与党労働党の党首交代劇

政局展望

与党労働党の党首交代劇

ナオキ・マツモト・コンサルタンシー:松本直樹

ギラード副首相の党首挑戦宣言を受け、6月24日、党首選挙を実施するための連邦労働党臨時両院議員総会「コーカス」が開催されている。ところが選挙の直前になってラッド首相が自ら辞任を表明。そのためギラードが与党労働党の新党首、すなわち第27代の新連邦首相に就任することとなった。女性が首相に就任するのは、連邦が発足した1901年以降、ギラードが初めてのことである。
(※編集部注=情報は6月27日現在のものです)

党首交代の経緯と背景

連邦結成以降、現役の労働党連邦首相が失脚したのは、1991年にキーティングの党首挑戦に敗れたホークに続いて、今回のラッドが2人目である。ただし両者には大きな相違点がある。最大のものは、当時のホークが実に4期目の首相であった点だ。

このホークは、戦後の歴代首相の中でも、保守のメンジスや、同じく保守のハワードと並び、最も成功した首相と評されるが、80年代末以降のパフォーマンスは大きく低下していた。要するに、失脚当時のホーク首相は、長期政権を経て相当な下り坂、末期的状況にあったと言える。これに対してラッドの場合は、2007年11月の前回選挙で勝利を果たしたばかりの、第1期目の首相に過ぎない。

もちろん、最近の各種世論調査では低迷を続けていたが、ラッドが前回選挙でハワード長期保守政権を葬り去った最大の功労者であったこと、そのため前回選挙後のラッドは労働党内で英雄視されていたこと、また06年12月に野党労働党党首に就任して以降、つい数カ月前まで、国民の間でラッドが異例とも言える高支持率、評価を受けてきたことなどを考えれば、今回の交代劇、「クーデター」は正に驚天動地の話で、将来にわたって豪州政治史の中でも特筆に値するような稀な出来事と言えよう。

では、このような驚天動地の状況がいかにして現出したかだが、やはり何と言っても、最近の各種世論調査の結果が大きい。過去数カ月ほどの調査によると、今年の第1四半期までは、長期にわたって高支持率を維持してきたラッド個人へのパフォーマンス評価が、惨憺たるレベルにまで凋落している。またラッド個人への支持率急落と連動して、労働党の支持率も低落しており、そのため連邦結成以降、わずかに1回しか記録がない、政権1期のみでの敗北というシナリオが俄然現実味を帯び、また政党支持率低下の主因でもあるラッドの問題が、党内有力者の間で一層注目を集めたのである。

以上のような状況の中、これまでは周囲からの執拗な挑戦の働きかけを拒否してきたギラードも、真剣に挑戦を考慮し始め、ついに6月23日には挑戦宣言を行っている。そしてギラードの挑戦宣言が明らかになった時点で、既に「勝負はあった」と言える。というのも、仮にラッドが党首選挙で勝利しても、党首選挙の実施で一層権威を落としたラッドの支持率、党の支持率が好転する見込みはなく、そのためラッドを葬り去ることに、道義的にも心情的にも抵抗していた議員たちの多くが、雪崩をうってギラード支持へ回ることは確実であったからだ。

実際に、23日の時点では党首選挙で戦うことを表明していたラッドが、翌朝には一転して選挙を経ずに辞任したのも、ギラードの圧倒的勝利を確信したからにほかならない。いったん、党首交代へのモーメンタムが高まった以上、多くの議員には前に進むしか選択肢はなかったと言えよう。

ただ世論調査の低迷が、リーダーへの党内支持をここまで急激に弱めることは珍しい。その理由は、友人と呼べるような、あるいは子飼いと呼べるような議員を持たず、また党内派閥や労働組合との関係も疎遠であったラッドには、もともと強力な支持基盤など存在せず、トップ・ダウン型のリーダーシップも、ひとえに国民の人気によって担保されていたからにほかならない。したがって人気が低迷すれば、ラッドの党内指導力は一挙に脆弱化する運命にあった。また「ミクロ管理者」、人使いの荒さというラッドの性格が、脆弱化を一層進めたのも間違いない。

では、ここまでラッド人気が低落した原因だが、何と言っても決定打となり、しかも評価の低迷状況を「トレンド化」したのは、今年4月の温室効果ガス排出権取引き制度の導入凍結決定であった。同決定は、これまでラッドが執拗かつ声高に主張してきた内容、例えば、「温暖化問題は我々の世代が直面する最大の倫理的挑戦」、などといった説教調の発言と、真っ向から対立するものであったことから、ラッドには自身の政治信条、信念を実現するために徹底的に戦おうという根性がない、それどころか、そもそもラッドには信条、信念などが存在しないとのパーセプションが醸成されたのである。

ギラード新首相のプロフィル

以上のような経緯から、ギラードが新首相に就任したわけだが、このギラードはウェールズの貧困家庭に誕生している(48歳)。ただ、寒風の吹きすさぶウェールズの気候が、慢性的な胸部感染症を患っていたギラードには苛酷過ぎるということもあって、1966年、すなわちギラードが4歳の時に、一家4人は新天地豪州への移住を決意している。

