「いばらの道かもしれない。でも、好きなことなら楽しいはず」

コミュニティーインタビュー
自身の道のりを語ってくれた松本憲明さん


■ハリウッド映画を創る日本人・特別インタビュー

CGアーティスト 松本憲明さん

「いばらの道かもしれない。
    でも、好きなことなら楽しいはず」

 『アバター』『アリス・イン・ワンダーランド』が大ヒットし、映画が3Dの時代に移行しつつあるといわれる中、今年9月(豪州では10月予定)にはフクロウたちの壮大な冒険を描いた3Dの長編ファンタジー映画『ガフールの伝説』が世界各国で封切られる。単独で制作を進めているのはシドニーに本社があるCG(コンピュータ・グラフィックス)制作会社、アニマル・ロジック社。『ハッピー・フィート』で2006年アカデミー賞長編アニメーション映画賞を受賞した同社が、2年半の制作期間をもって放つその自信作には、日本人クリエーターも制作に携わっている。視覚効果を担当している松本憲明さんだ。松本さんに、自身のハリウッド映画に携わるまでの道のりについて話を伺った。

ずっと落ちこぼれでした
 ある1つの物や出来事が、その人の人生を変えることがある。松本憲明さんの場合、それは、1台のコンピュータだった。「僕は2浪1留で、同期の友だちよりも3年遅れ。大学を卒業するまでずっと落ちこぼれでした。しかも建築家を夢見て大学で建築を勉強したのですが、なぜか無意味に思えてその道を断念しました。そんな無気力で目標のない自分に嫌気が差して、これではいけないと思い切って買ったのがMac(アップル社のコンピュータ)なんです」。もともとコンピュータに興味のあった松本さんは、両親が自分にかけてくれていた保険が満期になったお金で、当時高価な1台を買った。以降、フォトショップなどの画像制作ソフトを使い始め、熱中。CGで仕事をしていきたいと、大学卒業後はコンビニでアルバイトを続けながら、デジタル・ハリウッドというクリエーター養成学校でCGを学び始めた。
 さらに本格的にCGを学ぶため、26歳の時にロサンゼルスにある同校のアメリカ校に留学。熱心なクラスメート4人で共同生活をしながら、ひたすらCGの勉強に励んだという。「当初はハリウッド映画で働くことは夢のまた夢でした。でも『英語はぜんぜんダメだが、腕が良いから雇ってやる』と言われてハリウッド映画のCG制作大手に就職した日本人の先輩の存在を知り、その“夢”は、実現できる“目標”に変わったんです」。
「何でもしますから、チャンスをください」

コミュニティーインタビュー
美しいフクロウ世界の風景——。この場面の炎も松本さんが担当した



 松本さんは1年間のコースを卒業後もロサンゼルスに残り、語学学校に通いながら、できる限りスキルを着けたいと、個人経営のCG制作会社で毎日休みなく手伝いを続けた。そこでは主戦力としてのタスクを任されながらも無給。独学で腕を磨いていったという。「その間、本当に無理を言って、実家から仕送りをしてもらいました。決して裕福でない中、“いつまで夢を見ているんだ”と小言を言いながらも支えてくれた両親には、感謝してもしきれません」。
 2年半の下積み無給生活の後、就職活動を開始。しかし、有名な映画に携わった経験がないため「箸にも棒にも掛からない」状況で、のべ100社以上に自分の作品テープを送り、行きたい会社には毎週のように「床拭きでも何でもしますから、チャンスをください」とメールし続けたという。「ある会社では、僕のメールがスパム扱いにされていました(笑)」。面接に漕ぎ着けた会社もあったが、最終的にはビザ取得のサポートが得られず断られてしまう。「そのころはもう、意地になっていました。無給で働いた2年半はいったい何だったのかと。でも、アメリカで就職できず帰国することは、自分にとっては“負け”だったんです」。
相手の期待には倍で応える
 そうした8カ月間の苦しい就職活動を経て、Entity FXというCG制作会社から、ワーナー系列の人気テレビ・シリーズ『Smallville /ヤング・スーパーマン』のCG制作スタッフとして招かれ、インターンを始めることになる。既に、インターンに期待される何倍ものスキルを身に着けていた松本さんは、重宝され、次々と重要な仕事を任されるようになっていった。「そのころは、薄給ですが毎月の給料としてチェックをもらっていました。僕は当時まだ就労ビザを持っていなかったので、4カ月間、それを換金せずにしまっていたんです。そして、たまったチェックを手に、会社に『このお金でビザのサポートをしてください』と申し出ました。もう、これで断られたら日本に帰ろうと心に決めて」。結果、快諾され、晴れて正社員として活躍。以降、前述のテレビ・シリーズでは少数精鋭チームのリーダーとして、視覚効果からアニメーションまでCG制作過程の大半の全作業を担当し、また同時に『スピリット』や『Xファイル』など映画の視覚効果にも携わった。
「実際アメリカで働いて感じたのは、笑顔を忘れないことが大切だということです。この道はいばらの道かもしれない。でも、好きなことなら楽しいはずですから。僕は以前、英語がさっぱりでしたが、真剣に頑張っている姿を見せ、信頼関係を築いていく中で、言葉の壁などは後から解決できると痛感しました。無茶苦茶忙しい時もいつも笑顔で、信頼してくれた相手の期待に、倍の仕事で応えていくことが大切だと思います」。

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フクロウたちが壮大なドラマを繰り広げる『ガフールの伝説』。羽毛の1本1本まですべて精巧なプログラミングで作られている



世界はもっと広いはず
 Entity Fxで5年近く働いた中で、CGのアカデミー賞と呼ばれるVES(ビジュアル・エフェクト・ソサエティ)賞で5度のノミネートも果たした。さらに飛躍したいと、松本さんは2008年、『マトリックス』など数々の大規模なハリウッド映画のCG制作で知られるシドニー本社の大手、アニマル・ロジック社に転職、現在に至る。「いろんな大作映画を観ては、自分もあんなショットをやりたいと、常々思っていました。それには、お山の大将ではなく、いろんな会社ですごいアーティストと一緒に仕事をしなければ、と。世界はもっと広いはずですから」。
 期待が高まる全編CG映画『ガフールの伝説』で、松本さんはフクロウ世界の幻想的な風景の中でも、物語を彩り、盛り上げる、雪、湖、滝、炎などを手がけている。「自分がずっとやりたかったリアルで美しいCG大作の映像制作に参加できて、やっぱりすごくうれしいですね」。ハリウッド映画界で働く夢を実現させた松本さん、「まだまだこれからです」と語る彼の、今後さらなる活躍が楽しみだ。


プロフィル●まつもとのりあき
1973 年生兵庫県生まれ。日本大学生産工学部建築工学科を卒業後、デジタル・ハリウッドでデジタル全般を学ぶ。2000年、アメリカ校であるDHIMAへ留学、CGを学んだ後、2年半の無給下積み、8カ月の就職活動を経てハリウッドで働き始める。Entity FXにて映画のほか、人気テレドラマ『SMALLVILLE/ヤング・スーパーマン』のCGを担当、同作でVES賞04・06・07年度、計5部門でノミネート。08年アニマル・ロジック入社、今年9月公開されるザック・スナイダー監督『ガフールの伝説』の視覚効果を担当中。

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