大切なものを大切にする/福島先生の人生日々勉強

福島先生の人生日々勉強
大切なものを大切にする

最近、自分が生きていることを実感した瞬間はありましたか。命というものは本当に儚(はかな)く、自分が明日生きていられるという保証もありません。といっても、明日死ぬかもと怯えていては生活など出来ませんね。大病を患っている人や大切な人を失った人にとっては、生と死は逃れられない身近なテーマとしていつもそばにありますが、そういう特別なことが無い限り、人は死を意識の外に追いやって暮らしています。

真実として、最期の瞬間は命あるもの全てに訪れます。しかし、ほどほどに健康でほどほどに暮らしている営みの中にあっては、生きる喜びも、いつか死にゆく存在なのだという本当のことも、なかなか実感しがたいものです。生と死に思いを寄せることは、「今の自分はどうするか」ということの確かな道標になりますから、本であれ、映画であれ、旅であれ、生きている実感を得る何かを折々に体験することは、大変価値のあることです。

人生に終わりがあるのは誰しも同じ。ここで気づきたいことは自分以外の命のことです。大切な人を失ったとき、死への覚悟は出来ても、もう二度と会えないということへの覚悟はなかなか出来ません。失って初めて、自分への怒りや後悔、伝えきれなかった感謝の思いに気づいても、その思いはもう相手には伝えられないのです。行いを改めることも叶いません。命はいつ尽きるか分かりません。人生をよりよく生きようと思うとき、目標や夢に向かって頑張ることも大切ですが、「これが最後かもしれない」という問いかけを自分に課すということも、それ以上に大切なことなのです。

朝、ひどいけんかをした後に乱暴に閉めたドアを、もう二度と開けることが出来ないかもしれません。「行ってきます!」と元気良く出掛けた人が、無事に帰って来られないこともあるのです。そうなった時、最後に見た瞳がどうだったか、最後にかけた言葉はどんなだったか、ちゃんと笑えていただろうかと、取り戻せない大切な瞬間のことを悔やみ続けることになります。縁起の悪いお話をするようですが、こうして想像をするだけでも、自分が今この瞬間に何を選び、どう行動するかという結論が違ってくると思います。

身勝手な振る舞いを自分に許すということは、命を粗末に扱うことと同じです。腹は立てても怒らない。約束は守る。「ごめんなさい」と「ありがとう」はすぐに言う。出来るだけそばにいる。にこにこと笑う。子どもへのお説教のようですが、大事なことはシンプルで、易しいことばかりです。これが最後ではないからと、やさしくすることを怠けるのはよくありません。命という言葉を人間が持っていることは、救いのような気がします。互いを思いやれるのは、命に限りがあることを、心のどこかで分かっているからなのでしょうね。


福島先生の教育指導

教育専門家:福島 摂子
大阪府出身。31年間、教育に携わり、教育カウンセリング・海外帰国子女指導を主に手がける。1992年に来豪。シドニーに私塾『福島塾』を開き、社会に奉仕する創造的な人間を育てることを使命として、幼児から大学生までの指導を行う。2005年10月より拠点を日本へ移し、日々活動の幅を広げていく一方で、オーストラリア在住者に対する情報提供やカウンセリング指導も継続中である。

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