「原発ゼロ」は果たして可なのか、否か──ルポ・原発問題③

ルポ:シリーズ・原発問題を考える③

「原発ゼロ」は果たして可なのか、否か


 世界有数のウラン輸出国として原発産業を支えつつ、自国内には原子力発電所を持たない国オーストラリア。被爆国であるにもかかわらず、狭い国土に世界第3位の原発数を誇る原発大国・日本。原発を巡る両国のねじれた構造を、オーストラリアに根を張る日系媒体が取り上げないのはそれこそいびつだ。本連載「原発問題を考える」では、原発を取り巻くさまざまな状況を記者の視点からまとめていく。
取材・文・写真=馬場一哉(編集部)


震災の2カ月後に八戸を訪れた際の様子。かなりの大きさの船が陸に横倒しになっていた

年末年始、記者は2週間ほど日本に帰国した。震災から7カ月半後の2011年11月にオーストラリアの地を踏んで以来1度も帰国していなかったため、妻ともども双方の家族に会いに帰っておこうという話になったからだ。

連載第1回でも書いたが、死者こそ少なかったものの津波の被害を大きく被った青森県八戸市には記者の祖母が住んでいる。祖母の家は市内でもかなりの高台にあり、津波の被害とは無縁だったが、大きな揺れのせいで壁に亀裂が入るなど、再度大きな揺れが来たら倒壊するのではないかという危機を感じさせる状況となってしまっている。八戸は1994年の三陸はるか沖地震をはじめ、何度も大きな地震に見舞われており、ついに3. 11にとどめを刺された形となった。祖母宅の2階には2部屋あるのだが、2階が崩れることのないよう、重たいものは1階に下ろし、それぞれの部屋に重量が均等になるよう、バランスよく荷物を置くようにしている。そうすることで地震の際に2階部分がいびつに揺れることがなくなるからだが、90歳に手が届く年齢の1人暮らしの祖母が地震を想定した暮らしを余儀なくされていることに胸が痛む。

また、八戸市には東京に本社を置く、記者の父が勤める会社の工場があり、こちらは海の目の前にあるため甚大な被害を被った。それまで浮き沈みはありながらも順風満帆に過ごしてきた父は、3.11以後、被害の収束に奔走せざるを得なくなり、また管轄の子会社が軒並み倒産しその責任を取らざるを得ないというような状況が続いた。父はあまりの激務に見る見る痩せていった。30代も半ばと働き盛りの年齢である記者よりも、還暦を迎えた父の方がはるかに激務に終われている状況を、ただ心配しながら見守るしかなかった。そんな状況の中、記者は渡豪したのである。若いころよりオーストラリアへの移住を志し、ついにそれを果たしながらも、祖母や両親のことを考えるといつでも胸が痛んだ。

12年末、東京の実家に到着から3日後、記者は妻とともに八戸市の祖母宅に向かった。大寒波が来ており、猛吹雪でチェーン規制がかかる中、東北自動車道をひた走る。外気温はどんどん下がり、ついにはマイナス10度に到達。途中、ホワイト・アウトのような状態に見舞われながらも、何とか八戸に到着。一面の雪景色の中、祖母の家が見えた時は、「シドニーで過ごしながら、遠く想いを馳せていた場所にやっと戻って来られた」と一瞬、感傷に浸った。久々に会う祖母は、少し体調が優れないと言いながらも気丈に振る舞い、僕らを歓迎してくれた。

自民党の圧勝が示すもの

郷土料理に舌鼓を打ちつつ近況報告をする中、話題は衆議院選挙の話に推移していった。「どこの政党に入れたのか」と祖母に問うと、「どこにも入れる価値なし」と書いて提出してきたという。

「長きに渡り、この国をダメにしてきた自民党には入れる気がしない。だからといってどこがいいかというとそれも思い浮かばない。だから、私はそう書いて帰って来ました。日本という国はいったいどこに行ってしまうのだろうね。私はもう十分に走り続けてきたから良しと思ってるけど、これからの人には大変な宿題を残すことになってしまったね」

