「ガンバッペ!いわき」ハイジ・ブレスラーさん

東日本大震災特集

 

東日本大震災特集

「ガンバッペ! いわき」を伝えたい

“里帰り”プログラムに参加、ハイジ・ブレスラーさん

外務省は8月1日から約2カ月間、岩手県、宮城県、福島県、仙台市の協力を得て、観光庁と連携し、元JETプログラム(*1)参加者の「被災地招待プログラム」を実施している。これは、東日本大震災で被災した3県の地方自治体で2年以上、外国語指導助手や国際交流員として勤務した元JETプログラム参加者の元勤務先被災地への“里帰り”を支援するもの。参加者の1人、TAS州在住のハイジ・ブレスラーさんは9月17〜26日、福島県いわき市を訪れる。

ハイジさんは2003年7月から08年7月まで、いわき市で国際交流員や外国語指導助手として勤務、「いわき市国際交流親善大使」に認定された後、帰国。現在は不動産関係の仕事に従事している。

日本は素晴らしい場所


元勤務先の桶売小 学校の子どもたちとハイジさん

ハイジさんは13歳の時、初めて日本を訪れた。その時の経験はずっと心に残り、いつか住んでみたいと思っていたという。03年7月、願い叶って国際交流員として福島県いわき市へ。1年間の滞在予定は瞬く間に5年になった。「オーストラリアと日本のいいところが融合したような日本での生活に、とても満足していました。日本人はとても親切で、外国人である私とも快く接してくれました。日本の伝統文化にも親しむことができ、友達からは『日本人より日本人らしい!』とよく言われました」。

いわきの皆さんにお返しを

3月11日の午後、電話が鳴った。母親からだった。テレビで震災が報道され、いわきの小名浜港が映ったという。ハイジさんの心臓の鼓動は早くなり、「絶対間違いに違いない」と思いつつ、すぐにテレビを付けた。その日は夜中遅くまで画面に釘付けになった。「震災以降1週間くらい眠れず、悪夢もよく見ました。自分で直接手助けをすることができず、イライラしていました」。

震災以降、いわき市在住の日本人の友人からメールを受け取った。そこには、地震、津波、そして原発事故に苦しむ市民の現状が語られていた。被害で交通網はストップ。ガソリンも食料も届かない。ハイジさんの友人は毎日おにぎり1〜2個しか食べられず、1週間以上もお風呂に入れなかったという。


2003年に来日後、すぐに剣道を習い始めた

「メールを読んだら胸が痛くなり、泣きました」。その後、オーストラリアに住んでいる友人、親戚などに声をかけ募金を開始。5〜6月に約3,200ドルを集め、いわき市災害対策本部に送金した。「被害をすべて直すことはできないけど、少しでも役に立てれば」との一心からだったという。

お世話になった人たちのため、いわき市民を応援するために、今回、プログラムの参加を決意。「自分の故郷であるいわき市に戻れることはたいへん光栄です。職場でも、プライベートでも、皆の優しさを心底感じ、まるで家族といるようでしたから」。

今回の訪問は、国際交流協会や、外国語指導助手として勤務したいわき市内の各小学校などを訪れる分刻みのスケジュール。有段者でもあるハイジさんがともに汗を流した剣道仲間のいる、各剣友会の訪問や稽古も予定されている。

「いわきの剣道の先生方、剣士たちにものすごくお世話になりました。おかげさまで、汗をかきながら(そして泣きながら!、)5年間で3段に合格しました。剣道を通してたくさんの市民の方々に会い、生涯の友人もできました」

日本出発を間近に控え、大切な人たちに会えることが楽しみな反面、緊張感もある。とはいえ、「皆と一緒にいることが、私にとって大きな喜びとなるはず」と語る。「いわきがどんどん復興している様子が見たい。そして、皆に『諦めないで、ガンバッペ(*2)、いわき』を伝えたいです」。

いわき市を故郷と呼ぶハイジさんの里帰りは、人々に元気を与えるに違いない。

外務省は、このプログラムを通して、参加者に被災地への理解を深めてもらうとともに、滞在中の印象をなどについて、さまざまな手段を通して世界へ広めてもらうことを期待している。

*1語学指導などを行う日本政府の外国青年招致事業
*2「ガンバッペ」はいわきの方言

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