくじけないですむのじゃないかと思います。

 

——今日はどうもありがとうございました。これからもいろいろな作品を拝見できることを期待しています。

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