子どもの将来を考える バイリンガル教育のススメ

子どもの将来を考える バイリンガル教育のススメ

バイリンガル教育の定義は、18歳以下の子どもに、母国語と母国語以外の言語を習得させ、その両方で教科も勉強させるような教育を指す。本記事では “グローバルな人材”が求められる現代社会で、2カ国語を自由に使いこなし活躍するバイリンガルになるためのコツ、知っておくべき注意点や帰国後のケアについてを実体験談を交えて紹介する。

記事協力=水田早枝子さん(株式会社TCK Workshop代表)

バイリンガル教育と帰国子女

日本人がバイリンガル教育を成功させるコツ

バイリンガル話者が少ないと言われる日本では、「子ども時代に何年も海外生活をすれば楽してバイリンガルになれる」といった、楽観的な見方があり、それがバイリンガル教育を難しくしてしまっているという現状がある。バイリンガルになるためには、1言語話者(モノリンガル)の2倍以上の勉強が必要となり、少なくとも10年程度は特別な努力や工夫が必要になる。また、個人差が付きやすいのもバイリンガル教育の特徴で、環境や教育を始めるタイミング、本人の能力や、周囲のサポートによって結果に大きな差が開くという結果が見られている。「海外で育ったのに、結局ちゃんとした日本語・英語を取得できなかった」というリミテッド状況(学習言語として2言語とも習熟が中途半端な状態)が多いという現状を理解することが大切だ。

バイリンガル教育の成功のためにまず必要なのは、家庭ごとに目標をしっかり定めて、長期にわたってそれを継続することである。次に、話し言葉(BICS)と学習思考言語(CALP)をしっかり区別し、どちらの言語をどこまで伸ばす必要があるのかを決めた上で、必要な時はプロのサポートも受けながら効率良く学習を進めてゆくことになる。また、長い人生で幸せになるという意味では、英語と日本語が話せる以外にも強みや、自分らしさを育てていくということも忘れてはならない。

2カ国語習得の難しさを知る

前述の通り、世界中でバイリンガル教育に挑む子どもたち全員が2カ国語を自由に操れるようになるわけではない。2カ国語取得を目指す上で特に陥りやすい2つのケースを紹介する。まず1つ目は、学校で使用されている言語のキャッチ・アップが遅れ、言葉が不自由な状態で半年以上教育を受けた結果、全ての教科の学習の妨げになってしまったケース。2つ目は、どちらの言語でも抽象的な思考ができるようになる手前で足踏みをしてしまい、学齢相応の思考力が育たずにどんどん習熟差が開いてしまうケースだ。9歳(小学4年生)以上で海外に移った場合や、小学校高学年で学校の言語が自由に使いこなせない子どもは、個別指導を付け、急いで学習に追い付く必要がある。また、バイリンガル話者は、発話したり、難しい文章を読み書きできるようになるのが、モノリンガルよりも一歩遅れる傾向があることも知っておきたい。遅れを感じる前、もしくは兆候が出てきたタイミングでそれにしっかりと向き合い、丁寧にフォローをし、後に爆発的に学力が伸びる時まで耐えて行くことが重要になる。

