大蔵&DJ KEIN インタビュー

イベントづくりとは、空間づくり

人とのつながりを大切にしていきたい

人気グループ、ケツメイシのリーダーとして活動を続ける大蔵と、沖縄と東京を拠点にDJ、MC、トラック・メーカーとして活躍するDJ KEIN(以下DJケイン)。この2人が1月末、人気イベントの「グラインド」を引き下げて再びオーストラリアへ帰ってきた(編注:同イベントは昨年ケアンズでも開催した実績あり)。イベントや音楽を作ることに関してさまざまな観点から共通の意識を持つ2人に、同パーティーやクラブ・シーンへの思い、その意外な出会いなどについて聞いた。取材・文=荒川佳子

——今回でシドニーは何回目ですか。街の印象などはいかがでしょうか。

大蔵:シドニーへは2人ともこれで2回目です。

DJケイン:新しいものと古いものとが混沌と共存している街並みが良いですね。建築物も、昔ながらのレンガ造りのものがあるかと思えばそれがすごくモダンに改築されてたりして。そういう新旧が融合した景色にインスパイアされます。

海外での活動

——海外活動が多いお2人ですが、特にアジアでの公演では現地のお客さんが大部分を占めると伺いました。その場合は、歌詞のすべてが伝わるわけではないですよね。

大蔵:日本語はよく理解していないとしても、そのメロディーやムードで何か伝わるようで…。僕らも外国の歌を聞く時には“何を言っているか分からないけど刻み方が面白いな”とか“韓国人のラップってかっこいいな”とか考えているので、自然な流れかと思います。以前一度だけ、ハワイでケツメイシのライブをしたことがあるのですが、その時現地の人から「いいね、楽しかった」と言ってもらえた時に、ちゃんと伝わるんだと実感して感慨深かった思い出があります。

 

——選曲の際は、国内と国外で気をつけていることはありますか。

DJケイン:今回は日本のお客さんが多いので、日本のスタイルがメインですが、海外では各地でのスタイルや何が受け入れられるのかなど、予測できない部分があります。特定のジャンルの曲に対してさーっと引かれてしまった場合などは、そういう感じは求めてないんだなと素直に受け止めて、立て直します。反応を素早く察知して、キャッチ・ボールで瞬時に対応することで良い空気を保つことが大事だと考えます。

大蔵とDJケインの意外な関係

——お2人の出会いについて聞かせてください。音楽のルーツとしてはヒップホップやレゲエがベースかと思いますが、どのあたりで共鳴されて一緒に活動されるようになったのですか。

大蔵:もう20年以上前の話になりますが、元々はケインさんが東京でレゲエ・クラブの店長をされていたんです。そこに僕が遊びに行っていろいろ教えてもらったり、お世話になっていたのがきっかけですね。

DJケイン:そうそう、多摩の聖蹟桜ヶ丘にあった「マウス」というクラブなんですが、その近所の大学に通っていた大蔵たちが頻繁に集まるようになって、そのうちイベントなんかもやってくれて、それがそのまま後にケツメイシになったんですよね。
大蔵:だから、ケツメイシを結成するよりもずいぶん前からのつながりです。実は、僕はそれまでヒップホップ・ダンサーとして活動していたんです。ダンサーとしての知識はそのころで止まってしまっているので、今でもライブのリハーサルなどでランニングマン(編注:1980年代後半に一世を風靡した、ヒップホップ・ダンスの基本ステップ)などをすると、ほかのダンサーたちから「古い!」などと突っ込まれてしまうこともしばしばあるのですが(笑)。とにかくその後、大学生になってマウスに通いだしたことをきっかけに、レゲエという音楽やその文化の奥深さにどんどんはまってしまい、ケインさんにもいろいろと教わりました。
DJケイン:以来ケツメイシの歴史はいろいろと見てきましたね。「昔は超お世話になりました」って言われて、今は俺がお世話になっている感じかな(笑)。
大蔵:いやいや、今も大変お世話になってます!

DJケインとオーストラリア


©MARIO YAMAGUCHI

——ケインさんは何がきっかけでレゲエの世界に?

