政局展望「モリソン政府による官僚機構改革の動き」

モリソン政府による官僚機構改革の動き

ナオキ・マツモト・コンサルタンシー:松本直樹

現在、巨大通信企業テルストラの前CEOを長とする諮問委員会が、連邦公務員制度のレビューを実施中だが、2019年選挙で番狂わせの勝利を収めたモリソン保守連合政府は、同答申書の完了、結論を待たずに、公務員制度改革をスタートさせる見込みである。なお、豪州の人口は2,600万人に達しているが、そのうちの200万人が「公務員」に分類され(注:豪州は連邦、州など、そして地方公共団体の3層構造となっている)、さらに、そのうちの24万人が「連邦公務員」とされる。

2大政党と官僚機構

公務員制度改革を推し進めるスコット・モリソン首相
公務員制度改革を推し進めるスコット・モリソン首相

ここでまず、政策/意思決定過程における連邦官僚の役割、位置付けを見てみると、実は豪州でも1970年代ころまでは官僚の力が強く、官僚主導の政策/意思決定が多かったとされる。首都のキャンベラにはコモンウェルス・クラブという紳士/淑女クラブがあるが、かつて連邦の諸政策は、各省の次官たちが同クラブで食事をしつつ決定し、また、そこで各省庁間の政策調整も行われていたとのエピソードが、まことしやかに語られるほどである。

ところが80年代以降、連邦官僚の影響力は相対的に低下していき、それ以降は、少なくとも重要な政策、あるいはセンシティブな政策に関しては、2大政党共に政治家主導で決定されてきた。また、94年に当時のキーティング労働党政権が、それまで官僚トップの「力の源泉」であった終身次官制度、すなわち長期にわたって在任できた各省の事務次官を、任期制へと変更したことによって、この傾向は一層推し進められることとなった。

96年に誕生したハワード率いる保守連合政権も、初期から官僚機構に厳格な姿勢で臨んでいる。まずハワードは政権奪取直後に、政府が労働党系と見なす6人の各省事務次官を更迭している。更に保守政府は、勤務考課ボーナス制度の導入などを通じて、事務次官給与を大幅に上昇させる一方で(注:最高額の首相府次官の現在の給与は、年間90万ドル程度と、55万ドルの首相や60万ドルの最高裁長官の給与を大きく上回る)、各大臣の次官への監督権を強化し、また官僚機構に民間の効率意識といったものの導入を図って、公務員のパフォーマンスを常にチェックできるような体制を築いてきた。

ただ実はそれ以上に重大な点は、連邦省庁の中でも最も「格の高い」首相府(PM&C)、しかも各省の事務次官を「採点」する首相府の次官に、ハワードがモーア‐ウィルトンなる、自由党のスタッフとも言うべき人物を任命したことであった。このマックス・モーア-ウィルトンは、NSW州財務省次官であった時代に(注:連邦官僚も経験。首相府次官に就任する直前にはシドニー証券取引所の理事長であった)、厳しい緊縮財政を追求したことから、「大鉈(なた)ふるいのマックス」とあだ名された、極めて知性、能力は高いものの、タフで強面(こわもて)、傲岸不遜(ごうがんふそん)の人物であった。即断即決であったし、一旦決定したら「振れる」ことがないという長所もあったが、誰もが楽しく仕事できるような人物では決してなかった。

こうして、ハワード政権時代には政治家、とりわけ大臣と官僚の「主従関係」が強化され、中立、客観性を旨とする官僚が政府に阿おもねる、あるいは迎合するようになったと批判されていたのである。少なくともキーティング労働党前政権時代と比べて、ハワード政権下で官僚の「政治化」が進んだことは否定できない。

一方、労働党の官僚機構への姿勢だが、労働党は野党時代から、高級官僚が政府に対して忌憚(きたん)のない助言を行えるような環境を整備すると述べつつ、5年間の次官任期の保証や、各省次官への勤務考課ボーナス制度の廃止などを公約し、実際に2007年11月の選挙で勝利したラッド労働党政権は、政権奪取後にそれを実行している。