南豪州のアデレードに移住後、ギラードは地元の公立学校に学んだが、オールAの優等生であった。高校卒業後はアデレード大学法学部に進学し、その後メルボルン大学法学部へと転校している。アデレード大学時代から目立つ存在で、ギラードは当時の学長から、「稀な才能を持つ学生」と絶賛されている。

大学卒業後は大手法律事務所に就職し、弱冠29歳の時にパートナーに昇格するなど、辣腕の弁護士として知られた。95年には、VIC州野党労働党のリーダーであったブランビー(注:現VIC州首相)の首席スタッフに就任。何度か苦杯をなめた後、98年の連邦下院選挙で初当選し、2001年選挙後には影の移民大臣、03年7月には影の保健相に就任している。

06年12月にはラッドとペアを組んで、ビーズリー指導部に挑戦して勝利し、副党首とともに影の労使関係相に就任。07年11月選挙後に発足したラッド第1次政権では、豪州で初の女性副首相の座を射止めている。それと同時に、通常は別々の閣僚が担当する、重要な教育分野と労使分野の担当大臣に就任した。そして前述の通り、今年の6月24日には首相に就任し、現在に至っている。

思想、信条だが、左派内分派の穏健左派に属する。左派とはいっても、経済政策分野では市場原理を重視しているし、またプラグマティストとされる。ただギラードに介入主義的、規制のメンタリティーがあることも否定できない。それを如実に示すのが、労使制度の変遷の流れを過去へと逆行させた公正労働法の施行である。

人柄だが、学生時代より分析能力抜群、屈指の論客として知られ、議会でも、最もパフォーマンスの高い政治家の1人と見なされてきた。しかもシャープな顔立ちや低音でフラットな声、沈着冷静な態度などから、いかにもこちこちの女性闘士といったイメージが強いが、ギラードは庶民的なばかりか、抜群のユーモアのセンスの持ち主である。また自分の生い立ちもあって、貧困層の教育や医療問題、社会的公正や平等問題に強い関心を抱いている。

贅沢な生活などには関心が薄く、VIC州の伝統的な労働党の地盤選挙区にある自宅も、かなり質素でこぢんまりとしたものである。ギラードは未婚で、出産の経験もないが、閣外大臣のエマーソンとはかつて恋仲であった。ギラードの現在のパートナーは、元美容師で、その後は毛髪用品の販売員となったティム・マティソンである。ギラードの趣味は読書で、子ども時代より運動はあまり得意ではない。

党首交代の影響

ラッドの失脚は、当然のことながら、労働党にさまざまかつ甚大なインパクトを与えるものである。ここで党首交代の影響を5つの観点、すなわち、�党内求心力、�政策決定過程、�内閣、�各種政策、そして�次期連邦選挙への影響、などの観点からごく簡単に見てみる。

まず�だが、党内の求心力は一挙に高まるものと予想される。その理由は、何よりも選挙が間近に迫っており、ここで党内不和の状況が継続することは自殺行為にほかならないことを、労働党内の誰もが認識しているからだ。また、最近の党内不和の原因であったラッドが失脚したことも大きい。

次に�だが、伝統的な労働党の政策決定過程は、多数の「プレーヤー」の存在に特徴付けらるものであったが、ラッドの時代にはトップ・ダウン型の政策決定が行われてきた。一方、ギラード指導下の労働党では、ラッドの時代よりも、第1に、各種政策における閣僚の発言力、影響力、独立性は大きく高まるであろうし、第2に、首相オフィスの管理、介入は低まるであろうし、第3に、派閥の発言力も高まるものと予想される。

上記�だが、ギラードの首相就任に伴い、教育や労使といった所掌が空席となったことから、内閣の改造は必至となる。改造内容は近々に公表されるが(原稿は6月27日現在)、注目点は、ラッドと今期限りで政界から引退するタナーの扱い、そしてギラードの「クーデター」を成功させたショーテン政務次官やアビブ大臣の扱いであろう。

ただ改造の内容は軽微なものとなることが予想される。その理由は、第1に、多数の閣僚の異動、挿げ替えは一部からの反発を招き、ひいては党内求心力を弱める恐れがあるし、第2に、選挙が近いこの時期に多くの所掌を変更すれば、新しい所掌を担当する閣僚が、知識・経験不足から、選挙キャンペーン中に重大な失態を演ずる、失言を行う可能性も高まるからだ。

上記�だが、政府の現行政策が大きく変わる可能性は低いと考えられる。その理由は、第1に、ギラードは左派内分派の穏健左派に分類されており、要するにイデオロギー的にラッドとの差異は小さいからだ。第2に、ラッドがトップ・ダウン型のリーダーであったとはいえ、ギラードは最高指導部の「4人組」の1人(注:ラッド、ギラード、スワン、タナーの4人)、副首相として、これまで重要政策の決定に関与してきたことから、ここで政策を大きく変更することは、ギラードの首尾一貫性、ひいてはクレディビリティーを損なう恐れがある。そして第3に、選挙が近い時期での路線の大幅修正は、有権者に混乱を与えることが指摘できる。ただリーダーが交代すれば、政策の強調点、変更の程度、政策執行のスタイルなどには、当然変化が観測されることとなろう。

最後に�だが、現時点で党首交代の影響について言えることは、年内の実施が確実な次期選挙で、与党が再選される可能性がより高まったという点であろう。

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