車の街ロスに地下鉄や路面電車

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車の街ロスに地下鉄や路面電車

USA再訪その②

文=青木公

高原都市デンバーから、海浜とヤシの街路樹のロサンゼルスへ。空港には、「ようこそ ! アートとエンターテイメントの首都へ」と横断幕がかかっていた。1986年夏季のオリンピック前後に筆者が3年暮らした巨大都市だ。フリーウェーに車があふれ、ガソリンがぶ飲みの街に、地下鉄や軽量の路面電車が走るように様変わりしていた。

ハリウッドは、IT時代になって輝きを失っているように見えるが、スターたちの名前や手形が道路に刻まれている街路は、賑わっていた。駐車場探しが大変なロサンゼルスだが、ハリウッドにも地下鉄が通るようになって、ハリウッド見物の旅行者には便利になった。

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デンバーでも、ロスでも電車復活。パーク・アンド・ライドが広まりつつあるが、利用者は少ない(デンバーで)

ロスの街路樹にハワイのようなヤシの樹が多いのは、かつてオレンジ畑だったハリウッドの土地を売るため、不動産業者が見かけをよくしようと、姿のよいヤシの樹を植えた、といわれる。

カリフォルニア州南部は、白人社会のデンバーと違って、隣のメキシコから来た人々が多く、また海を渡ってくるアジア系も多く、多民族都市だ。朝の地下鉄からは、車を持たない階層の働く人たちが、ビルの谷間に姿を見せる。都心のリトル東京地区は、かつての日本人町だが、日本からの移民者はやって来ないから、細るばかりだ。鉄道駅近くのメキシコ人街は、中南米のように、陽気で賑やか。カリフォルニア農業を支える出稼ぎ者はメキシコから北上して来る。密入国者も少なくない。

多民族都市のロス

ロサンゼルスの名物は、フリーウェー網だ。CO2をふりまく車の規制を厳しくやっているのは、ハリウッド出身の男優、シュワルツェネッガー州知事。オーストリア系移民の末えいだ。レーガン元大統領もハリウッド出だから、不思議はない。

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ロスの街路樹はヤシの木

フリーウェーを走っていて気付いたのは、路面のひび割れや修理されていない個所の多さだ。連邦政府も州政府も赤字だから無理もない。しかも、2つの戦争にカネを喰われている。米国のパワーに陰りがあるのが分かった。

日本と違って、片側3車線だから、路面電車を走らせる余地はある。デンバーでも、ロサンゼルスでも2、3両編成の電車が走るようになったのは、省エネ、環境保全上、悪くはない変化だ。公共輸送の復活だ。

老人ホームの国際比較

今度の旅では、デンバーでも、ロサンゼルスでもシニア施設を訪ね、デンバーではゲストルームに1泊して、敬老施設を見聞した。筆者も後期高齢者(75歳以上)だから、どのような老人暮らしかに関心があり、日本との比較をしたかった。

デンバーの施設は、15階建てのホテル風で、レストラン様の食堂では、メニューから料理を選べた。外食も可。部屋に小キッチンがあり、自分で調理でき、スーパーへの買物バスが出ていた。1人暮らし、夫婦連れとも、施設にいるとは思えない、高所得の人々だった。

ロサンゼルスの日系老人ホームは、高齢化に備えた1、2世のリーダーが基金を集め建設した。つつましい部屋と食事だったが、日本の施設で、1人黙々と食事を取るのとは違って、社交的な雰囲気なのは、米国だからだろうと思った。新1世といわれる戦後移住者が経営管理にあたっていた。日本語が通じ、日本的な味が保たれていた。

日米戦争で、戦時中は収容所生活を強いられた1、2世たちだが、米国の豊かさに支えられて、生活を再建でき、自分たちの老人施設まで築き上げた結果だ。

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日本的なカリフォルニアの寿司

寿司文化ここから

ロサンゼルスは、米国社会に寿司文化を広げた拠点だ。ハリウッドにも、寿司屋はある。日系人に日本的な食材を輸入していた日系企業が、生魚を食べない白人層に、寿司を広めていった。今は、非日系の寿司職人のために、寿司学校まである。かっこよい、健康食として、寿司は定着している。

カリフォルニア巻きまで創り出された。アボカド、キュウリ、カニを海苔で巻き、その外側にシャリを巻くスタイルが多い。デンバーの寿司屋でも、カリフォルニア巻きは握ってくれる。国際的な新種の寿司だ。

かつては、日本人町、リトル東京にしかなかった寿司屋は、市全域に増え、全米に広まった。ハリウッドの寿司屋では、寿司の後、うどんやソバも食べられる所があった。日本人経営の店だったが、これも日米混合型の新種だろう。

さて帰国となって、また異常な空港検査にさらされ、機上の人となった。着いた成田空港では、日本の入国審査官らが、旅人にくつろぎ感を与えようと、制服をやめて、普通の背広やビジネス・スーツに衣替えしていた。日本の印象をよくするためと聞いた。米国と同じような指紋探取や目を撮影する装置はあるが、外国人客にはおもてなしの心ある柔らかい対応だ。

9・11テロが社会を変えた米国には、あまり行きたくないと感じた再訪の旅だった。成田で緊張感が消えて、“日本よい国”だった。

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