ただ、当初はラッドも公務員の不偏不党性、率直な意見具申などを尊重していたとされるが、在任期間の後半にはラッドの独善的、単独的な決定が著しく増加していた。またラッドは、公務員に対する要求が極めて高い一方で、無意味とも言える仕事の依頼も多かったことから、キャンベラの官界では、「暴君」ラッドの人使いの荒さに強い不満が醸成されていた。

保守連合政権の官僚制改革

07年11月から13年9月まで続いたラッド/ギラード/ラッド労働党政権にも終止符が打たれ、13年にはアボット率いる保守連合政権が誕生したが、アボットは政権奪取直後に、行政組織の改編を行っている。

そもそも豪州の連邦各省は、法律によって設置されているわけではないことから、省の統廃合、名称変更などは容易に行える。実際に、政権党の思惑、裁量によって、豪州では相当に頻繁に省庁の再編、一部所掌の省間移管、閣僚の担当所掌の組合せの変更などが実施される。

アボット第1次政権の組閣の直後にも、主として省の名称の簡略化と、一部省庁の再編が断行されたのである。当時の省庁再編の最大の特徴は、担当所掌名が錯綜していた省の名称を簡略化したことであった。それまでの複雑で長大な省名により、担当閣僚の肩書きも複雑で長大なものとなっていたが、アボットは組閣の公表に際して、労働党政権下では閣僚の「肩書きインフレ」が進行し、閣僚には特大サイズの名刺が必要とされたと揶揄(やゆ)しつつ、保守政権は「肩書きデフレ」を実施すると宣言していた。

さて、ターンブル首相時代末期の昨年7月に、モリソン連邦財務大臣(注:現首相)が記者会見を開き、フレイザー連邦財務省事務次官が7月末をもって次官ポストから辞任することを公表している。そして後任の次官に任命されたのが、長らくコステロ財務相やモリソンのチーフ・オブ・スタッフを務めたガージェンであった。フレイザーの次官任期は19年末までであったし、またわずか2週間後に辞任するという慌ただしいものであったこと、さらにガージェンは6月に、ビショップ外務相によって、次期OECD大使に任命されたばかりであったことなどから、この唐突な人事は驚きをもって受け止められると共に、何らかの理由で、フレイザーが政府により更迭されたとの見方も出されていた。

言うまでもなく、連邦各省の次官人事には「政治的要素」が付きまとうものの、これまでの財務省次官は、何よりも財務官僚として長年の経験がある者が任命されてきた。ところがガージェンの場合は、連邦財務省勤務は4年間だけに過ぎず、一方で、自由党大物閣僚のチーフ・オブ・スタッフとしての経歴は合計13年にも及んでいる。ところが自由党色ゆえに、財務次官就任が問題視されたそのガージェンが、先日公表された人事で、今度は官僚トップの首相府次官に任命されている。これはハワードを師と仰ぐモリソンが、ハワードを踏襲して、官僚機構全体の管理強化を狙ったものと考えられる。

要するに、モリソンにとってのガージェンは、ハワードにとってのモーア-ウィルトンとみなせる。この人事を見ても、モリソンが官僚機構の改革に熱心であることが窺える。

官僚機構革の背景

今回のモリソンの動きだが、実は5月18日の連邦選挙で勝利した直後、正確には5日後に、モリソンは計18の連邦各省の次官を一堂に集め、檄(げき)を飛ばしている。しかも選挙後のモリソン第2次保守政権の組閣では、首相のモリソンが、自ら行政/公共サービスの所掌を兼任することになった。こういった一連の出来事によって、モリソン政府が連邦官僚機構の変革に向けて動き出すことが予想されていた。

その目的は、行政機構の基本的使命である「政府政策のスムーズかつスピーディーな執行」を保証することにあるが、公務員改革を進めるモリソンの動機としては、おそらく主として以下の3つが考えられる。

第1に、何よりもアジェンダ作り、改革志向イメージの醸成である。19年連邦選挙は、モリソン率いる与党保守連合が再選を果たすという番狂わせの結果となったが、周知の通り、同選挙での野党労働党の主要敗因となったのは、野党の野心的な経済政策への国民の恐れと、政権担当能力を誇示することを狙って、そういった政策を前面に掲げて選挙キャンペーンを戦った、野党のいわゆる「大きな標的戦略」(Large Target Strategy)の失敗であった。