帰国後に想定される壁と適切な対策について

まず、帰国子女として日本に戻った際に想定されるのが文化的な適合に苦労をするということ。俗に言う「リエントリー・ショック(母国への帰国時のショック)」は、日本に限らず、あらゆる国から海外に飛び出し、帰国をした人に見られる現象で、母国から海外へ赴いた時に感じる苦労よりもはるかに苦しいものだということで知られている。特に日本は、同調圧力が強く、人間関係のルールが複雑で、非常にハイ・コンテクストな文化を持つ国だと言われている。一般的なバイリンガル話者は、「海外では外国人、日本では変な人」になってしまった自分に気付いた後に、アイデンティティーを再構築し、その現実と折り合いを付けていくという過程を必要とする。サード・カルチャー・キッズ(TCK)という言葉は、母国と長く住んだ外国の両方と深いつながりを感じるが、どちらにも完全には所属しておらず、その2つが混ざった真ん中の「3つ目の場所(Third Culture)」の場所に居場所があるように感じる人の総称を言う。TCKが母国への帰国時に壁にぶつかった際、「拒絶」「迎合」などの反応があると言われている。自分の子どもがどのタイプの反応を示したとしても、子ども自身の内面には「日本人」と「もう片方の国の人」の両面があることを理解し、そのいずれも肯定してあげることが大切になる。また、「恵まれていて、非常に多くの能力を得ている」子どもであると同時に、居場所や友達、もう片方の国の生活やキャラクターなど「失ったもの」もたくさん抱えている複雑な内面を「甘えている」と否定してはいけない。しかし、それを言い訳に前を向いて生きることをさぼってしまうことは許さず、対話できる相手や安全な場所を確保し、毎日一緒に寄り添って過ごしてあげるなど周囲のサポートが重要となる。

帰国子女が語る! バイリンガル教育体験談

バイリンガル教育を受けた幼少期について

バイリンガル教育を受けたきっかけは、父の仕事の都合で米国へ渡ったことでした。5歳から10歳の5年間、平日は現地校、週末は補習校へ通い、家庭の中では完全に日本語、外では完全に英語という生活を送りました。当時は本当に大変で、言語力・思考力の発達が遅れてしまわないように、小学校の低学年から毎日、母が英語と日本語の勉強を見てくれていました。帰国後は日本の中学・高校・大学へ進学したため、この5年間が私の英語力の基礎を築き、人格的にも原体験になっています。

真のバイリンガルとなった今、感じること

日英バイリンガルになれたからと言って、それだけで必ずキャリアに恵まれたり、お金持ちになれるわけではないのですが、やはり2つの言葉と文化を持つバイリンガルの世界はとても豊かです! まるで2人分の人生を生きているような感覚があります。具体的には、アクセスできる情報、仲良くなれる友達、そして学歴やキャリアを築いていく上でも、より多くの選択肢が広がり、日本的な価値観だけに縛られずに生きることができます。

これから世界人口に占める日本語話者の割合は減っていくと考えられます。そうなると、日本語で出版されたり、日本語に訳される情報も減ることになります。現時点でも、英語と日本語でグーグル検索をしたときにヒットする情報は、件数も内容も大きく異なっています。特に今のお子さんの世代は、日本語の中だけで人生を歩むのは、ますますもったいない時代になっていくと思います。例えば、私は日本の「女性らしい理想の生き方」という概念には、自分にとって心地良いときだけ従い(笑)、もっと自由に野心的でありたいときは、男女問わず海外のロール・モデルを参考にするように2つの文化を使い分けています。友達関係についても、日本の女友達との温泉旅行も大好きですが、ハーバード大学の同級生がくれる刺激や、遠く離れていても支えてくれる友情は本当に私を幸せにしてくれます。キャリアの選択肢においては、英語力以外にもしっかりした強みを作らないと、国内外の受験や、海外でのビザ取得や就職は難しいです。しかし、努力した先の自分の可能性を考える際に、日本以外にも選択肢があるように感じられるのは、子ども時代にバイリンガル教育を施してくれた両親のくれた「時間差のある贈り物」だと感謝しています。

株式会社TCK Workshop
代表・水田早枝子さん

1985年、東京都生まれ。5歳から10歳までニューヨークで育つ。桐朋女子高等学校を経て、2007年、東京大学経済学部卒業後、外資系消費材メーカーに入社。経営管理部門で、買収後の経営統合プロジェクトやコスト戦略立案などに従事。13年、フルブライト奨学生としてハーバード大学経営大学院入学。14年、株式会社ティー・シー・ケー・ワークショップを設立。15年、ハーバード大学経営大学院卒業。17年TEDx登壇

▶︎ワークショップお申込みはこちらへ

▶︎お問い合わせはこちらへ



新着記事

新着記事をもっと見る

NICHIGO CHANNEL

新着イベント情報

新着イベントをもっと見る