DJケイン:16歳くらいのころサーフィンに行く道中、先輩のカー・ステレオからUB40とかアスワド(編注:ともにイギリス出身のレゲエ・バンド)あたりの曲が流れてきて、その時に強くインスパイアされたのがきっかけです。そこからは、六本木をはじめ港区周辺のクラブによく遊びに行きました。レゲエはもちろんのこと、ロックやパンク、テクノ、ヒップホップとあらゆるジャンルのクラブに出かけましたね。クラブのカルチャーそのものが好きだったんです。そのうちに、「マウス」で店長をやらないかという話をいただいて…。実は当時、サーフィンをやりたくてオーストラリアにワーキング・ホリデーに行こうと考えていたんです。でもその話がきて、オーストラリアに行くのかクラブをやるかの選択肢で迷ったあげく、クラブで働くことを選択しました。その後、25歳になった時にもう1度考えて(編注:当時は25歳がワーホリの年齢上限だった)、今度はサーフィンがしたいという結論に達してお店をやめてオーストラリアに来たんですよね。ちょうどそのころからケツメイシがものすごい人気が出てきていて、オーストラリアから帰ってきたらさらにものすごいことになっていて、再度集合をかけました(笑)。

 

—去年お2人でケアンズでイベント「グラインド」をされた時、元々オーストラリアに住んでいたケインさんとしては、凱旋ライブのような感覚もあったのでしょうか。

DJケイン:住んでた地域が違うのでケアンズは初めてでしたが、知人を通して「ケアンズの若い人たちに元気を与えて盛り上げてほしいので、イベントをしませんか」とお話をいただいた時には、何かご縁のようなものを感じました。こういう形で帰ってくることができて、ありがたいです。

イベントという空間づくり

——イベントを作り上げる際に心がけていることはありますか。

大蔵:対象にする地域もお客さんの層もバラエティに富んでいるので、自分たち中心の目線になるのではなく、なるべく地元の人と一緒に1つの空間を作りあげるということを心がけています。現地のDJにも出演してもらったり、歌ってもらったり。その一方で、誰よりも自分が楽しむということも忘れないようにしています。こっちが恥ずかしがっていると、オーディエンスにも伝わってしまうので。あんまり「こういうイベントにしたい!」といった難しいことは考えていないです。やっぱり酒場なんで盛り上がったもん勝ちでしょうみたいなところがあるかなって。その分、初めて聴いたと言われるような曲をかけたり歌ったりしても盛り上がってもらえるようには気をつけています。

 

——今回のオーストラリア公演でも、日ごろのクラブ・イベントに比べると客層はぐっと広がっているのではないでしょうか。


大勢の観客が訪れ大盛況だったシドニー公演の模様

DJケイン:クラブにはあまり行き慣れていないという人たちにこそ、来てほしいと思っているので、本当に嬉しいです。大蔵も言っていたように、難しく考え過ぎたり無駄に構えたりしないで、MCでしゃべりを入れて観客とのコミュニケーションを図りながら、みんなと一体となって会場の温度を上げていけたらと思います。

 

——最後に日豪プレスの読者にメッセージをお願いします。

大蔵:オーストラリアにいる目的や理由は、勉強なり仕事なり皆さんそれぞれあると思いますが、1億2,000万人の中の1人として国を出てここへ生活をしに来たんだから、日本人としてほかの国に恥じることなく、堂々と生きていってほしいと思います。皆さんの行動1つ1つが、日本の印象を変えることだってあると思うので。その上で、それぞれの目指す分野で夢に向かって思いっきりがんばってください。

DJケイン:海外で生活していると日本ではできないような経験も積むことができて、それで自分が大きくなったような気がすることがあると思うんです。でも、自分のルーツとアイデンティティーは大切にしながら、本当の意味で胸を張って生きてほしいですね。吸収することは大切だけど、変な意味で染まらないでほしいというか…。日本って本当に素敵な所だと思うし、(国内)どこに行っても最高だと思うので、そこはかぶれずに自分のスタイルを持って、人生を大いに楽しんでください。

大蔵 プロフィル
人気グループ、ケツメイシのリーダーであり、MC&筋肉担当。週1回のジム通いを欠かさない筋肉番長。骨太な声で、陽気な曲からしんみり曲まで柔軟にこなす。ライブでは仕切り役&盛り上がり前のビール一気を担当。これまでにDragon Ash「Luz del sol」や山嵐「Walking Under The Sun」に客演。DJとしても全国各地のイベントに出没している。ぶ厚い筋肉とは裏腹に優しい心を持つナイスガイ。

DJ KEIN プロフィル
セレクター、MC、トラック・メーカーとして、沖縄と東京を拠点に国内外問わず数々のイベントに出演中。レゲエを中心とした幅広い選曲と独特のMCスタイルは、ジャンルのボーダーを超えて、観客の心と体を踊らせる。2012年には BIGGA RAIJIとのシングル「I NEED U」を、そして2014年には RYO from ORANGE RANGEとのシングル「TIM DON DON」、MOOMINと「しあわせのかけら」をリリース。また、MOOMINのアルバム『空き地のヒーロー』では、うち4曲をプロデュースするほか、CM音楽なども手掛ける。

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