教育者として地元に尽くしながら定年まで勤め上げた祖母の言葉はいつでも本質を突いており、心に強く迫ってくる。

どの政党に任せても結局のところあまり変わらないのではないか。そんな不振感はぬぐえない。われわれ日本人は何かを選択しているように見えて、結局のところ何も選んでいないのではないか。ともあれ、ご存知の通り選挙の結果は自民党の圧勝だった。全480議席の過半数を大きく上回る294議席を獲得し、公明党も31議席を獲得。両党合わせて325議席となり衆院再可決が可能な定数3分の2以上を確保した。これにより、民主党政権下で議論されてきた「エネルギー基本計画」の見直しも白紙に戻る形となったと言えよう。

今回の選挙は、結果として原発推進派の勝利という風に受け取られている節があるが、実際のところどうなのだろう。選挙の争点には、言わずもがなさまざまなものがある。原発ゼロ、あるいは推進、これらもまた争点の1つに過ぎない。民主党に期待を裏切られ続けた感のある日本国民にとって、最も危惧している問題は間違いなく日本経済だ。日本が誇って掲げてきた「経済大国」という看板を取り戻し、景気と雇用問題を解決してほしい国民にとって、原発問題は総意として経済問題に優先しないのではないか(もちろん、複雑に絡み合うため横並びにはできない部分もあるのだが)。そのため、今回の選挙の結果と原発政策の相関関係はそれほど大きくないと考えられるのではないか。

安倍政権は、民主党政権の下で話し合われてきた有識者会議とは別の組織を作る方向で「エネルギー基本計画」の見直しを推し進めることを明言している。茂木敏充経済産業相が「再検討が必要」と述べたように、民主党が目指してきた「2030年代に原発ゼロ」は非現実的なものとして見直されることとなったのである。

これをもって、「広島、長崎、そして福島。世界で最も核の脅威にさらされ、被害に遭っている国が、何を持って原発を推進するか。何をやっているのだ日本は」と憤る人が大勢いるだろうことは想像に難くない。心情としては同意だ。だが、現実的に考えた際に、石原伸晃環境相・原子力防災担当相が「使用ずみ核燃料の最終処分の問題が解決していない」などと指摘するように解決すべきさまざまな問題があるのもまた事実。経済を優先的に考えると、原発産業は大きな存在意義を持っており、だからこそ多くの反対運動はありながらも、3.11以前まで原発は推進され続けてきたのだ。

原発をゼロにすれば、当然発電コストが上がる。電気代という目に見える形での国民の負担が増えることはもちろん、コストがかさむことから国内から国外に目を向ける企業がさらに増え、経済界に大きな打撃を与えることも容易に想像できる。

景気と雇用の問題など、経済問題の解決を優先したい国民が、結果的に「原発との共存もやむなし」と結論付けるのもまた理解できるし、日本帰国時には記者の友人なども概ねそのような意見を披露・展開していた。

だが、誤解を恐れずに言うと、記者はこれをただの「思い込み」ではないかと思っている。本来解決可能な問題にもかかわらず、政府、経済界、あるいはマスコミに経済問題を引き合いに出される形で脅され、結果、「共存やむなし」と思わされているような構図になっているように思えてならない。先述したように使用ずみ核燃料の問題など解決しなければならないことは数多くある。しかし、どのようなものであれ、現在存在しているものをなくす過程においては、国にせよ、個人にせよ、それぞれが痛みを分かち合わねばならないのが自明の理だ。その覚悟を共有できれば、例えばコストの増加など乗り越えられない問題ではないと思うのだ。

さて、書きたいことはまだ山ほどあり、さらに第1回、第2回で書ききれなかったことも回収できていないままなのだが、紙面には限りがあるので今回はこのあたりで筆をおく。

祖母の家を後にし、東京へと向かう帰り道、記者たちは福島県飯舘村から30キロほど離れたところにある健康ランドで仮眠を取った。地図を見ていただければ分かる通り、八戸から東京の距離はかなりのものであり、さらに猛吹雪という悪条件。休まざるを得なかったというのが実情だが、その際、大浴場で出会った相馬市で建設会社を営んでいる社長さんからいろいろな話をうかがうことができた。次号、その社長さんの話を紹介しつつ、被災地のさまざまな問題についてスポットを当ててみたいと思う。(第4回に続く)

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