ただ、自信過剰気味であったショーテン野党の「大きな標的戦略」は、結果的に失敗に終わったものの、今次選挙では、与党保守連合の「小さな標的戦略」への強い批判も惹起されることとなった。すなわち今次選挙を通じて、保守連合には経済改革の「青写真」がない、あるいはモリソン保守政府には将来の重要アジェンダがない、ビジョンがないことが露呈されてしまったと言える。

そういった中で、米国と中国との貿易紛争がエスカレートし、国際経済に負の影響を及ぼすことが懸念され、また豪州準備銀行(RBA)の金融緩和の動きや、低GDPなどの経済統計の公表によって、国内経済の先行きにも不透明感、不安感が醸成されつつある。そのため、先日の連邦選挙で再選を果たしたモリソン保守連合政権に対し、持続的経済成長を保証するため、あるいは国家財政を健全化するため、可及的速やかにミクロ経済改革、構造改革のロードマップ/行程表を策定し、改革を断行すべきとの要求が高まりつつあるのだ。

確かに、官僚制度の改革は、直接には経済改革とは言えないものの、モリソン政権は「何もしない政府」ではとの疑念が生じつつあることから、同改革を通じてモリソンは、改革志向政権というパーセプション、イメージを醸成しようとしているのだ。

第2の動機は、財政の健全化に資するとの政府の思いである。まず連邦官僚機構の規模については、もともと保守連合は「安価な政府」を標榜しており、実際に96年にハワード保守連合が政権に就くやいなや、首都キャンベラを中心にして公務員数が相当に削減されている(注:ただ保守連合が長期政権化するにつれて、公務員数は一転して増加の傾向にあったが)。またアボットも公務員数の削減を実施したという経緯がある。

これに対して労働党は、そもそも与党よりは「大きな政府」を志向している。実際に、野党時代の労働党は、経費節減のために「贅肉落し」が必要と主張していたものの、政権の座に就いてからは、省庁再編や数多くの法定機関、諮問機関を設置し、そのため公務員数は一層増加傾向にあった。

今回のモリソンによる公務員制度改革の動きは、上述したように、政府政策のスムーズかつスピーディーな施行、そして「レッド・テープ」や「縦割り行政の弊害」の排除などを目指したもの、要するに官僚機構の効率化を目指したものに他ならない。これが、政府の規模削減、公務員数の削減に通じるものであるのは論を俟(ま)たない。モリソン政府としては、国家財政の持続的な健全化を図る上で、膨大な人件費のかかる官僚機構のスリム化が不可欠と考えているのだ。

第3に、ゆくゆくは連邦制の改革につなげたいとの、モリソン政府の思惑である。1901年より連邦制を採用する豪州だが、そもそも個人主義を標榜する自由党は、伝統的に州権擁護の立場である。ただ、州の権限や役割を尊重した場合、連邦政府による連邦制の「運営」は一層困難なものとなる。その理由は、教育や医療行政といった、いわゆる「共管的権限」分野、すなわち教育や医療分野のように、連邦と州政府が同じく担当する分野、権限や役割が重複する分野が存在するからだ。「共管的権限分野」の存在は、責任の所在を曖昧なものにするゆえに、問題が生じた際に連邦や州は責任の擦り付け合いをすることとなる。

いずれにせよ、とりわけこういった分野でモリソン連邦政府が、連邦官僚機構の効率化を目指すとすれば、それは必然的に州政府にも州官僚機構の効率化を迫り、また州政府の権限や役割の変更を促すものともなるのだ。

更に言えば、連邦官僚機構の改革は、州官僚機構の改革や州の役割に影響を及ぼすばかりか、ひいては州の財政問題にも影響を与えるものである。そこで州の財政を保証し、他方で、連邦財政の健全化にも資する、財・サービス税(GST)制度の改革問題も俎(そ)上に載せられることになるかもしれない。

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